超短編小説「甘く危険な香り」

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※この作品は「両取りヘップバーン逃げるべからず」の続編となっております。 できればそちらを先に読んでいただけると助かります。


目隠しをされて,腰かけに座っている女性の前には少し間隔をあけて二人の男性が座っていた。
その女性の頭部に目にも止まらぬ速さで棒のようなものが振り落とされた。
「バシーンッ!」という音と同時に目隠しをしたまま女性が言った。
「ずいぶん手荒い歓迎をしてくれるじゃない!」


横浜市内の某公立高校の学園祭。
1週間ぶりに登校した剣道部の部長 柳生 香(ヤギュウ カオリ)は不機嫌そうに見えた。定期テストではいつも学級委員と1位2位を分け合い、剣道では1年生2年生と全国高校剣道選手権女子の部で2連覇達成。父親は全国30万人いる警察官を指揮する頂点の600人のうちの一人=警察キャリア官僚のエリート中のエリート。そしてなんといっても美人すぎる。まさに完璧だった。Uー18 世界剣道選手権大会を立ち上げるために、日本剣道連盟の理事たちと一緒に1週間カナダに行って会議を行っていた。

 朝から各部活の出し物を見て回っているのだが気のせいか、どこも男子生徒の数が少ない。色々聞いてみると将棋部の会場が男子で溢れかえっているらしい。ちょうど香と入れ替わりのようにやってきた非常勤講師が目当てらしい。名前は杉本 桂(スギモト ケイ) 菜々緒に似た背の高い美人らしい。

将棋部の会場を覗いた。(いた。間違いない。)
香は目隠しをして座っている桂の真後ろに近づき、手に持った竹刀を頭めがけて思いっきり振り落とした。
「バシーンッ!」という音と同時に目隠しをしたまま桂が言った。
「ずいぶん手荒い歓迎をしてくれるじゃない!」

「先輩!衰えてないですね!」香がそう言うと
桂は頭の上で両手で竹刀を挟んだ手を下ろし、目隠しをとって香の方振り返りニヤリと笑った。
この二人何者なんだ?

周りの男子がざわつく中、剣道部の顧問の先生が言った。
「伝統あるわが校の剣道部で女性の部長は歴代二人だけ。一人は今現在の柳生香、そして初めて女性で剣道部の部長になったのが杉本先生だ。」
桂はこの学校の卒業生だった。

「にしても、なんでアンタそんなもの持ち歩いているのよ?」
香はいつも竹刀を持ち歩いていた。それゆえ陰では「番長」と呼ぶ者もいた。たまに先生から注意されることがあったが、常に竹刀を持っていないと手の感覚が変わってしまい、次の大会で勝てなくなってしまうかもしれない、その時先生が責任を…とそこまで言うとたいていの先生は、「まあ、気を付けるように」と言ってその場を離れてしまった。

「先輩こそ何してるんですか?」香が聞いた。
「見ればわかるでしょ。」
桂は校長先生と生徒会長を同時に、2枚落ちの上、目隠しをして2面指しをしていた。桂が7六歩とか声に出すと相手が将棋盤の上の駒を動かし、自分も8四歩と声に出して駒を動かすのだった。

「ふーん、…」二つの将棋盤を眺めた後再び香が言った。
「両方とも詰んでんじゃん!」
校長先生と生徒会長はじーと将棋盤を見てそれぞれ
「負けました。」
「参りました。」と言った。
21手詰めと17手詰めの即詰みだったが、周りの生徒はなんであれで負けなんだろうと不思議がった。


夕暮れ校舎の屋上
「先輩、どうして私カレシできないのかな?」
「アンタ、完璧すぎるのよ。自分で思っているより相当ハードル高いよ。」
「……」
「まぁ心配しなくてもカレシの一人や二人そのうちできるよ。だけどどんな完璧に見える人間にも悩みってあるんだね。」
「年頃だからね。」


「…どう、久しぶりに一局指してみない?」
「いいけど、将棋盤は?」
「いらないっしょ。」
「オーケー、じゃあ私が先手で7六歩」
「8四歩」
「6八銀」
「3四歩」


「コテ先だけの恋愛ならやらない方がましよ。 9五歩」
「だよね。9五同歩」
「恋愛って意外と 運とかツキも関係あるからね。9七歩」
「結構メンドウだね。9七同香」
「…とりあえず、まず竹刀持ち歩くの止めたら。8五桂」
「…だね。…」

西の空でヴィーナス(金星)がキラリと光った。



この作品はフィクションです登場する人物団体は架空のもので実在するものと一切関係ありません。

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