東京六大学に挟まれたわたしは、ポテサラを盛り付けてアコギを買った

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コラム
今回はわたしの「愛おしき、人生のズレ」について書きたいと思います。

優秀な兄弟に挟まれ、「大人しくしていなきゃ」と無意識に自分を抑えていたあの頃。
家族の正論から逸脱し、自分だけの呼吸を求めてもがいていた、あの夏の話です。

「正論」だらけの迷路で、私は一人「ズレ」ていた

うちの家系図を眺めると、真ん中のわたしだけ明らかに「一人だけ規格がズレている」なと思う。

上は現役で六大学に受かり、実家から出ていった姉。
 下は高3までクラス最下位を爆走していたくせに、最後だけ神がかって六大学に滑り込んだ、要領の良さがチート級の弟。

父は厳格な専門職。母は教員免許を持ち、地元のお堅い企業で着実に働く堅実な人。

そんな「正論」が服を着て歩いているような家族の中で、わたしはひとり、偏差値54。
本来なら普通科へ進むのが妥当なはずなのに、教科書をめくることよりも、自分の手を動かして何かを創り出すことに惹かれ、偏差値50ほどの家政科という場所を選びました(卒業後は、さらに家族の価値観からは遠く離れた専門学校へと進むことになります。。)。

ポテサラのラインを死守した夏

始まりは、あの運命の高3の夏休みでした。

 周囲には受験という名の、息が止まるような神聖な空気が満ちていましたが、そんなものわたしには関係ありません。
わたしの頭の中は、「アコースティックギター」が欲しいという強烈な欲望に支配されていました。

わたしは、夏休みにコンビニの弁当工場で働くことにしました。
プラスチックの容器がガシャンガシャンと容赦ないリズムで流れてきて、自分が担当する食材を詰めていく作業です。

弟が必死に机に向かっている間、わたしは右手にアイスのディッシャーを持ち、秒速でポテトサラダを容器に詰め込み続けました。
 ちょっとでも手が止まればラインが止まり、皆の視線が突き刺さる。
あの夏、わたしは確実に、地域で一番ポテサラを美しく盛る女子高生だった、という自負があります。

自由へのファンファーレ

そうして指先にポテサラの匂いが染みつくまで働いて稼いだバイト代と、お年玉の全財産を握りしめて、地元から少し離れた楽器屋へ直行して買ったのが、念願の国産アコースティックギターです。

それまで、優秀な姉弟に挟まれて「大人しくしていなきゃ」と無意識に自分を抑えていた何かが、そのギターを手にした瞬間にプツンと切れました。

リビングで弟が、わたしには一生理解できない難解な参考書と格闘している中、わたしは新品のアコースティックギターを抱え、渾身の力で弦を弾く。

「ポロ〜ン。。。(ペチッ)」

エレキなら歪ませて誤魔化せるけれど、アコギは残酷なんですよ。 
わたしの圧倒的な才能のなさが、生音でダイレクトにリビングへデリバリーされる。
弟から飛んでくる「うるさい。下手。勉強の邪魔」という、1ミリも反論できない正論。

だが、その時のわたしにはそんな言葉すら、自由へのファンファーレにしか聞こえなかった。
わたしはKATEの黒のアイライナーでアイラインを親の敵みたいに太く引き、窮屈な日常を脱ぎ捨てて、外へ逃げ出しました。

履歴書には書けない生存戦略

そこからわたしは、家族の歩む「光の当たる大通り」からどんどん遠ざかっていきました。

とにかく家族の「正論」が届かない場所へ行きたかったんです。 
彼らが一生関わることも、その存在に気づくことすらないような世界。
家族の誰にも言えない場所で、誰にも知られない時間を過ごすことだけが、当時の唯一の解放でした。

エリートの家族が見れば、間違いなく絶句するでしょう。
 決して履歴書には書けないし、親戚の集まりで語れるようなことでもない。 家族が穏やかな日常を過ごしている時間に、わたしは一人、全く異なる「別の世界線」を生きていました。

危なっかしいほど純粋に、自分の居場所を探していたんです。
 墓場まで持っていくと決めた秘密も、あの頃の闇にいくつも埋めてきました。あの混沌とした時間だけが、当時のわたしにとってのリアルだった。

 真っ当な空気の中では窒息しそうだったわたしが、唯一、自分の意思で呼吸ができる場所。
 日常から逸脱することでしか、わたしは自分の命のバランスを保てなかった。

だからこそ、 生きづらさを抱えて、独りきりの闇の中にいる人のことも、わたしは笑ったりしません。
 かつてわたしがそうだったように、その混沌こそが今のあなたのリアルだと知っているからです。

わたしだけ、違うコースを走る

あれから年月が経ち、わたしたちもそれなりの大人になりました。

 住む場所も、見ている景色も、もう何もかもが違う。 
たまに集まっても、二人の話が「別の惑星のニュース」みたいに聞こえて、ふとした瞬間に「あ、わたしだけ別のコースを走ってるんだな」という、言葉にできない寂しさがよぎることもあります。

正直、今でも心はめちゃくちゃ複雑なんです。

 二人の優秀さを眩しく思うたびに、勝手に惨めになって、自分から心のシャッターをガシャガシャに下ろしそうになる夜もある。 
でも、皮肉なことに、やっぱり姉弟が自慢なんですよ。

人と話しているとき、六大学の話題が出たりすると、つい「うちの姉弟、どっちもそこなんすよね」とサラッと言ってしまう。
その瞬間のわたしは、まるで自分も何かを成し遂げたかのような偉そうな顔をしてるんです。

でも、そう口にした直後、猛烈な自己嫌悪と虚しさがセットで襲ってくる。 「結局、わたしは自分の力じゃなく、彼らの光を反射させて自分を大きく見せようとしているだけじゃないか」って。

高学歴な姉弟に挟まれた、偏差値54、花嫁修行的な学科卒の元・はみ出し者。 
誇らしさと、劣等感。そして、消したくても消えない少しの見栄。 
この三つが、不協和音みたいにわたしの中でずっと鳴り響いています。

すべては学び、すべてはギフト

けれど、最近になってようやく思います。

 あの居場所のない焦燥感も、工場で必死に守ったポテサラのラインも、リビングで響かせた不格好なギターの音も。 
その不揃いな一コマ一コマが、今のわたしを形作るための大切なピースだったのだと。

今まで、いろいろな感情を味わってきたけれど、それらすべてを今は愛おしく思えます。
 不器用にはみ出しながら生きてきたこの経験こそが、天からの采配であり、かけがえのない学びだったと気づいたからです。

これからもわたしはわたしなりの、少し不格好なリズムを奏でていこうと思います。
 神様がくれたこの愛おしい「ズレ」を、わたしだけの人生の隠し味にして。

※家族構成や細かい設定には、少しばかりの「演出(フィクション)」を混ぜています。実家のプライバシーへの配慮。。というのもありますが、何よりあの頃のヒリついた感情を一番いい形でお届けしたかったからです。
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