ある地方銀行に勤める、ひとりの地味な女の子がいた。
名前は、美月。
出納係という少し特殊な部署で、
毎日、現金と向き合う仕事だった。
来る日も来る日も、
一万円札を数え、束ねる。
その小さな疑問は、
いつしか胸の奥で静かに膨らみ続けた。
やがて銀行の建物に足を踏み入れた瞬間、
世界がぐらりと揺れるようになった。
視界が回る。
息が詰まる。
それが何なのか分からないまま、
ただ「このままではいけない」とだけ感じていた。
限界は、思ったよりも早く訪れた。
美月は誰にも相談せず、
静かに銀行を辞めた。
そんなある日、
友人から、市内でも最大級のクラブで
事務員を募集していると聞かされた。
クラブ
それがどんな場所なのかも知らないまま、
美月は面接へ向かった。
扉を開けた瞬間、
そこはまるで別世界だった。
シャンデリアの光。
真紅の絨毯。
重厚な本革のソファ。
すべてが現実離れしていて、
自分が場違いな場所に来てしまったのではないかと、
一瞬、足がすくんだ。
ここには、どんな人が来るのだろう。
想像すらできなかった。
バックヤードの一角にある事務室。
美月はそこで、昼間の経理として
働くことになった。
オーナーは、この店のほかにも
建設会社や中古車販売を手がける実業家。
そして麗子ママは、その妻だった。
美しい人だった。
けれど、
どこかに、言葉にできない影を宿していた。
仕事にも少しずつ慣れてきた頃。
普段はめったに顔を出さないママが、
ふらりと事務所に現れた。
『今日ね、女の子が三人も休んでしまって……
美月ちゃん、お店を手伝ってもらえないかしら』
あまりにも突然の申し出だった。
『えっ、私がですか?』
『そう。あなたに、何か感じるの』
麗子ママは、化粧気のない美月の顔をじっと見つめた。
その目には、確信のような光が宿っていた。
『今日だけなら……』
軽い気持ちだった。
ほんの少しの好奇心。
それが、すべての始まりだった。
その夜。
借りたショッキングピンクのロングドレス。
丁寧に施された化粧。
鏡の中に映っていたのは、
もう、銀行にいた頃の美月ではなかった。
ひとりの“女”が、
静かに生まれようとしていた。