歌ってみたMixのやり方 黒八木くるみ様「シャルル」編

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音声・音楽
※この記事は歌い手様ご本人の了承を得た上で公開しています

黒八木くるみ様(Twitter: Kurumi0Music)

黒八木くるみ様(以降"くるみさん")が歌う「シャルル」。
こちらのMix詳細を書かせていただきます。

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■前置き
DAW環境:Logic Pro X
コンデンサマイクにての録音

★今回のポイント
キー変更あり(+3)

くるみさんのMixは今回2回目だったので事前打ち合わせは非常にスムーズでした。
要望を伺ったところ「七帆さんにお任せしたいです」と。
……。
…………。
目頭が熱くなりました。
いや、もちろんこだわりがたくさんあって、細かな指示をたくさんくれる方の場合も、そこから学べることがたくさんありますし、よしこの人の期待に応えようと燃えます。
ただ、こんなふうに全幅の信頼の上で任せていただけるというのは、、。
なんでしょうね。Mix師冥利というか、裏方冥利というか、そういうのに尽きます。
その着せ替え人形8巻の五條くん的な、"全力でこの人を輝かせたい"って気持ちになります。
そんな感じで気合十分でスタートです。

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ここからが本編です。

①オケ作成
今回はキー変更あり。ここが1番の難所です。
くるみさんから歌う際に使用したオケも共有してもらっていたのですが、全体にピッチシフトをかけたものだったので、許容範囲内だとも思うのですが、ただやっぱり自分としてはどうしても薄い感じになってしまうのが気になり…。
というわけで、原キーでのオケ音源を元に、再生成します。

スクリーンショット 2022-10-20 18.51.15.jpg

RXを使用して、ドラムとそれ以外の音とに分解。
それ以外の音の部分のみピッチシフト。
melodyneを使用してキーを上げました。
うん、なかなか自然にいけたのではないでしょうか。
キーシフトしましたらドラムパートとBUSでまとめ、薄くコンプで馴染ませ、
さらにEQで物足りなくなってしまった箇所、うるさくなってしまった箇所の補正をします。
ピッチシフト自体が音楽的に無理矢理な処理ではあるので、完全に歪みないものとはいきませんが、迫力が少しでも保たれるようにします。

スクリーンショット 2022-11-04 22.56.56.jpg

余談ですが、ギターのピッチをいじるのが一番怖いです。
シンセメインの曲なら+-3くらいそんなに恐れないのですが、
ギターは倍音が複雑なのと、自分もギター弾きなこともあって気になります。
今回のシャルルはギターが活躍する曲なので少々ヒヤヒヤでしたが、結構うまく行けたのではないかと思います。

さらに余談で、キー変更怖いなんて書きましたが、歌い手の皆さんはそんなこと気にせずに自分が一番良く歌えるキーを探し、そのキーで歌うべきと思います。
そこで生まれる違和感をどうにかするのはMix師の仕事と思います。
なのでキー変更に対して申し訳なく思わないでいただいて大丈夫です。


②ノイズ除去
ここからボーカルトラックの編集です。
Mixする上でまず嫌なのが部屋鳴り、壁からの反響音です。
これが加わってると扱いにくくて、邪魔でしょうがないってのが本音です。
ちなみにパフュームはあえてお風呂場で録音したりしたそうです。ふわふわする効果を狙って。
それは例外として、なにか明確な狙いがない限り極力デッドな(反響音のない)環境で録音してもらえるのがこちらとしては嬉しいです。
理想をいうとボーカルブースや、吸音材を貼り詰めた部屋+リフレクションフィルターですが、なかなか個人で用意できるものではないので。。
なので個人でできる工夫としては、衣服で散らかった部屋、なんなら毛布を被って録音するのをおすすめします。綺麗な部屋だと音が跳ね返るので。
今回の場合、これから録音なんですって段階で相談をもらえたので、できる限り反響音殺してくれと事前に念押しをしたので、くるみさんがどのような環境で歌ったのかは追求してませんが、部屋鳴りは問題なく録り音ばっちりだったのでリバーブ処理は特にせずに進みます。
鳴りが気になる場合リバーブ成分の除去処理をします(限界あります)。

でもって次に気になるのが電気的なノイズ。「サー」とか「ジー」とかいう微かな音ですね。録音したトラック単体で聴くと気にならないのですが、この後コンプをかけたりして音量の安定化をしていくに従って相対的に目立ってきます。
RXのSpectral De-Noiseを使い、極力声に影響を与えないように調整してノイズ成分だけを除去します。適用量をオーバーすると声のキラキラした成分まで消えてしまいます。

スクリーンショット 2022-11-04 22.59.06.jpg

なので歌い手の方は、電気的ノイズの状況を把握したいので、声入っていないけど録音されてしまった部分も少し残しておいてもらえると助かります。
その波形を確認して、そこだけピンポイントでカットできるようにこっちで行います。

ただ個人的にはこの処理もできることならしないで済むのが理想と思います。
ただそんなのは個人の宅録では、家にスタジオがあるとか、よっぽど音響機器の沼にハマってしまったお父様がいるご家庭でないと無理かと。
なので歌ってみたMixでは基本この処理は行います。でも繰り返しですが最小限の適用量にするよう気をつけます。
ついでに気になるリップノイズやその他のノイズある箇所も切り取っちゃって、RX系は処理が重いので一度書き出し。
下準備が済んだ感じですね。


③ピッチ・タイミング補正
さあ、山場です。正直Mixの作業時間がどうなるかはここ次第です。
ただくるみさん、ピッチもタイムもかなり安定していたので、今回はぶっちゃけあんまり時間がかかっていません。本当に補正程度に。ありがたい。。

こんな感じで素材が良かった場合、自分はMelodyneを使います。
強めな修正が必要な場合や、素材感よりもピッチ重視、またケロケロ系でのオーダーを受けた時はLogicのFlex Pitch&Timeと使い分けてます。
後者の場合AUTO-TUNEを使う方が多いとも思いますが、自分はゴリゴリのMacユーザー、10年以上Logicを使っているので、一番使い慣れているのがFlex Pitchで、今でも普通に使います。

Flex Pitch、通しただけで音質変化があるとのことで避けているレビューも見られますが、確かに若干の変化はありますが、それが悪いものだとは思いません。
EQでどうにでもなる程度、なんならオケと混ざった時にしなくても問題ない程度と思います。
最終的に曲としていい音楽に仕上がるかどうかが重要で、Flexでの変化はそれに影響を与えるものではないと自分は感じます。なのでFlex普通に使えるやつだぞと。
熱くなっちゃいましたが、今回はMelodyneでナチュラルに整えた程度です。

④EQ ひとつめ
余分な周波数のカットの処理をします。
この後の処理は以前書いたMIXのやり方の記事のとおりなので大きな目的は割愛しつつ、今回のMixの細かな目的やプラグイン紹介をできたら。
(ボーカルMIXの基本処理の過去記事:https://coconala.com/blogs/332749/231957

ここの処理で使うプラグインは自分はFabFilterのProQ3一択ですね。
とにかく機能面で使いやすい。

今回は重低音領域はシェルフではなくハイパスでばっさりカット。中〜高音域に耳に痛い成分を含む周波数を超急激なカーブで数カ所ピンポイントで狙ってカット。

スクリーンショット 2022-11-04 23.03.22.jpg

250~300Hz付近のカットは後から加えました。なくてもボーカル単体としては良い感じだったのですが、キー変更によりオケが腰高な印象になっていたので、馴染ませるために加えました。

⑤コンプ ひとつめ
音量のざっくりな安定化ですね。
最初の音量の平均化として光学式コンプを入れるのは定石かと思いますが、
その中でも自分はだいたいNative InstrumentのVC-2Aを使います。
WavesでもLogicのでもいいんですが、自分はNIの反応が一番使いやすく感じています。

⑥コンプ ふたつめ
ここでさらに安定化+どのくらい前に出すかのコントロール+
キャラ付けをします。
自分の場合、
基本はルネッサンスコンプ。ざらっとダーティー・オールドな感じにさせたい時は1176系。パンチのメリハリを強めたい時はAPI。いわゆる渋谷系なおしゃれな感じな時も結構API使いますね。それ以外を使う時もありますが、基本こんな使い分けです。
今回どれを使おうか迷いました。
はじめ1176系でロックに攻めようかと思ったのですが、シャルル聞いてるうちにやっぱり繊細な曲だなあと解釈してルネッサンスでまとめました。

ちなみに1176ならArturia、APIならWavesのものを自分は使います。
1176でできるイメージとしては、椎名林檎の本能とかを聞いてもらえたらイメージしやすいかと思います(あれは極端にかかってますが、好きです)。

⑦ディエッサー
耳についてしまう歯擦音、「s」「es」音をマイルドにする処理です。
最近はWavesのSibilanceを使います。
反応良くて便利ですね。ただ操作パネルが結構独特でよくわからなくなるときもあるので(説明書ちゃんと読め)、しっくりこないときは昔ながらの操作パネルのR-DeEsserで細かく狙います。
今回はスムーズに決まったのでSibilanceを適用。

⑧Vocal Rider
音量調整です。割愛。

⑨EQ その2
ノイズや揺らぎや余分な周波数を整えた上での
より華やかにするための、
先ほどのは消極的なEQ、今度のは積極的なEQです。
キラッとさせたり、太くしたり。
ArturiaのPre1973、またはWavesのSSL EQを使うことが多いです。
ボーカルには大体1973ですね。1973やSSLのアナログな色付けが余計な時はFabFilterで。
今回は1973で高域、低域をキラッとブーストしてます。

スクリーンショット 2022-11-04 23.06.47.jpg


⑩エキサイター
Waves Aphex Vintage Exciterを今回は挿しました。
前回の記事になかった項目ですね。確か。。
僅かな歪み感と両サイドのギターに負けないための倍音を
足します。
なんていうかお化粧みたいな感じです。
特にファンデ塗った後の化粧工程。
やりすぎると即効でケバくなります。

スクリーンショット 2022-11-04 23.07.40.jpg


11. リミッター
お守りです。瞬間的音量がピークを超えて割れたりしないように。
Waves L2を挿しましたが、今回機能してません。お守りです。

12.ハモリ生成
各プラグイン外した状態でトラックを複製し、
音程変更をして④〜11.同様の補正をします。
ただしメインボーカルを邪魔しないよう、コンプはより強め。
低域・高域もより削った状態にします。

音程は上でも下でもどっちでもありなのですが、
なんなら両方ってのもありなのですが、
今回はとにかく添える、添え続けるためのハモリというのを狙いました。
なので主旋律より下で。
基本的にハモリを加え厚みを出し、ここぞというところで解除する。
急に主旋律が単独になったときのスリリングさを狙う。。
的なアレンジにしています。
そんな感じで本家様よりハモリ部分が多くなってます。

13.メインボーカルとハモリパートをまとめる

スクリーンショット 2022-11-04 23.10.39.jpg

メインとハモリをコンプでまとめて、ハモリとの馴染みをよくします。
今回のポイントのひとつが、ここでアタックタイムの箇所による変更を
してるところです。
引っ込め気味の時は10ms、前に出す時は30msに。
サビなんかはほとんど30msですね。
ここでいつも使うのがbrainworksのVSC-2。
こいつが超万能です。
複数のトラックをまとめて馴染ませたい時、自分は大体これ使います。
単体トラックに使っても良い感じです。
動作も軽いし。ルネサンスコンプ一個でもいけますが、これ一個でもいける。
いや、ベースとキックにはあまり使わないかな。。
あとこれ挿すとほんと自然にマイルドになって馴染みが良くなる気がします。

14.リバーブとエコー

スクリーンショット 2022-11-04 23.09.08.jpg

いずれもSENDにて、各トラックにはプレート系のリバーブを。
メインのリバーブです。
曲によりけりですが、コーラス系はメインよりも控えめにすることが多いです。今回はそうです。
さらに両方をまとめたBUSに、オケと同じ系統のホール系のリバーブを。
馴染ませる目的です。
でもって自分はエコーとしてディレイを加えます。今回はピンポンディレイで、左右に振ってしまい広がりをつけます。
いかにもバンドですというときは、下手にPANを振らずにセンターのみでテープディレイでエコーさせることもあります。

15.エフェクト
上記までが基本的なボーカルトラック処理という感じですね。
今回のシャルルでは、冒頭と最後のほうのサビでラジオボイス風のエフェクトが加えられているので、エフェクトも足していきましょう。
スクリーンショット 2022-11-04 23.17.48.jpg

こんな感じで仕上げました。ラジオ風味、多用されるエフェクトですね。
EQで作っています。
もっとダーティーにするときは、サチュレータやギターアンプシミュレータ、サイケなときはピッチシフターやボコーダーやシンセを加えたりもします。
今回のシャルルは繊細な曲という自分の解釈なので、EQのみで、大胆に削りすぎないようにして、あえてシンプルに仕上げました。

またこだわりポイントとしては、もらった音源を聞いた時に、ここいいなあと思える部分がいくつもあったので、そういった場面では、オートメーションであえてポイントでエコーをカットしてドライにして強調したりしてます。

16.オケとの音量バランスの最終調整
ここが悩ましいところです。
自分は元バンドマンです。
バンドでは、なんというか全パートの一体感がポイントだと思うのですよね。
ただ歌ってみたの場合、既にリリースされている曲であって、聞く人もその曲を既に知っていることが多い。曲というよりは、声そのものを聴くことに魅力を感じる文化なのではないかと思っています。
なので、歌ってみたではややボーカル音量を大きめにします。
ただ当然音量あげればあげるほど浮きますよね。
ここが一番歌い手さんと、調整して修正したい部分ですね。

17.マスタリング
最初キー変更が前提だったので、サイド成分あげることになるかなあと思いながらだったのですが、いい感じにオケもできたので、特にMS処理はせず。
基本的な処理をしました。
(マスタリングについての過去記事:https://coconala.com/blogs/332749/234351

18.書き出し
ノイズ出ないようにディザリングかけて書き出してお渡しです!(割愛)

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はい!
こんな感じで出来上がったのが、くるみさんによりますシャルル!
是非聞いていただけたら嬉しいです。
またくるみさん、お人柄も大変魅力的な方で、打ち合わせの段階から楽しく制作させていただきました。
ぜひ推してください。

というわけでもう一度動画リンクを。
長文にお付き合いいただきありがとうございました。
また、制作記の公開に快諾してくださいました黒八木くるみ様、改めてお礼を申し上げます。


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