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コロナ禍の学園祭(大学教授)

こんばんは、大学教授のトモです。大学における、秋の風物詩といえば「学園祭」です。先週末、うちの大学では学園祭が開催されました。学生が主体となり、露店を開いたり、大学の紹介をしたり有名人などの大物ゲストを登場させたりといったことで、地域を含めてとても活気づくイベントです。昨年から、コロナ禍のため、学園祭の開催が危ぶまれていました。私の勤務する大学では「オンライン学園祭」の形をとり、2020年、2021年とも、学園祭を行うこととなりました。露店も出来ませんし、近隣の方などを大学に呼ぶことができないため盛り上がりに欠けてしまう点は否めません。でも、芸能人をオンラインで登場していただき、学生とネットを隔てて会話するなどは可能なスタイルでしたので学園祭の学生役員たちはとてもうれしそうでした^^学生たちの学生生活を盛り上げるため、私たち教員も陰ながらしっかりとサポートをしました。学生たちの盛り上がりを間近に感じると、サポートした甲斐があったなと嬉しく思います。これから冬に向かいつつある時期ですが、インフルエンザなどの感染にも気をつけつつ、学生生活を支援したいと思います^^それでは、また☆
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学園祭に向けて大学生は成長する(教授)

10-11月は各大学で学園祭が盛況の時期です。普段は受け身で授業を受けている学生は、自分たちがイベントを開催/主催する時に大きく成長していると感じています。リーダー、委員長などの役職だけでなく、予算、イベント内容、綿密なスケジュール、外部への発注、外部へのチラシ貼付、学内周知、来場者たちとのコミュニケーションなどなど。普段の授業では得られないたくさんの経験をして成長していることを嬉しく思います。全ての学生さんが関わるわけではないですが「これに関わると成長するだろうな」といつも感じます。日頃は授業がメインの生活ですが、学園祭では大いに楽しんでもらいたいです。私も教員としていろんなイベントや出展に参加して見守ります。学生のパワーが感じられ、教員の仕事をしていて楽しいと感じるイベントでもあります。
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大学の学園祭で有名人を呼ぶかどうか

この時期、だいぶ涼しくなってきましたが、秋は学園祭も盛んです。大学でも10〜11月に行うことがほとんどです。オープンキャンパスもあり、今は大学も開かれた存在となりますが、学園祭はさらに地域の方、受験生の方、ご家族の方などにも良く足を運んでもらえるので、大学、特に学生さんは気合が入ってますね。大学によってさまざまな特徴がありますが、その中で「有名人」を呼ぶかどうかもあります。有名人は大学の目玉にもなり、「じゃあ行ってみよう」と思うきっかけになるからです。一方、今が旬の芸人さんなどは各地で引っ張りだこですし、うまく土日の学園祭に呼ぶことは大変です。また、そこまで出ない有名人でも、〇〇○万円のお金が必要だったり、有名な人とそこまで有名でない人とのセットでないと交渉に応じないとする事務所も結構あります。この辺りは、学生部にいた時、私もかなり込み入った事情を聞き、対応しました。いろんな調整をしながら、大学生を中心として一生懸命準備してくれます。各地の学園祭で、学生や聴衆が楽しく盛り上がってくれることを願っています。
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「太田裕美特集ぅ~♪(15)」

そういえば、ボクが東京に上京する時に聴いたような気がね~、するんじゃけど。「ただ都会の絵の具に染まらないで帰って~♪」って、ねぇ~♪ゴミンなさい!ボクは「どっぷりと都会の絵の具に染まっても~た」のじゃ。確か「広島時代の高校生」の時に付き合った「松本ちえ子」似の彼女がいたけど、やっぱ今でも思い出す「とても可愛い」彼女じゃった。ただ、最初に彼女を「バス停」で見たときの「ピカ~!」って光ったあの「ヒカリ」は何だったのじゃろ~か??今でも覚えているのじゃ。あれは高校の「学園祭」の時で、ちょうど彼女達が来ていたのじゃ。でもボクは「東京の垢(あか)ぬけた超美人たち」に「魅了(みりょう)された」のじゃ。でもね~、その「広島の彼女」と別れるときは「号泣(ごうきゅう)」であったぞよ。すんごい泣いたもん。何でじゃろか?(自由ヶ丘の寮じゃった。いっぱい涙出た;;)後にも先にも「あの時」だけじゃ。やっぱ、「純粋に愛していた」のじゃろ~て。惜しい気持ちでいっぱいじゃ。そう、今でもね。。。さて、ボクの恋愛話はこれでおしまいで、「裕美ちゃん」の歌をたっくさん聴いてみてくだされ~♪やっぱ「惚れてまうやろぉ~♪」ホホホ(^^;it is the japanese music that made a hit more than about 40 years ago.singer's name is hiromi ohta.her voice is very cute, and it is a singing voice becoming fun.hehehe「赤いハイヒール」BY 太田裕美「九月の雨」BY 太田裕
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超短編小説「悪魔が来りて笛を吹く」

※この作品は「悪魔からの着信」の続編です。できればそちらを先にお読みいただければありがたいです。 「グボボボボーー」独特のエンジン音とともに目の覚めるようなフィストラルブルーのスポーツカーが来客用駐車スペースに止まった。 マクラーレン570S  Spider。白いブラウスに、グレーのパンツ、ハイヒールにサングラスをかけた女性が跳ね上がったドアの奥から降りてきた。 女性はそのまま音楽室に向かった。 横浜市内某公立高校の学園祭 軽音楽部が音楽室で演奏を行っていた。 演奏が終わったところで女性の低い声がボーカルの高嶋に向かって届いた。 「アンタ、勝手に人のもの持ち出すんじゃないよ!」 (やべー、来ちゃったよ) 開場がざわついた。 「皆さん、お騒がせして申し訳ございません、すぐに帰りますので。」 誰もが知っているバイオリニストの女性がそう言うと、 「何か1曲弾いて下さい!」会場から声がかかった。 「申し訳ありません、きょうは野暮用で来ただけですので…」 「テレビで見るよりキレイ!」「若い!」そんな声が会場から漏れた。 それを聞き逃さなかった女性は、じゃあ最近やりだしたフルートを少しだけと言って、持ってきたフルートでいきなり「夜に駆ける」を演奏した。最初から演奏する気でフルートを持ってきたのか理由はよくわからなかったが大盛り上がりだった。「失礼いたしました、ではこれで」と言って高嶋の持ってきた「John Lennon」とサインの入ったギターを持ち帰ろうとした。 「アンタの腕ならそこに置いてある部活の備品で上等だわ。」 「今度はバイオリンでもう1曲!」と会場から声がかかった。 「申し訳な
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僕の子どものころのお話8

S高に入学したタイガくん笑入学前にクラス分けテストみたいのがあって、そのテストの結果、僕はいわゆる特進クラスに入った。その学校では違う名称だったけど、それを言うとその高校だったかバレるので、ひみつ笑。僕の担任の先生は、3年間同じ先生で、数学のメッチャきびしーーーい先生だった💦当時は怖くて、学校に行くのもイヤだったし、数学の授業は地獄だった。。。曜日によっては、数学が2時間(1時間目と4時間目みたいに連続じゃないけど同じ日に2コマ)あるときは、もぉ~~~学校がイヤでイヤで笑ただ優しい先生もいたり、面白い先生もいたりしたので、なんとかやっていた。僕の高校は2学期制で、最初の大きなイベントが学園祭だ。6月にあって、まだ入学して2か月くらいしか経ってないのに、早いなと思っていたけど、高校だと大学受験のことを考えて早めにしているんだと思う。体育祭の練習や合唱祭の練習、いろんな練習があって、放課後に残ったり、土曜日とかに行ったりして、本当にイヤだった笑体育も苦手、歌も下手だから苦手、学祭って僕にとっては地獄のお祭り笑中学の学祭は2日間だったけど、高校は3日間もやる。長い笑ただ学祭が終われば夏休みがくる!と最初は思っていたけど・・・確かに夏休みはあった。でも、僕が入った年から、それまで中止していた夏休みの勉強合宿(特進クラスだけあるやつ)を復活すると、その担任が言った!!!最悪。。。。。。。他のクラスは、夏休みが始まった次の日から3日くらいは、学校で自習だけど夏休みの課題をやったりする時間はあった。僕のクラスは、勉強合宿のため、バスで合宿場所(避暑地)にいって、1日たしか12~13時間くらい
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超短編小説「甘く危険な香り」

※この作品は「両取りヘップバーン逃げるべからず」の続編となっております。 できればそちらを先に読んでいただけると助かります。 目隠しをされて,腰かけに座っている女性の前には少し間隔をあけて二人の男性が座っていた。 その女性の頭部に目にも止まらぬ速さで棒のようなものが振り落とされた。 「バシーンッ!」という音と同時に目隠しをしたまま女性が言った。 「ずいぶん手荒い歓迎をしてくれるじゃない!」 … 横浜市内の某公立高校の学園祭。1週間ぶりに登校した剣道部の部長 柳生 香(ヤギュウ カオリ)は不機嫌そうに見えた。定期テストではいつも学級委員と1位2位を分け合い、剣道では1年生2年生と全国高校剣道選手権女子の部で2連覇達成。父親は全国30万人いる警察官を指揮する頂点の600人のうちの一人=警察キャリア官僚のエリート中のエリート。そしてなんといっても美人すぎる。まさに完璧だった。Uー18 世界剣道選手権大会を立ち上げるために、日本剣道連盟の理事たちと一緒に1週間カナダに行って会議を行っていた。  朝から各部活の出し物を見て回っているのだが気のせいか、どこも男子生徒の数が少ない。色々聞いてみると将棋部の会場が男子で溢れかえっているらしい。ちょうど香と入れ替わりのようにやってきた非常勤講師が目当てらしい。名前は杉本 桂(スギモト ケイ) 菜々緒に似た背の高い美人らしい。 将棋部の会場を覗いた。(いた。間違いない。) 香は目隠しをして座っている桂の真後ろに近づき、手に持った竹刀を頭めがけて思いっきり振り落とした。 「バシーンッ!」という音と同時に目隠しをしたまま桂が言った。 「ずいぶん
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超短編小説「悪魔からの着信」

「ねぇー、あなた アレ知らない?」「昨晩も遅かったから、また酔っぱらって どこかに忘れてきたんじゃないのか?」 「アレはほとんど外に持ち出さないし、忘れてもあんな大きなもの絶対誰か気づくはずだし…途中から全然記憶がないのよね… あぁ頭痛い二日酔いだわ。」 … 横浜市内某公立高校の学園祭 コロナの影響で2年間中止となっていた学園祭が3年ぶりに開催されることになった。 部活主体でそれぞれ出し物を考えて展示やらイベントが行われていた。 陸上部は陸上部員との100m競争で、挑戦する生徒は陸上部員より10m前からスタートすることができた。 茶道部は100g1万円の高級抹茶と100g千円の抹茶を飲み比べてどちらが1万円の抹茶か当てるというテレビで見たことがあるようなやつだった。 将棋部は自信のある生徒が臨時顧問の杉本先生と2枚落ちで対局をするというものだった。 落語研究会は部員がそれぞれ落語を披露した。 レストランにて 客「君、この肉 硬くて切れないよ!」 ウエイター「はぁ、お客様は並をご注文されましたので…」 客「じゃあ、上を頼んだら柔らかい肉になるのか?」 ウエイター「いえ、肉は同じですがよく切れるナイフが付いてきます。」 爆笑 競技かるた部は顧問の国語の先生が水の入った洗面器を頭に乗せてこぼさないように10m競争をするという提案をしたが、満場一致で不採用になり、部員と戦って1枚でも札が取れたら参加者の勝ちというルールで競技かるたを行うこととした。 英会話部は週一で部活の指導に来ているアメリカ人女性と、部員に同じ英語の文章を読んでもらい、どちらがアメリカ人女性だったか当てるというものだ
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「ある甘い夏」の記憶・・・。

「〇〇さ~ん!お電話ですょ~!!」(ピンポンパンポ~~~ン~♪)「〇〇さん!オデンワです~~~。」(((電柱のメガホンからボクを名指しで大きな呼び出し音声が!ボクに電話だ)))・・・ここは広島、情島(なさけじま)・・・ボク達一家、パパ・ママ・弟たちと一緒に阿賀港から漁船に乗って広島・情島(なさけじま)に土木工事(擁壁)のために行った。。。とても暑い高校最後の夏だった・・・。^^;ある民家に一家で寝泊まりし、近くのガケ地を掘削し、削ってコンクリで固めるという擁壁工事をパパが請け負い、そのために一家で情島まで渡航した。^^(今では、一家のとてもいい思い出じゃね)・・・(お、ボクに電話って?だれ?)・・・すぐ近くの公衆電話(当時は公衆電話が島では主流だったよ^^;)に走っていき、電話に出た。。。・・・「もしもし?」・・・   ・・・「あ、ウチ!」・・・      ・・・「うん!へへ」・・・初めての彼女からだった・・・^^;;;ボクはうれし~やら、会いたいやら~~、抱きしめたいやら、もう夢中で話した。「ダレからの電話??」「あ~、何でもないけん・・・^^;」ボクの彼女のことは、家族全員知っている。とっても可愛い女子高生だった。^^;;「松本ちえこ」に似た娘(こ)だった。(その当時の思い出の曲が「カナダからの手紙」だ・・・今もキュンとする。)あれは、たしか「高校最後の学園祭」で女子高の友達がトモダチを連れてきていた。その中の一人が「彼女」だ。^^彼女たちがバスで帰る寸前にボクは彼女を見かけた・・・「輝いていた彼女!」そうホントに「カガヤイテイタ^^」んじゃよ!彼女一人だけが「ピカ~」って
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僕の子どものころのお話12

専門学校で初めての定期テストが7月にあった。定期テストは何日間かに分かれてやるけど、各テストが高校までとは違って、終わった人から、テスト用紙を先生に提出したら、最後まで教室にいなくてもOKだった。でも心配だったので、一応テスト時間のギリギリくらいまではいて、友だちが提出し出したら僕も提出をして、教室の外で他の友だちが終わるのを待っていた。人によっては、専門学生なので、早く終わってそのまますぐに帰る人もいた。僕は、友だちのテストが終わって、少し話をしてから、帰って、次の日のテスト勉強をしていた。そして、テストが全て終わると、一応、夏休みに入る。一応といったのは、テスト結果が夏休みに入ってからすぐに出て、学校にいって結果をみないといけないから "一応" って書いた笑不合格だと再テストとかして合格しないといけないけど、僕と友だちは問題なく合格して、安心して夏休みを迎えた。高校までは7月の海の日辺りから8月の後半までで、8月の最後の週から学校が始まるようなスケジュールだった。でも専門学校からは違って、7月いっぱいまでテストで、8月から夏休みとなって9月の最初か半ばごろまで休みで、少し長めだった。(大学だともっと長いと思うけど、専門学校だから大学よりは短め。)それでも高校までよりは長かったので、メッチャよかった笑じいちゃんとかに夏休みが8月からだと話すと、「少しずれているだな」と言われた。もちろん、夏休みの課題もないので、友だちとよく遊んでいた笑友だちと遊ばないときは、家で掃除をしたり、となりに住んでいる、ばあばの手伝いとかをしていた。夏休みが終わり、後期が始まると、オリエンテーションか
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学園祭を満喫

今日まで3日間の日程で、学園祭でした。この3日間は驚くほどの晴天。気温も比較的高く、本当に天候に恵まれた学園祭でした。コロナのせいで、過去2年間はオンラインのみでの開催でした。3年ぶりの開催。非常に楽しいものでした。研究室の展示も行い、学生も頑張って説明をしていました。研究紹介のみならず、起業をしたとお伝えすると、大抵驚かれました。やはり起業をすると、インパクトが強いです。ココナラの仕事も、先週末に受注しました。頑張って仕事中です。。
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僕の子どものころのお話14

専門学校3年に進級すると、クラスの人数が激減する。2年までは1クラス20~30人くらいはいたけど、3年になると10~15人くらいになる。約半分だね。そして、3年から変わることがもう1つある。2年までは、PC教室で使うPCがWindowsだったのが、3年からはMacに変わる。僕はずっとWindowsしか使ったことがなかったので、Macになったとき、違和感を感じた。例えば、Windowsの場合、下側にWindowsマークとかバッテリーのアイコンとかが出てくるけど、Macは上側に出てくる。それから、キーボードも変わって、Enterキーがreturnキーになっていたりする。でも、すぐに慣れて、慣れるとMacもおもしろいなぁ~って感じるようになった。クラスの人数も減るから、ほぼクラスみんなが仲良くなった。困ったときとかも、一番仲の良い友だち以外にも聞くようになったり、逆にその友だちから質問をされたりするようにもなって、学校生活がより楽しくなった。もちろん、学校で勉強するのが目的だけど、なんとなく人数も少ないから、遊びに行っているような感じにもなっていた笑それと、授業のコマ数も変わって、曜日によっては授業がない日や、1コマしかない日なども出てきたり、人によっては受けなくてもいいと思って、授業によっては選択しない人も出てきた。3年のときは、仲のよかった友だちは全部授業を出ていたので、一緒に勉強をしていた。そして授業のコマ数が減ってきたので、友だちと遊ぶ頻度も増えた笑ただ3年になってきてから少しずつ就活のことも考えるようになって、僕ともう一人一番仲が良かった友だちが、ある先生から呼ばれて、学生
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