― 拒否・怒り・繰り返す訴えを、心理・科学・関係性から考える ―
介護現場には、とても丁寧に関わっているのに、なかなか関係をつくることが難しい入居者・利用者がいます。
何度説明しても、同じ訴えを繰り返す。
介助しようとすると、
「嫌だ」
「触らないで」
と拒否される。
声をかけると怒られる。
ナースコールが何度も続く。
転倒リスクが高く、少し目を離すことにも不安がある。
最初は職員も、
「何とか安心してもらいたい」
「どうすればうまく関われるだろう」
と考えます。
ところが、それが毎日続く。
一生懸命説明しても伝わらない。
優しく声をかけても拒否される。
対応しても、また同じことが起こる。
すると、いつの間にか、
「またか……」
「できれば他の職員に対応してほしい」
「今は忙しいから後にしよう」
という気持ちが生まれることがあります。
そして少しずつ、その人から距離を取るようになる。
これは単純に、
「その職員に優しさがないから」
なのでしょうか。
今回は、少し違う角度から考えてみたいと思います。
「関わりたくない」と思うこと自体を、まず分けて考える
介護職は専門職です。
だから、
「利用者を嫌だと思ってはいけない」
「どんな人にも同じように接するべきだ」
と思われがちです。
職員自身もそう思っています。
だからこそ、
「この人の対応はつらい」
と思ったとき、その感情を口にできないことがあります。
しかし、人間には感情があります。
怒られる。
拒絶される。
強い言葉を繰り返し向けられる。
一生懸命対応しても状況が変わらない。
こうした経験が続けば、ストレスを感じること自体は不自然ではありません。
大切なのは、
「関わりたくないと感じたこと」と「必要なケアをしないこと」は別
だということです。
感情が生まれることと、専門職としてどう行動するかは分けて考える必要があります。
なぜ、人はつらいものから距離を取るのか
心理学では、嫌な結果や不快な刺激を避ける行動について長く研究されてきました。
介護現場にそのまま当てはめることはできませんが、一つの考え方として参考になります。
たとえば、ある入居者に声をかけるたびに怒られる。
介助すると強く拒否される。
何度説明しても同じ訴えが続く。
すると、
「この人に関わる=また嫌な経験をするかもしれない」
という予測が生まれることがあります。
そこで関わる時間を短くする。
後回しにする。
別の職員に任せる。
必要以上に近づかなくなる。
そうすると、一時的には職員自身の負担が軽くなります。
この「距離を取ったら少し楽になった」という経験が繰り返されることで、距離を取る行動が続きやすくなることも考えられます。
つまり、
「関わらない職員」だけを見るのではなく、その前に何が繰り返されていたのかを見る必要があります。
「どうせ何をしても変わらない」が危険なサインになる
もう一つ考えたいのが、
「自分が何をしても変わらない」
という感覚です。
最初は、
「声のかけ方を変えてみよう」
「時間を変えてみよう」
「理由を探してみよう」
と工夫していた職員が、
何度やってもうまくいかない。
すると、
「何をやっても同じ」
「この人はこういう人だから」
という考えに変わっていくことがあります。
これは介護に限った現象ではなく、自分の働きかけによって状況を変えられるという感覚、いわゆる自己効力感などの研究からも考えることができます。
ここで注意したいのは、
職員の心理的な離脱が、ある日突然始まるとは限らない
ということです。
何度も試す。
うまくいかない。
疲れる。
期待しなくなる。
考えなくなる。
そして、距離を取る。
このような過程が隠れている場合があります。
入居者側にも、もちろん理由がある
一方で、入居者の行動にも理由があります。
認知症があれば、職員が説明したこと自体を覚えていないことがあります。
職員には「10回目の説明」でも、本人には「初めて聞く説明」かもしれません。
介助拒否にも、
痛み、不安、羞恥心、理解の難しさ、過去の経験、環境、職員との関係など、さまざまな背景が考えられます。
怒りも同じです。
職員には突然怒ったように見えても、本人からすると、
「分からない」
「怖い」
「嫌だ」
「自分で決めたい」
という感覚が先にあるかもしれません。
だから、
「困った人」
と決めつけるのではなく、
「この行動には、本人にとってどんな意味があるのだろう?」
と考えることが必要になります。
でも、職員の気持ちを無視してはいけない
ここで管理者が陥りやすいのが、
「認知症なんだから理解してあげて」
「仕事なんだから対応して」
と職員に伝えることです。
内容として間違っているとは限りません。
でも、それだけでは、
「自分のつらさは分かってもらえない」
と感じる職員もいます。
本人の行動には理由がある。
同時に、
それを毎日受け止める職員にも感情があります。
この二つは両立します。
管理者は、どちらか一方を正しいとするのではなく、
「本人はなぜこうしているのか」
と、
「職員はなぜ関わることがつらくなっているのか」
の両方を見る必要があります。
「事故を起こせない。でも関わるほど疲れる」という場面もある
転倒リスクが高い方などでは、さらに難しくなります。
「転ばせてはいけない」
「目を離せない」
という責任がある。
一方で、何度声をかけても立ち上がる。
制止すると怒られる。
説明しても、また立ち上がる。
職員には、
「関わらなければ事故が怖い。でも関わり続けるのもしんどい」
という葛藤が生まれることがあります。
こうした状況を、
「もっとちゃんと見てください」
だけで解決するのは難しいと思います。
個人の頑張りではなく、環境、ケア方法、リスクの考え方、チームでの役割分担まで含めて検討する必要があります。
ご家族と職員でも、見えている景色が違う
ご家族から、
「施設にいるのだから、ちゃんと見てもらえると思っていました」
と言われることがあります。
一方で、
「いつも大変な母を見てもらって申し訳ない」
と感じているご家族もいます。
家族にもさまざまな思いがあります。
そして職員側には、
「できる限り対応している」
「でも他の入居者もいる」
「一人だけをずっと見ていることはできない」
という現実があります。
ここにも、
ご家族から見える介護と、職員から見える介護の違い
があります。
このテーマは非常に深いので、別の記事で改めて考えてみたいと思います。
管理者が見るべきなのは「誰が悪いか」ではない
ある職員が、特定の入居者への対応を避けるようになった。
そんなとき、
「ちゃんと対応してください」
と注意することは必要かもしれません。
しかし、それだけで終わらせず、
「いつ頃からつらくなった?」
「何が一番しんどい?」
「うまくいったことはあった?」
「他の職員だとどう?」
「本人は、どんなときに落ち着いている?」
と整理してみます。
すると、
「この職員の問題」
だと思っていたものが、
実はチーム全体で同じように困っていた、ということもあります。
あるいは、特定の声かけ、時間帯、環境などにヒントが見つかるかもしれません。
職員の“避ける行動”を叱るだけではなく、その行動が生まれた過程を見る。
ここに管理者が介入できる余地があります。
「関わりにくい人」ではなく「関わり方がまだ見つかっていない人」
言葉を少し変えてみます。
「あの人は関わりにくい」
ではなく、
「私たちは、まだこの人との関わり方を十分に見つけられていない」
と考えてみる。
すると、問題の位置が変わります。
「あの人が問題」
でも、
「あの職員が悪い」
でもありません。
「今の関係の中で、何がうまくいっていないのか」
を考えられるようになります。
介護は人と人との関係の中で行われます。
だから、入居者だけを見ても、職員だけを見ても分からないことがあります。
おわりに――離れている職員を見つけたときこそ
拒否される。
怒られる。
同じ訴えが続く。
何度工夫しても、うまくいかない。
そんな状況が続けば、職員が心理的に距離を取りたくなることはあります。
だからといって、必要なケアをしなくてよいわけではありません。
しかし、
「プロなんだから」
「仕事なんだから」
だけで感情を押さえ込ませても、良いケアにはつながりにくいと思います。
管理者が考えたいのは、
「なぜ、この職員はこの人から離れるようになったのだろう?」
という問いです。
その背景を一緒に考える。
本人の行動の理由を考える。
職員の負担を考える。
うまくいった関わりをチームで共有する。
一人で抱え込ませない。
そうすることで、
「避けたい人」だった入居者が、
「どうすれば安心してもらえるかを、みんなで考える人」
に変わっていく可能性があります。
介護の専門性とは、どんな相手にも感情を持たないことではありません。
自分たちの感情や難しさにも気づきながら、それでも目の前の人に必要な関わりをチームで考え続けること。
そこにも、介護という仕事の難しさと専門性があるのではないでしょうか。
参考文献・参考資料
Bandura, A. (1997). Self-Efficacy: The Exercise of Control. W. H. Freeman.
Maslach, C., Schaufeli, W. B., & Leiter, M. P. (2001). Job Burnout. Annual Review of Psychology, 52, 397–422.
Seligman, M. E. P. (1975). Helplessness: On Depression, Development, and Death. W. H. Freeman.
※本記事は、心理学等の知見を介護現場で起こり得る状況に当てはめて考察したものです。特定の職員や入居者の行動を一つの心理理論だけで説明するものではありません。個々の行動には、認知機能、身体状態、環境、関係性、人員体制など複数の要因が関係します。