「子どもを引き取ってもいい」「子どもを捨ててもいい」どちらでもいい。

「子どもを引き取ってもいい」「子どもを捨ててもいい」どちらでもいい。

記事
学び
こんにちは。
光の翼 木村 心美です。
いつもブログをお読みくださり
ありがとうございます♪


しばらくぶりの更新です。

その間、
絶え間なくヒーリングで自己浄化し、

そしてその間、
とても重要となってくる
2元のどちらか一方の極の選択の瞬間の
事あるごとに

ハイヤーセルフから
絶え間なく
ガイダンスが送られてきます。

内側の無意識内で
「私」が愛ではない選択をしている場合には

必ずと言っていいほど
確認のためか

「私」に対してヒント形式で
伺いを立ててくれます。

そこでようやく初めて
「ハッ…!?」と気づかせてくれたり、

内なる恐れによって
誤魔化していたホンネに驚愕したり…。

大変難易度も上がってきて
かなりややこしくて頭を抱える場合もありますが

霊的意識の学びは
尽きることはありません。

その度に

「たとえ周囲の他者たちから変人扱いされたり
白い目で見られても
自分の内側を偽らずにホンネに従って選択してきて
本当にヨカッた!

いつもありがとう♪ハイヤーセルフ…。」

ほとばしるような強い歓喜と
感謝の思いで胸が熱くなります。

その代償として

そのような
嘘偽りごまかしのない在り方で現実世界を生きている者が
ほとんど存在せず
ごくごく少数のためか、

「ハイヤーセルフメッセージやガイダンス、
こちら側の問いかけには回答を受け取れる。」
と主治医に説明すれば、

脳のバグを疑われて
薬を処方されてしまい、

実親にまで
精神病扱いされてしまう有り様です…怒

これがリアル現実です…。

私からすれば
実に腹立たしい限りです。

一切嘘偽りはないのに
まったく誰も信じてくれないのですから…。
主治医である
医師ですらも…呆

しかし、
このメッセージが降りてくる
病疑いすらも

のちに宇宙からの
金銭的な恩恵ギフトとして
「私」の元に差し出されるという
気配がありありと見え隠れし始めており
トコトン自然の流れに
身を委ねることにしています…笑

このヒーリングのお仕事
クライアント様の集客獲得における
恐れや悩み等も
一切無用です。

集客について
考えたり悩まなくても
必要であれば
自然にお仕事が舞い込んできます。

恐れのエネルギー浄化を徹底していれば
困ることは
まったくありません。

究極には
内なる愛に従えば従うほど
人は自立に向かい、

「私」以外の他者に依存しなくても
「私ひとり」でも
すべての必要を引き寄せ
満たせるようになります。

「私」の中にすべてが「ある」
ということに
気づいている状態ですので
恐れなくなります。

自分一人の足では立てない
依存の段階では

パートナー、伴侶、家族、友人、顧客などの対人を
「私」を成り立たせる
松葉杖の代わりにしながら

その他物質では、
薬物、アルコール、ギャンブル、お金、買い物、食べ物等の物質で
「私」を成り立たせる松葉杖として我を支えます。

私の中に恐れがある際には

その度に
ハイヤーセルフが映像イメージの中に
異性のパートナーや伴侶を登場させてきては、
私をビビらせながら
知らせてきます…笑

私、
パートナー彼氏や伴侶を
求めてないし…!

愛のエネルギー振動数が高まるほどに
外側の「私」以外の対人や対物にすがらなくなっていき
より自由な現実世界を生きるようになり

依然、
恐れのエネルギーが多いほど
対人、対物の
何ものかにすがらなければ
立ち行かなくなり
すぐさま恐れや恐怖に支配されてしまいます。

内側で抱える認識や
内なる信念、
あらゆるすべての二元性における
「私」の在り方と相反する現象が
外側の現実世界に反映されることはまず
100%ありません。

必ずや100%
一糸乱れず完璧に

どんな個も例外なく
「私」の在り方が
外側の現象世界に創造されています。

内面がカオスで混乱していては、
そのことに気づくことすら
困難になってくるでしょう。


今回のブログタイトル
「子どもを引き取ってもいい」「子どもを捨ててもいい」どちらでもいい。

これは直近のハイヤーセルフからの
無条件の愛のガイダンスですが、

以前ハイヤーガイダンスを受け取った際に

私なりに
「子どもを捨ててもいい」と落とし込んだつもりでしたが、
まだまだ100%腑に落ちていなかったようです。

(やはり集合無意識的には、
子どもを捨ててもいい…だなんて
とても思い難く…汗)

ハイヤーセルフから
「子どもを捨ててはいけない。…と思いながら、
子どもを引き取ろうとしている。」

…という指摘を間接的に受けて
気づきを促してもらえました。

「…◯◯しなければならない。」

というワードには、
恐れが含まれています。

ホンネから
「…したい」のであれば、

「…しなければならない。」
という言い回しを
決して使いません。

うちの毒母はこれまで
我が子4人中のうち
私を含めて3人の子どもを
同じ精神病棟に
強制入院させています。

唯一入院していない
種違いの末の妹も
実家を追い出されたきり一度も
その後
実家には寄り付きません

完全に代々引き継がれている
うちの母方の
家系のカルマです。

当然私の中にも
そのカルマエネルギーは流れており

今現在もなお
離れ離れになっている娘やその子供たちを
私の元に呼び寄せるには
家系のカルマエネルギー浄化が
必須だったのです。

ただ単に偶然に
ヒーラーという職業に就いたのではなく
この延々と繰り返す
家系の負の連鎖をストップさせるために
この母のお腹を借りて出生し
ヒーラーになる宿命だったようです。

そして…。

今回のカルマの行いすらも
母にとっては愛の行為だと
ハイヤーセルフが伝えてきました。

愛の行為とは、
ただ「…したい。」という嘘偽りのない思い。

愛という行為も
意識が高まるにつれて
愛のレベルも変化し
その段階は上がってきますが、

この毒母にとっては
「子どもを捨てる」が、
嘘偽りのない愛だったのです…大泣

弟もまったく同じ病院に
過去入院させられていた事実を
LINEで聞かされた際には
かなりショックで
凄まじい怒りが湧き上がりましたが…。

毒母にとって
「子どもを捨てる」のが愛であっても

私にとっては
「子どもを捨てる」というのは、
恐れ以外の何ものでもありません。

そして

毒母が私という我が子どもを「捨てる」
このカルマの行いによって

幼い頃からの
不自由な生活に終止符を打ち
ようやく
自由という自立への扉が開かれた

ということに
気がつきました。

子供の頃から怯えていた
母から「捨てられる」という恐怖は
越えなければならない試練でした。

それなのに

私の意識が
「子どもを捨ててはいけない」という
分離意識のままでは、

いつまでも
毒母から「捨てられる」が叶わないので
その後
子どもを引き取って育むことなど
到底実現不可能です。

このように愛と恐れは表裏一体
同じひとつのものですが、

個によって
その認識というのは
愛にも恐れにもなりうるのです。

そのため
恐れだろうが闇だろうが、

かまわずその渦中に飛び込み
向き合いながら
事の経過を
見守るしかありません。

無条件の愛というのは、

「子どもを引き取ってもいい」
「子どもを捨ててもいい」
という

2つの極の分離が
ひとつに統合したものです。

そのため
対極の一方が
一見恐れだろうが闇だろうが、

かまわずその渦中に飛び込み
向き合いながら
事の経過を見守れば

恐れや闇だった
一方の極が消え去り
より振動数の高い愛が現象化します。








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