『あなたの「いじり」は本当に「いじり」なのかな?』

記事
コラム
みなさんご機嫌いかがですか?
三色ねこです。

さて今回は
『あなたの「いじり」は本当に「いじり」なのかな?』
というタイトルで記事を書いていきたいと思います。

今回の記事を書くきっかけとなったのは
TOKIOの国分太一さんのニュース。

太一くんファンの方には大変に申し訳ないのですが、
じつは私、
以前からこの人をテレビなどで拝見するたびに
「あれ?」ってモヤッとした感情を持っていたんです。

それがどういうものなのかというと、
うまく伝えられるか分からないのですが、たぶん

いつも周りを和ませたり、
メンバーやスタッフさんに気を配ったり、
すごく物腰もやわらかそうに見えるのだけど、

ふと見せる表情や仕草、発する言葉の端々に
圧というか、他人に対してちょっと嘲るような
そんな、なんとも言えない空気感のようなものを感じていたから?
かもしれません。

数年前にあるテレビ番組で、虫が苦手で触れない!って言っていた二宮和也さんにむりやり虫を近づけ触らせて、それを見て嬉々としていた顔は
まさに「悪い顔選手権」にエントリーされてもおかしくないほどの
悪人顔に私には映りました。

国分さんとしてはかわいい後輩に対する単なる「いじり」、
番組上必要だったと思ってのことだったと思いますが、
もろに「昭和のノリ」で時代に乗れてない。
この年代のタレントさんならではなのかなとも感じられました。

ただ、これに関しては私自身も虫が大大大きらいなので
ニノに大いに感情移入してしまったかなと思いますが(-_-;)

さて、今回私がお伝えしたいこと、
それはタイトルの通り、
あなたの「いじり」は本当に「いじり」なのかな?
「いじり」と「いじめ」の心理についてです。

このテーマについてはこれまで
たくさんの方が書かれているので
みなさんの中には、半ば
「あー、はいはい。」
みたいな気持ちでこの記事を読まれている方もいらっしゃるかと思うのですが
これはとてもデリケートな、でも大切なことだと思うので
あえて真面目に書かせていただきますね。

以前有料ブログで書かせていただいたものを一部編集、抜粋して書いていこうと思います。

ある日突然、自分が巻き込まれてしまうかもしれない、自分が巻き込んでしまうかもしれない、そんな気持ちで読んでいただけたらと思います。

それではスタート!

みなさんはこれまで、
「他人からいじられて不愉快な扱いを受けた」
それとは逆に
「相手をいじって不快な思いをさせてしまった」
ということはありませんか?

いわゆる「いじり」を受けた、または軽い気持ちでしてしまった経験がある方、少なくないと思います。

この記事ではそんな、人に対する「人いじり」(以下「いじり」)について書いていきますね。

この記事が
今「いじる側」の人
今「いじられる側」の人
にとって、
お互いの理解を深め、お互いの関わり方を見つめるヒントになればと思います。

では参考資料や三色ねこの思考も含め解説していきますね。

まず「いじる側」の人と、「いじられる側」の人の心理について簡単に解説します。

いじる側:
「いじる側」は「いじられる側」に対し、日常的に「いじり」を繰り返すうちに、いつしか相手を自分よりも弱い立場であるなどと軽く見るというような心理状態にあるようです。
はじめは遊び感覚で「いじって」いたものが相手が無抵抗であることで、だんだんと楽しく気持ち良くなってエスカレートし、自分の方が優位な立場にあると思い込んでしまうといった感じです。
いつしかこの間違った思い込みのために「いじられる側」の意思を尊重することなく、あたかも自分の所有物であるかのように扱うようになってしまうのですね。

いじられる側:
いじられているのに、「いじられる側」が何をしても言い返さない、笑って受け流すという行動を取るのは、「場の空気を壊したくない」、「嫌われたくない」「注目されたくない」などの心理が働くためです。
「いじり」という行為が日常的に繰り返されることで徐々に自尊心を傷つけられ、自己肯定感が低下し、その結果、「いじる側」の言いなりのような状態に陥ってしまうのです。
「いじり」という行為を決して楽しんだり、喜んだり、受け入れているわけではないのです。

なんとなくわかっていただけましたか?

ところで「いじり」と「いじめ」の境界線って考えたことはありますか?

「いじり」と「いじめ」。

ほんの一文字違いの言葉ですが、
どこまでが「いじり」でどこからが「いじめ」と感じられるのか、
その境界線についてですが

・やっている側だけが一方的に笑っているような、相手側の人権を無視した「いじり」はもはや「いじり」ではない。

・本質は、「いじり」も「いじめ」も同じものであるが、相手が嫌だと感じてしまうのであれば、それは「いじり」ではなく「いじめ」。
度が過ぎれば「いじり」は「いじめ」になる。

今書いたことは「いじり」から「いじめ」への境界を示していると言えるのではないかと三色ねこは考えます。

この境界線を越えるか越えないかの違いで「いじり」であるか「いじめ」であるかの判断が分かれるという非常にデリケートなものになるようですね。

いじる側が相手に対し無理なことを強要、辱めを受けるような要求、暴力をふるうなど心身共に痛み(ダメージ)を与える行為を執拗に行うような場合は要注意です!
「相手が嫌だと感じること=自分がされたら嫌なこと」
そう意識することで誰かを傷つけることも無くなるのではないでしょうか。

相手が嫌だと感じている、度を越えた一方的な「いじり」は「いじり」の範疇を超え、「いじめ」になるということをしっかりと心に刻んでおきましょう。

今「は!」とした人は、今までの自分の行いを振り返るチャンスだと思います。
その気づきによって誰かの心を救えるかもしれませんね。

「いじる側」と「いじられる側」、
人間はいつどんなタイミングで立場が変わってしまうか分かりません。

「はじめは軽い気持ちでいじっていた」
「そんなに続かないだろうと笑って受け流していた」

そう思っていたはずなのに、
いつのまにか両者とも負のループへ呑み込まれて抜け出せなくなってしまう。
恐ろしいことですね。

そして「いじり」という行為は子どもの世界だけに存在するものではなく
社会人もまたこの「いじり」というものに苦しめられています。

「いじり」というこの一見すると親しみを表現しているかのように映る行為は、一定のラインを越えれば「いじめ」や「ハラスメント」に繋がります。

そして「いじり」は学校、職場、サークル、ママ友グループ、ご近所づきあいなど様々な場所で日々行われています。

もちろん、家族の間でも例外ではありません。
悲しいことに”それ”は普通に行われてしまいます。

特に家族の間で行われた場合、未成年のこどもや介護、支援が必要な者は
自力では逃げることができません。

身近な関係ではお互いの距離感、境界線が曖昧になりがちです。
特に気を付けなければいけません。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
いかがですか?
あなたの「いじり」は本当に「いじり」なのかな?

この記事が
「いじる側」のあなたにも
「いじられる側」のあなたにも、
未来を変えるきっかけになれば良いなと願っています。

さらに「いじり」をすることのリスクを知るきっかけになることを、
そして「いじり」によって傷つく人がほんの少しでも少なくなることを心から願います。

この記事に興味を持たれた方は自分とは考え方が違うな~。などご感想などもDMへお願いします。
「いじり」というこの一見すると親しみを表現しているかのように映る行為は、一定のラインを越えれば「いじめ」や「ハラスメント」に繋がり、
大切な人たちも信用も奪ってしまいます。

しかし、「自分の大切な人が同じことをされ続けたら」と想像力を働かせたら、大切な人たちも信用も失うことはなくなるのではないでしょうか。

「相手が嫌だと感じること=自分がされたら嫌なこと」
自分が関わる全てのものにそう意識すること、
大切にしていきたいなと思います。

引用・参考資料:
・株式会社セラーバンク/例文買取センター
・マイナビウーマン/秋カヲリ
心理カウンセラー・文筆家・動画クリエイター取材メディア「スター研究所」編集長
・AllAbout「ストレス」サイト/大美賀直子(おおみかなおこ)
公認心理師・産業カウンセラー/ストレスガイド
・キズキ教育塾/どうしていじめは起こるの?いじめの原因と対策・予防、対応まとめ
・その“いじり”、大丈夫?/いじめをノックアウトNHKforSchool
・高校生新聞オンライン/「いいり」ってあり?なし?「いじめ」との境界、バラエティとの違いは
・5セカンズ
他。

この記事を読んでくれたあなたにほんの少しでも勇気と笑顔が増えますように。

最後までお読みいただきありがとうございました。

三色ねこ♡心のおそうじアドバイザー

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