人相を学ぶ159  若い人で顔全体にホクロやシミが散らばってる人の運勢について(面多斑點 恐非老壽之人)

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占い
日本にある占い方法の中に相手の顔を見て性格や運勢を判断する
「人相占い」という占いがあります。人相占いは人相学・人相術とも言われて
いて中国語(漢文)の原典で「神異賦(しんいふ)」と呼ばれるものがあるの
ですがそれを日本語に訳して、人相学を学んだ私が現代人の感覚で内容を
アレンジしたものを書いていきます。人相学の古典の現代的な解釈です。

今回の詩句は「良くない人相」つまり「悪い人相」を紹介している詩句に
なります。


(159 面多斑點   「面に斑點が多いのは」
    恐非老壽之人 「老壽に非ずの人となるを恐れる」)

「若い人で顔面全体にホクロやシミなどがたくさん散らばってあるのは
 長生きをするのが難しい人なのかもしれません」


面(オモテ・メン)とは、人間の「顔」のことをいっています

「顔面」とか顔つきも意味するようです


多(オオシ)は、そのままの意味で、「多い、少ない」の多いという意味です


班點(ハンテン)とは、「表面にバラバラに散らばった点」とか、

「まだら」「まだら模様」、という意味だそうです


恐(オソレル)とは、「こわがる」とか「心配する」という意味です

それ以外にも「かもしれない」というふうに取ることもあります


非(アラズ)とは、「そうではない」、とか「違う」という意味です


老壽(ロウジュ)とは、「長生きする事」とか「長命、長寿」という意味だ
そうです


之(ノ)とは、そのまま「の」という意味です


人(ヒト)とは、そのままの意味で「ひと」、つまり人間、一般人、のことです



それではこの詩句を日本語の文章にしていきます

上の句の「面多斑點」からです


まずは「面(オモテ・メン)に」から読んでいきます

これは、「オモテに」と読んでも、「メンに」と読んでも

どちらでもよいと思います、要するに「顔のこと」を言っているので

それが分かれば読み方はどちらでもよいと思います

次に「斑點(ハンテン)が」と読みます、そして「多(オオ)いのは」と読みます

これらをつなげると「面に斑點が多いのは」という文章にできます


そして下の句の「恐非老壽之人」です

最初は「老壽(ロウジュ)に」から読んでいきます

次に「非(アラ)ず」と読んで、次に「之人(ノヒト)となるを」と読みます

そして「恐(オソ)れる」と読みます

これらをつなげると「老壽に非ずの人となるを恐れる」という文章にできます


これで上下の句をつなげると

「面に斑點が多いのは、老壽に非ずの人となるを恐れる」という文章に
なります

ただ、この文章では一般の方には意味がわからないと思われるので

この後で人相学・人相術の知識を交えてわかりやすいように解釈していきます



これまでも何度かお伝えしてきましたが、

私の日本語の訳は学校の試験の正解ではなくて

人相学や人相術を皆さんに知っていただけるように、

日本人でもそのまま読めないような難しい漢字で書いてある

人相学のテキストである中国の原典の漢文の詩集を

できるだけ多くの人にむけてわかりやすい言葉を使うようにして

書いてある意味を理解していただくことを目的として書いています

なので教科書的な正確な日本語訳ではありません

そのことをあらためてお伝えしておきます




それではこの詩句の意味の解釈をしていきます


この詩句を私の感覚でもっとわかりやすい文章にするとこんな感じになります

「若い人で顔面全体にホクロやシミなどがたくさん散らばってあるのは

 長生きをするのが難しい人なのかもしれません」

という文章にしました。

詩句の意味はこのような意味なのですが

人相学・人相術の知識や私の考えを交えてさらに解釈をしていきます


この詩句は「ホクロやシミが顔全体に散らばってたくさんある」というのが

一目ですぐに見てとれる人が対象のようです。

これはホクロやシミの数が問題なのではなくて、

顔全体、顔面全体にホクロやシミがバラバラにたくさん散らばっている状態を

問題ととらえているようです。


そしてもう一つ大事なことなのですが

この詩句は「年齢の若い人に限定」されるようなのです

50代ぐらい以降の年齢の人は対象外になるようです。

つまり「老年の方やお年寄りと呼ばれる年齢の方達は

この詩句の対象にはなりません」


男女共に50代ぐらい以降の年齢の方は長年にわたり太陽光を浴びてきたという

人生の積み重ねがあるのでシミとか斑点のようなものが自然と顔に出てきます。

加齢と共に顔のホクロやシミの数が増えていくのは

どうしても避けることができないようです

そのような現象はいたって自然の事だと言われていますので

この詩句の暗示には当てはまらないと考えてよいと思われます。


これは話がそれるのですが、人相学・人相術では老年や晩年になって

ホクロやシミが増えるのは長寿の証ととらえるのだそうです

この詩句とは逆の意味になるようです。


なのでこの詩句の暗示の対象になる人は幼児や子供と

10代、20代、30代、40代の若い人になるのだそうです



それでこの詩句の暗示は実際のところどうなのか?というのが問題なの
ですが、

私の考えとしては「よくわからない」というのが私の答えになります。


私がこれまでに経験してきた人生のなかで

若い人で顔全体・顔面全体にホクロやシミやソバカスが

たくさん散らばってある人にはほとんど会った事がありません


お年寄りとか老年の方ならホクロやシミが顔全体に多い方は

見たことがありますが、若い人では見たことがありません


自分が小さい頃に大きな繁華街のある街で一度ぐらい知らない人で

こういう人を見かけたことがあったように思うのですが、

かなり記憶が曖昧です

その程度の記憶しかないので確かなことが言えません


いままでに知り合った方とかでは見たことがありません

なのでこういった事例で追跡調査ということもしたことが無いので

この詩句の暗示が実際にはどうなのか?というのは

わからないとしか言いようがありません。



とはいえ人相学・人相術の原典としてこの記述があるのですから

このような人は実際にいるのだろうとは思います

詩句の暗示では「長生きできないかもしれません」と述べているので

運勢として考えると健康面についてや事故に巻き込まれるなどの

アクシデントについて用心をする生き方を心がけた方がよい、

というアドバイスをする形になると思います


具体的には健康面では病気とか怪我に特に注意してください

健康診断を定期的に受けるようにしてください、ということになりますし

不慮の事故とかアクシデントに巻き込まれないように

危険にさらされる確率の高い仕事にはつかない方がよいと思います

というアドバイスをするような形になります。


しかし原典の詩句の言葉が曖昧なのも気になります

「恐れる」と述べていますが、「心配する」とか「かもしれない」という

ような意味なのです

他の詩句に比べてはっきりしていない言い方なのです

それほど確定的な暗示ではないのかもしれません

なんとなく言い方に弱い感じがあるのです。



それで違う視点からこのことについて考えたのですが

私がこれまでの人生で見かけたことが無いということは

現代の医学の発展や医療の進歩の影響ではないかと思うのです

そのなかでも特に美容整形医療の進歩と発達が大きいのではないかと

思っています。


これから述べることは私の個人的な考えであり

ただの推測になってしまうのですが、

生まれつき顔にホクロやシミのようなものが顔全体に

たくさんある状態で生まれた子がいたとしたら

そのような場合はかなり早い段階で医師や医療関係者から

その子の両親が美容整形医療の受診を強く勧められて

ホクロやシミを取る手術や処置を幼い時期に受けてしまうのではないかと

私は個人的に思っております。


美容整形医療の技術は年々発達進化しているようですし、

ホクロなどは小さいうちに取るのであれば

それほど費用がかからないと聞いたことがあります。


また、ホクロやシミの除去手術も患者が幼い時期やとても若い時期に

行うのであれば若さによる身体の成長や発達によって

十分な回復も期待できると思われます


ですので現代の日本のおいては40代ぐらいまでの若い年齢の方で

顔にホクロやシミがたくさんある人を見かけることが無いのではないかと

私の個人的な考えになってしまうのですが推測しております。


仮に私のこの推測が実際の現実に当てはまるとするのであれば

それはこの詩句の述べている内容が日本だけに留まらずに

現代のその他の先進国と同じくらいに発展をしている国では

医学や医療技術も同じくらいのレベルであろうと思われますから

現実化しにくい内容になってしまうのだろうと私は思います。




ここで、この詩句の解釈という本題からは外れてしまうのですが

人相学・人相術と美容整形医療の関係について少し述べたいと思います


人相術・人相学の目的の一つとして顔を使った開運という方法があり

「顔の良くない暗示を消して不運を取り除く」という方法があります


顔に現れている良くない暗示はいろいろとあるのですが

ホクロやシミなどはその代表的なものとしてとらえられます


顔に現れているホクロによってはそれを良いものと判断する

判断法もあるのは私も知っております


ですが私が教わった人相学・人相術の考え方では

ホクロやシミやソバカスは基本的にはすべて良くないもので

顔に現れた障りや欠点ととらえるものとして教わりましたので

私もその考え方で判断することにしています。


そこで美容整形医療の手術や技術がそれに対応できるのではないかという

考え方があるのです


例えば、人相学・人相術から見て顔の障り(開運の障害)になっている

ホクロやシミが顔のどこかにあるとします

それを美容整形医療の手術や技術で取り除いてしまえば

顔の不運の暗示を取り除くことができる、という

とても単純でストレートな考え方があります


現在の最新の美容整形医療の技術はその考えを実行しやすいぐらい

技術や手術のレベルが上がっているのではないかと思うのです



私が過去に人から聞いた昔の話になってしまいますが

いま現在の美容整形医療ではなく、

昔の美容整形医療の技術のお話として教えていただいたのですが

昔は整形手術でホクロを取り除いたとしても当時の技術では

「取り除いた所になんらかの傷跡がどうしても残る」というお話を

聞いたことがありました


顔にホクロを取り除いたという傷跡が見てとれるほど残ってしまうのであれば

人相学・人相術の考え方としては昔の整形手術のホクロの除去は

それほど意味が無い行為と考えられていたようです。

つまりホクロが無くなったとしてもその場所にホクロを取ったという

痕跡が見て取れるほどはっきりと残ってしまうのであれば

それは「顔の傷」という形に変化したのであって

顔の同じ場所に障り(開運の障害)があることには変わりがないからです



ですが、現在の最新の美容整形医療の技術で(例えばレーザーなど?)

ホクロやシミを取り除いたあとの皮膚に傷跡がまったく残らないか、

あるいはホクロやシミがそのままある状態に比べれば

比較にならないほどの目立たない傷跡しか残らないのであれば

ホクロやシミやソバカスは取り除いてしまった方が

人相学・人相術の考え方では良いと判断できるからです


「傷跡が残らない」か「比べものにならないほどの小さな傷跡しか残らない」

のであれば最新の美容整形医療のホクロやシミの除去手術は

人相学・人相術の開運法として使っても良いのでは、と私は思います。


ですので、顔に気になるホクロやシミやソバカスがあるご本人が

そのホクロやシミを取り除きたいという気持ちが強いのであるのならば

取り除いてしまってもよいのではないかと私は思います。



とはいえ、現在の美容整形の技術が発達したとはいっても

ホクロやシミの除去は医療機関での手術であることには変わりがないので、

軽い気持ちですることではありません


手術を受ける方ご自身が事前に情報収集をしっかりとなさって

信頼できると判断した美容整形医療の医師に

時間をかけて相談をして不明な点はすべて質問をして納得をしたうえで

自分自身の決断で手術に臨むことが一番大事だと思います


現代では手術後にどのようになるのかをモニターなどに映し出して

術後の状態をイメージをしやすくしてくれている美容整形医院も

多いようですので、そういった情報も参考にして

自分でよく考えることが必要です

不安や心配や疑問が無くならないのであれば手術はしない方がよいです

不安な気持ちが残っている状態ですることではないと思います。


それから他のアドバイスとしては、こういう大事なことについては

かけるお金を節約しない、ということでしょうか

自分の顔の手術なのですから、その業界で一流と言われるところを

始めから選ぶようにするべきです

人生にかかわることですから変にお金を節約しないことです


人相学・人相術と美容整形医療のお話は以上になります。




話をこの詩句の内容の解釈に戻します、


もしも詩句の述べる長生きが出来ないかもしれないという理由が

顔にホクロやシミがたくさんあるから、というのが原因ならば

ホクロやシミやソバカスを取り除いてしまえば

その原因は解消されますので、それで良いと思います。



なのですが気になるのは

長生きできないかもしれないという暗示を背負って生まれてきていて

それを現すためにたくさんのホクロやシミが顔に現れていたとすると

それらを取り除いても長生きできないかもしれないという暗示の

根本は変わらないのではないか?という思いも残ります。


その部分については私もよくわからないのです

生まれつきたくさん有ったホクロやシミを取り除いた後の人生が

どうなったのかは私はそういった方達に出会った事が無いので

確認のしようがないので何とも言えないからです。



ただ私は、ご本人やご両親の積極的で前向きな行動によって

顔に現れていた障りを取り除いたのだから

取り除く前よりはご本人の運勢は良くなるのだろうと思うのです。


現代のように美容整形医療が発達した時代に生まれるということは

そういった最新の医療や技術を本人や周囲の人の意向で

利用できる状態なのですから

自分の人生を良くするための行動を積極的に行うことは

自分の運勢を良くすることでもあると私は思います。


この詩句の解釈はこれで終わりです

ここまで読んでくださってありがとうございました。

(本文終わり)



面    顔、とか顔面という意味です

多    多い、たくさん

斑點   表面にまばらに散った点、という意味

恐    心配する、とか、かもしれない、という意味

非    そうではない、違う、などの意味

老壽   長寿、長生き、という意味

之人   の人 

(人相を学ぶ159 面多斑點 恐非老壽之人 )



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