鬱だとか人間不信だとか、そういったいわゆる精神の病に悩まされる人は現代において少なくありません。
なぜそういった病に陥るかというと、自身の欲求と現実の剥離が激しすぎるがために起こります。
誰しも社会の中ではそのようなストレスに大なり小なり耐えているわけですが、こういったストレスがあまりに積み重なってしまったりすると、耐えきれなくなって鬱や不安、不信を発生させるわけです。
だから心療内科やカウンセリングに通わなくてはいけないし、抗不安剤を飲まなくては、と考えるのですが、これは間違っているので説明します。
すでに書いた通り、原因は自分の理想と社会との剥離です。
しかし、医者にもカウンセラーにも、抗うつ剤にも、現実を変える力などありません。
どんなに話を聞いてもらっても、薬を飲んでも、それらはあくまで対症療法にしかならないのです。
医者に無駄金を払い続けるのもよくないですが、薬を飲むのは特に良くありません。
なぜかというと、酒やタバコと同じ原理で説明ができます。
脳は本来、自発的にドーパミンやセロトニンなどの物質を出してバランスをとっています。しかしストレスを抱えすぎたり、あるいは退屈すぎたりすると、脳内物質の発生が減り、それで不安感を覚えたりするのです。
しかし、そこに脳内物質を効率的に出してくれる外的な何かを投入したら、脳は「あ、自分で出さなくてもよくない?」となって自然的な働きを失っていってしまいます。
その外的な何かとは、タバコも酒も当てはまりますし、精神薬なども同様に当てはまります。
これで一旦は安心できますがまた効果が切れると不安やイライラなどが襲ってきて禁断症状が訪れたりします。そして依存してしまうわけです。
すると、心療内科は当然楽に儲けられますね。中には優れた人もいますが、ほとんどの医者は本質的に患者のためになることなどせず自分の生活のことだけ考えている無能である場合が多いです。
この不安→薬→不安…のサイクルに、解決する糸口などないことは誰にでもわかっていただけると思います。
だから薬は飲んでいけないですし、医者のもとに駆け込むのも良くないのです。
それよりも、現実問題をどうする?自分自身の認知をどうする?というところに向き合わなくては根治にはなりません。
仏教の世界で生病老死という言葉があることはみなさんもご存知かと思いますが、そのくらい遥か昔から人間は「現実、しんどくね?」と思いながら生きていました。
動物はそう思って自殺することなどありませんから、言ってみればこのしんどさは大脳皮質が出来た進化の代償ともいえますね。
しかし、昔の人たちには精神薬などありませんでした。では、どうしていたのかというと、瞑想で解決していました。
瞑想は、脳機能や能力の発達が目的なので、自身の無意識がわかるようになったり、客観的な自分の認知(メタ認知)が強くなったりします。
当然、自分自身や現実がどのようなものであるかという解像度があがればあがるほど、この先何をしたら良いかということもすぐにわかりますし、
正しい瞑想はドーパミン分泌も促しますから、気分良くなったり、
集中力なども出ます。
結果、人生がよくなっていきます。
「いやいや…そんな昔の人のやってたアナログなことなんて…不確実そうだし信用できないよw」
と思う人は洗脳を強く受けています。
薬や医者の不確実性というか、不誠実性は以上の説明の通りで、彼らは根本的な解決をしません。
そして事実、ジョブズをはじめとする多くの成功者や経営者は瞑想をさかんに行なっています。
それは正しく行えば効果があるからであって、民間にそのような認識を持たせないのは、愚民化洗脳でもあり、ビジネスの活性化のためでもあります。(愚かな人が多いほどビジネスは簡単になるからです。)
自分の理想といえる環境になれば、鬱はすぐに治ります。
自分を変え、現実の努力をすればいいだけの話で、努力というと抽象的すぎますが、その答えを見つけるツールというのが瞑想だという話でした。