「福祉だから」と「仕事に見合わない」のあいだで
「介護は福祉の仕事だから、利益を追い求めるものではない」
そう言われる一方で、現場からは「仕事の大変さに給料が見合わない」という声が聞こえてきます。
人の役に立ちたい。入居者の暮らしを支えたい。その気持ちは大切です。でも、仕事への思いがあることと、賃金や働きやすさを求めることは、どちらか一方を選ぶ話ではありません。
では、なぜ介護職は「頑張っても給料が上がらない」と感じやすいのでしょうか。
丁寧なケアが、すぐ売上になるわけではない
一般的な販売の仕事では、商品が売れれば売上が増え、その成果が会社の利益や個人の評価につながることがあります。
介護保険サービスは、事業所が自由に料金を決められる仕組みではありません。サービスごとの介護報酬が定められているため、職員がより丁寧に関わったり、入居者や家族から高く評価されたりしても、その努力がすぐに売上や給料に反映されるとは限りません。
もちろん、施設の評判が利用者に選ばれる理由になり、稼働率などに影響することはあります。また、事業所の収支もサービスの種類や運営状況によって異なります。
厚生労働省の調査では、2024年度の介護老人福祉施設の平均収支差率は1.4%でした。これは全国平均であり、個々の施設の状況を示す数字ではありません。それでも、介護の仕事では「職員が頑張れば、その分だけ売上が増え、給料も上がる」という関係が見えにくいことを考える材料になります。厚生労働省「令和7年度介護事業経営概況調査」
2025年の賞与込み給与を月額換算した厚生労働省の集計では、介護職員は31.4万円、全産業平均(役職者を除く)は39.6万円でした。職種や勤務条件が異なるため、単純に比べられる数字ではありませんが、賃金に対する不満が生まれる背景の一つといえそうです。厚生労働省「賃金構造基本統計調査による介護職員の賃金」
「やりがいがあるから」で、待遇の話を後回しにしない
介護職には、「人の役に立ちたい」「誰かの暮らしを支えたい」という思いを持って働き始める人がいます。その思いは、介護を続ける力になります。
ただ、その気持ちに頼りすぎると、「やりがいがあるのだから、多少の無理は仕方ない」「給料より気持ちが大事」と、待遇の話を後回しにしてしまうことがあります。
介護労働者の大規模調査を分析した研究では、利他心など内発的な動機で介護職に就いた人は、仕事への満足度が就業継続の意向に与える影響が小さくなる傾向が報告されています。研究では、この状況を「Prisoner of Love(愛情の囚人)」仮説として検討しています。大久保将貴「介護労働における就業継続意向の規定要因」
これは、介護職なら誰もが待遇への不満を我慢するという意味ではありません。ただ、「好きで選んだ仕事なのだから、給料に不満を持つべきではない」という空気が、働く人を苦しくすることはあると思います。
介護への思いと、仕事に見合う賃金を求めることは両立します。
「入居者がいるから給料が出る」は、正しいけれど十分ではない
「入居者がいるから、職員に給料が出る」
事業所がサービスを提供し、その収入から職員に賃金を支払うという点では、間違いではありません。ただ、介護保険サービスは、利用者の負担だけで成り立っているわけではなく、保険料や公費も使われています。厚生労働省「介護保険制度の概要」
そして、入居者がいるだけでサービスが成り立つわけでもありません。日々の観察や専門的な判断、チームでの支援があって、介護サービスになります。
私は「入居者がいるから給料が出る」という言葉を、働く側に感謝や奉仕を求めるために使うことには、少し違和感があります。入居者にも職員にも、それぞれの生活があります。どちらか一方だけが、もう一方を支えているわけではありません。
「お客様」として接することと、介護の暮らしを守ること
介護施設で「お客様」という言葉を使うことには、抵抗を感じる人もいます。介護サービスは一般の商品とは違い、本人の希望だけですべてを決められるわけではありません。安全や専門的な判断が必要な場面もあります。
それでも私は、入居者をサービスを受ける人として尊重し、希望を聞き、説明し、選べることを一緒に考える姿勢は必要だと思っています。「お客様だから何でも希望どおりにする」という意味ではありません。本人の立場から考える、ということです。
老人ホームでは、食事や入浴、服薬、記録など、決まった時間に行う仕事が多くあります。限られた人数で安全に支援するため、予定や手順が必要なのも事実です。
ただ、施設や職員の都合がいつも優先されると、本人の希望が後回しになり、入居者が「支援を受ける人」ではなく「職員の仕事の対象」のようになってしまうことがあります。
「今は忙しいから、あとで」
「危ないから、やめておきましょう」
「みんなこの時間に食べています」
必要な場面もありますが、こうした対応が続けば、職員が決め、入居者は従うという関係になりやすい。施設の仕組みそのものが、本人の選択を狭めていないか、ときどき立ち止まって考えたいところです。
生産性を求めるなら、職員にも成果を返す
利益や生産性を考えることは、福祉に反するのでしょうか。私は、そうは思いません。事業所を続け、必要な人員を確保し、職員に賃金を支払うためにも経営は必要です。
ただ、「もっと効率よく働いてほしい」と求めるだけでは、現場の納得は得にくいはずです。業務を見直した結果、職員の負担がどう軽くなるのか。生まれた余裕や成果を、処遇や働きやすさにどうつなげるのか。そこまで伝わって、初めて職員も改善の意味を実感できます。
処遇改善加算もありますが、個人の頑張りに応じて自動的に給料へ反映されるわけではありません。加算には要件があり、事業所内での配分も関わります。厚生労働省「介護職員の処遇改善」
「福祉だから利益を考えない」でも、「入居者がいるから給料をもらえる」でもなく、入居者の暮らしと職員の生活を一緒に支えるには何が必要か。そこから考えていくことが、介護の仕事を続けられるものにする一歩ではないでしょうか。
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