【父の日】もう会えないお父さんへ。大変だった介護の記憶の先に、残ったもの
記事
ライフスタイル
こんにちは、みのりです。
今日は「父の日」ですね。
街のお花屋さんやデパートには
黄色いバラやプレゼントが並び、
感謝を伝える言葉で溢れています。
そんな中、私はふと、
亡くなってまもなく10年になる
自分の父親のことを思い出していました。
私の父は、晩年は認知症を患っていました。
母と一緒に自宅で介護をしていたのですが、
正直なところ、当時は肉体的にも精神的にも
「大変だなぁ」と思う瞬間がたくさんありました。
けれど、10年という月日が流れた今。
不思議なことに、思い出すのはその
「大変だったこと」ではないんです。
■ 記憶の中に残っているのは「笑い合えた瞬間」
今、父の顔を思い浮かべて記憶に蘇ってくるのは、
介護のバタバタの中で、
なぜか家族みんなでドッと笑ってしまったあの一瞬。
そして、認知症になる前の元気な頃、
リビングで他愛もないおしゃべりをして楽しく過ごした時間。
そんな「家族の笑顔」ばかりなんです。
あんなに右往左往して、
必死だった介護の苦労はどこへ行ったのだろう?
と思うほど、記憶のフィルターを通って残ったのは、
温かくて愛おしい時間でした。
人間の記憶って、よくできているなと思います。
どんなに大変な状況でも、最後にはちゃんと
「楽しかったこと」「愛されていたこと」が
一番上に残るようになっているのかもしれません。
■ いなくなったお父さんへも「ありがとう」
父の日というと、
今元気に過ごされているお父さんへ
感謝を伝えるイメージが強いですよね。
でも、私は今日、こう思いました。
父の日は、もう目の前にはいない、
天国のお父さんに対しても
「ありがとう」を届けていい日なんだ、って。
「あの時は大変だったけど、いま振り返ると楽しい思い出ばかりだよ」
「お父さんの子供でよかったよ」
そんな風に、心の中でそっと声をかけるだけで、
それは立派な父の日の贈り物になります。
■ 今日、誰かを思い出して切なくなっているあなたへ
もし今日、「周りは父の日で盛り上がっているけれど、私はもう父親を亡くしているから寂しいな」「介護が大変で、感謝なんて言える心の余裕がないな」と感じている方がいたら。
ただ、心の中にある「あの一瞬、楽しかったな」という小さな記憶を思い出してみてください。
介護をしている方は介護そのものが感謝の現われですよね。
イライラしたって、怒ったって
介護しているという事実は愛であり感謝だと思います。
本当にお疲れ様です。
お父様にはあなたの温かい気持ちがちゃんと届いています。
今日という日が、あなたにとって優しい一日になりますように。
PS.親との関係は本当に人それぞれで、
思い出すのも考えるのもつらい方もいますよね。
でも、今日は私の父の日の気持ちを書いてみました。