【フェミニズムにおける女性の視点の問題】宇都宮大学国際関係学部2014年

記事
学び

(1)問題


問題:「『女性の視点』への疑問」と題された以下の文章を読み、著者の「疑問」の内容を要約したうえで、それに対するあなたの考えをl000字以上1200字以内(改行による空白、句読点を含む)で述べなさい。
① フェミニストを自負する人のなかに、「女性の視点」を力説する人が珍しくない。この視点の必要を説く人にもいくつかのタイプがあって、社会の主流派を構成する男性に欠落しがちな視点を批判する立場から、男性にはない女性の感性を重視したり、母性の尊重を訴えるものまで多様である。基本的には女性を差別される集団と理解し、その立場の人びとの自己王張を重視するが、発想の根底にはかなりの違いがあるようにみえる。

② しかしどのような立場をとるにせよ、私は「女性の視点」を訴える発想に疑問を抱いている。女性には男性と異なる固有のものの見方があると思わせるからである。それではアンチ・フェミニストがいう「男性の視点」の存在をも認めなければならない。女性には理解できない男性の感性も存在することになる。あたかも生得的な特色――性のちがいが必然的に生み出す価値観や発想法があるかのような印象を与える。事実、そのように考える人はいたるところにいる。この考えは性、年齢、学歴、社会的地位に関係なく広く認められる。

③ 私が賛意を表しかねる第一の理由は、「女性の視点」は公正であり、「男性の視点」は独善的であるとの意識がうかがえるからである。男の目と女の目はちがうと考えたがるからである。極端な例には、女の感性は清く美しく、男性の感性は権力志向だとの先入観があり、これが決してごく少数の意見ではない。事実、女は汚職をしない清潔な人種、戦争を憎む平和主義という発言をよく聞く。実は永いあいだ権力の座から遠かったので、汚職の機会はなく、戦争を決定することができないだけの話なのに。

④ 他の例では、防衛大学校が女子を排除するのは差別であるとの意見に、女性は平和主義に徹するべきだから、この種の平等は求めないとの反論があった。戦争中の愛国婦人会の活動をかいま見た私には信じられない答えである。女性は男性の権力に屈して戦争に協力したと言いたいのであろうが、この種の被害者意識は軽蔑される。また、フェミニズムを掲げながら、女性の深夜労働を禁止する法律の支持者は珍しくない。かつて女性のタクシー運転手が収益の多い深夜営業を希望した訴えに対し、そのタイプの人びとは否定的な反応を示した。本来夜間労働は健康によくないから、「母性保護」の思想を男性にも拡大するのが望ましく、現状で女性が何でも男性と対等になろうとするのは正しくないと説いた。深夜労働が避けられなくなった時代そのものを否定し、非現実的な理想を掲げたわけである。もし、これらが「女性の視点」に立つ意見であるなら、占い型の多くの男性は大喜びするにちがいない。ある程度までにせよ性による分業が支持され、女を「女らしく」させておく体制が保てるのであるから。

(中略)

⑤ 日本でよくいわれる「女性の視点」は、歴史的・社会的に形成された男女の政治力学を曖味にする恐れがある。支配集団(社会的強者)が決めた社会規範と、被支配集団(社会的弱者)が要求する平等思想とが衝突したとき、後者の立場の尊重を強調するのは当然である。支配勢力に好都合な観点からの研究では見失われる側面を指摘するのは正しいが、それをもっと一般的な原理から説明しなければ誤解を招く。このコラムがエスニシティとジェンダーを―緒にとりあげているのは、少数派人種・民族と女性とが、ともに同一原理の差別を受けてきたとの認識に立つためである。女性のみに固有な一般的な視点の存在を前提にした論議は、厳密な論証を抜きにしてなされる傾向がある。「女性の視点」は、社会に不公正をもたらす原理を矮小化して説明する危険をはらんでいる。

⑥ 実際には非主流派に属するがゆえに、主流派が無視したり見落としたりする重要な事実ないし現象が存在する。しかし、主流派に所属していてもそれを認識できる人は少なくない。さまざまな体験と学習を通じて少数派の立場、要求は理解できる。アメリカの公民権運動に参加した白人は、「黒人の視点」に立ったのではなく、人権という普遍的な思想を理解したのであった。欧米に現れている男性のジェンダー研究者も、「女性の視点」に共鳴したのではなく、もっと普遍的な発想から研究テーマをみつけたはずである。

⑦ たしかに当事者でなければ気がつかないことは多い。気がついても、自分自身の問題として考え行動を起こすには時間がかかる。そこで我慢ができなくなった当事者は、特定人種・民族の視点、性の視点を前面に据えて行動を呼びかける。集団の団結・統一を訴えるには、自集団に固有のアイデンティティを強調するのが効果的だからである。それは排他的な闘いでもある。エスニック・ビジネス、女性だけのビジネスの興隆は、それをよく表現している。けれども、自己の利益拡大を最終目的に起こす行動は、少数派に勝利をもたらさないであろう。フェミニズムは女性のためだけの社会改革を目指してはいない。「女性の視点」ではないのである。

(太田勇『地域の姿が見える研究を』所収の文章を一部改変)

(2)考え方


●要点抜き出し

① ②段落
結論1:フェミニストのなかに、女性の視点を力説する人が珍しくないが、こうした発想には疑問である。
理由1:生得的な特色、性のちがいが必然的に生み出す価値観や発想法があるかのような印象を与えるから

②段落
理由2:「女性の視点」は公正であり、男性の視点は独善的であるとの意識がうかがえるから

⑤段落
理由3:「女性の視点」は、歴史的・社会的に形成された男女の政治力学を曖味にする恐れがある。
筆者の意見1:
支配集団(社会的強者)の社会規範よりも被支配集団(社会的弱者)の平等思想を強調するのには社会に不公正をもたらす一般的な原理から説明しなければならない

⑥段落
社会的弱者に属するがゆえに、支配集団が無視したり見落としたりする重要な事実ないし現象が存在する。さまざまな体験と学習を通じて少数派の立場、要求は理解できる。人権という普遍的な思想から考えるべきである
筆者の意見2:

⑦段落
特定人種・民族の視点、性の視点を前面に据えて行動を呼びかけ、集団の団結・統一を訴えるには、自集団に固有のアイデンティティを強調するのは効果的であるが、それは排他的な闘いになり、少数派に勝利をもたらさない。フェミニズムは女性のためだけの社会改革を目指してはいない。女性の視点ではないのである。

●要約:
フェミニストのなかに女性の視点を力説する人が多いが、生得的な性のちがいが必然的に生み出す価値観や発想法があるかのような印象を与えるから疑問である。この視点は、歴史的・社会的に形成された男女の政治力学を曖味にする恐れがある。支配集団の社会規範よりも被支配集団の平等思想を強調するのには社会に不公正をもたらす一般的な原理から説明なければならない。弱者に属するがゆえに、強者が無視したり見落としたりする重要な事実や現象が存在する。様々な体験と学習を通じて弱者の立場、要求を普遍的な人権思想から考えるべきである。

フェミニズム.png

(3)解答例

(3)解答例

 フェミニストのなかに女性の視点を力説する人が多い。そこには、生得的な性のちがいによって特定の価値観が必然的に生み出されるような発想法があるような印象があり、これには疑問である。この視点は、歴史的・社会的に形成された男女の政治力学を曖味にする恐れがある。支配集団の社会規範よりも被支配集団の平等思想を強調するのには社会に不公正をもたらす一般的な原理から説明なければならない。弱者に属するがゆえに、強者が無視したり見落としたりする重要な事実や現象が存在する。様々な体験と学習を通じて弱者の立場、要求を普遍的な人権思想から考えるべきである。

 性には生得的な性(セックス)と、文化的、社会的な性(ジェンダー)が存在する。筆者の強調する「歴史的・社会的に形成された男女の政治力学」はジェンダーに由来する。フランスの哲学者のボーヴォワールは「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言葉を残したが、女性は家庭でのしつけや学校での教育により「女らしさ」を強制される。この「女らしさ」の正体は、男性が外で仕事をし、「女性は家庭で家事と育児に専念する」という性別役割分業につながる。こうした意識は日本では未だに残っている。育児休業法では、男性も育児休暇が取れるが、男性の取得率は10%に満たない。女性の社会進出が進まない理由もこのようなジェンダーが足かせとなっていることが大きい。このため、女性は結婚や出産を機に離職し、継続的なキャリアやスキルアップの機会を逸する。結果、再就職後ではパートタイマーなどの非正規雇用に就くこととなる。正規・非正規の格差は女性特有の問題ではない。バブル崩壊後の経済の長期低迷により、企業は正規雇用を抑え非正規の採用を選択することで収益を上げている。職場における女性労働者の立場のみを強調して雇用の問題を考える視点は、労働問題に性的な分断を持ち込むことになる。男女の違いを越えた、非正規雇用の問題について、遍く労働者の人権尊重の理念から同一労働同一賃金を社会に訴えていくことが求められる。

 経済、教育、健康、政治の4つの分野のデータをスコア化して各国における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数では、日本は相変わらず低位に甘んじている。これは政治と経済の得点の低さが原因となっている。女性の国会議員や閣僚の数は少なく、女性の首相は未だ誕生を見ない。日本では社会的弱者の政治的な進出が他国に比べて大きく遅れを取っている。これは女性議員にみにとどまらない。先の参議院選挙において、重度身体障害者が2名当選を果たし、国会のバリアフリーが進められたが、遅きに失した感がある。

 日本の教育は受験制度を意識したカリキュラムとなっており、徳育や人権教育を軽視している。日本の人権ギャップを埋めて、その遅れを取り戻すために、学校の現場で様々な体験と学びが必要である。(1192字)



サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す