【くろ助しろ助の江戸レポ! NO3!】

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【しろ助🐱】「にゃ!(よう!現代人ども!調子どうよ!)」

【くろ助😸】「にゃ!(ふわぁ~なんでぇ、朝早くから、しろ助に起こされちまったぜ。……ってただの水道橋じゃねぇか……。」

【くろ助😸】「にゃ!?(そして、お前ぇさんの持ってる、その地図みてーのは何でぇ?)」

【しろ助🐱】「にゃにゃ!(おうおう!こりゃ、現代人の地図よ!今日は、この現代人の地図を見ながら比較しながら伝えてやるぜ!)」

【くろ助😸】「にゃー!(お!何だか知らねぇが、便利なもん持ってんじゃね~か!」

【くろ助😸】「にゃー!!(よーし!高級煮干しの為に教えてやっから、耳かっぽじってよーく聞きやがれ!)」

※これは、筆者が一生懸命調べて書いた記事です。
史実と違う部分があるかもしれませんが、ご了承下さい。
しろ助とくろ助の掛け合いを楽しみながら、お読み頂ければ幸いですにゃ🐱😸

江戸の水道橋はどこにあったんだにゃ?🐱😸


【しろ助🐱】「にゃーーーー(ここは水道橋ってんだ。江戸の水は海が近ぇからよう!井戸ってやつ掘っても、塩っぺぇ水しかでねぇだろ?」

【しろ助🐱】「にゃーーー!(その上、人間が増えちまってよ!水不足ってもんが起きたんでぇ。)」

【くろ助😸】「にゃー!「おうおう!なら、人間もわっちらと同じく、雨水飲みゃ、良いじゃねぇか!)」

【しろ助🐱】「にゃー!(ところが、そうは問屋が卸さねぇんだな。人間は雨水溜めて飲んだら、腹壊しちまう!」

【しろ助🐱】「にゃあ!(そこで、我らが大将!家康のとっつあんの登場よ!「なら、飲める水通しゃいいじゃねぇか!」ってな。)」

【しろ助🐱】「みゃあ!(湧き水を通した道が水道ってやつよ!)」

【くろ助😸】「にゃ!?(粋なことしてくれるじゃねえか、家康のとっつぁん!現代人の地図ってやつ見っと……)」

【しろ助🐱】「にゃあー(丁度この、神田川の上を通ってたんだにゃ!)」

【しろ助🐱】「にゃにゃにゃ(江戸の水道橋は、現代の水道橋の18メートル位ぇ東にあったんだぜ。)」

【しろ助🐱】「にゃあにゃあ(神田川と水道の立体交差の懸樋を、江戸人たちは、「万年樋(マンネンドイ)」って読んだんだにゃ。)」

【くろ助😸】「ウー(その徳川のとっつぁんが作ったのか?大ぇしたもんだ)」

【しろ助🐱】「にゃあ(いや、作ったのは、家来っつぅヤツの大久保藤五郎忠行ってとっつぁんが、更に家来の、名も無い奴らに作らせたのよ。)」

【しろ助🐱】「にゃあああああ(それが神田上水ってやつだ)」

【くろ助😸】「ふにゃあ(にゃーんだ……)」

【しろ助🐱】「にゃ!(人間つぅーのはそう言うけったいな生き物だ)」


江戸人たちの知恵!最先端の浄水技術!!🐱😸


【くろ助😸】「にゃーーあ(ところでよ、その湧き水をどうやって、綺麗なまま供給したんでぇ?」

【しろ助🐱】「んにゃ!(それこそ、江戸人の知恵の集大成の数々を生かしたのよ!!

・まず、水源から江戸の街まで、少しずつ低くなる坂道のような傾斜っつーのを利用してよ、自然に流れる様に工夫してるんでぃ。

・んで、それを、木樋(もくひ)っつー、木で作った筒状の水路に流して、街中のあちこちに水を分配する仕組みが出来てんだ。まさに、現代人の水道管の原型よ!

・それから、水路の底に丸い石をたくさん敷いてよ、水が石の間を通り抜ける時に、自然とゴミや不純物を取り除かれる訳よ)」

【くろ助😸】「にゃーーー(おうおう!なんだか凄ぇじゃねぇか!」


これが神田上水の歴史だにゃ!🐱😸


【くろ助😸】「にゃ?(んでよ、歴史はどうなってんでい?)」

【しろ助🐱】「にゃー!!(よし!順追って説明するぜ!!)」

【しろ助🐱】「にゃあ(1590年(天正18年)藤五郎のとっつぁんは、小石川付近の流水を江戸城方面に引いた小石川を作るのよ。)」

【しろ助🐱】「みゃあみゃあ(1624〜1644(年寛永年間)に完成したのが神田川上水よ。)」

【くろ助😸】「にゃ!(おう!噛んだ上水よ!)」

【しろ助🐱】「……(字が違ぇーよ……)」

【しろ助🐱】「 にゃーーーー(神田上水は、井の頭池(武蔵野市)を水源に、途中で善福寺池と妙正寺池からの流れと合流するんだにゃ。)」

【しろ助🐱】「にゃにゃ(んで、小石川の関口で分水、その後は小日向、小石川、湯島、神田の台下に沿って流れ、神田小川町に達してたんだにゃ!)」

【くろ助😸】「にゃ!?(この現代人地図見っと、小日向の下で蓋されて、後楽園付近にあった水戸家上屋敷を通って神田川を懸樋で渡してるぜ。)」

【くろ助😸】「んにゃぁ(んで、土中を木桶で江戸城、下町方面に流していた感じになるんだな!)」

【しろ助🐱】「にゃん!(水質保持のために、目白大洗堰までは、沿岸の村が持ち場決めて草刈りやって、浄水が汚れねぇ様に監視したんだぜ!)」

【しろ助🐱】「にゃにゃ!(それから江戸人が増えちまったもんでよ!玉川正左衛門、清右衛門のとっつぁんたちの登場よ!」

【しろ助🐱】「1653年(承応2年)に開削したのが、玉川上水ってやつだ!)」

【くろ助😸】「にゃー!(現代の羽村市で玉川の水を取り入れて、四谷大木戸(現代の新宿区)から蓋されて江戸城虎ノ門にたっしてるやつだな。)」

【くろ助😸】「こいつぁ、羽村から四谷大木戸まで、430キロもあんだぜ!)」

【しろ助🐱】「にゃ!(おう!詳しいじゃねぇか!)」

【しろ助🐱】「にゃにゃ(この玉川上水は武蔵野で新田開発された享保元文期(1716〜1741年)の時にも農業用水としても大活躍したんだぜ!)」

【くろ助😸】「みゃーあ!(おうおう!それにゃ、さぞ旨ぇ高級煮干しも泳いでるんだろうなぁ!)」

【しろ助🐱】「……(煮干しは泳がねぇし……)」


水道が与えた江戸の文化はいっぱいあるんだにゃ!🐱😸


【しろ助🐱】「にゃあー(水道が出来て、江戸人たちゃ、色んな文化が生まれたんでぇ。」

【しろ助🐱】「にゃにゃ!(見栄っ張りの江戸っ子は、水道の水で産湯を使い……なんて、見栄張ってたんだぜ。)」

【くろ助😸】「にゃあ!(おう!よくそれ聞くぜ!)」

【しろ助🐱】「にゃあ!(でも本当はよぅ、貴重な水道は飲水、食べ物専用!産湯は井戸水使ってんだにゃ)」

【しろ助🐱】「にゃにゃ!(そして「井戸端会議」って奴だな!井戸の周りは、江戸の女性たちの貴重な情報交換だったんでぇ)」

【しろ助🐱】「にゃあにゃあ(あと、神田上水は浮世絵にもなってんだぜ。歌川広重なんて、「名所江戸百景」の中で、いくつも描いてんだ!)」

【くろ助😸】「にゃ!!(おっ!我ら猫好きで有名な、広重のとっつあんじゃねぇか!あそこ行くと、いつも何かくれるんでぇ!)」

【しろ助🐱】「にゃあ!(おう!わっちもよく行くぜ!)」

【しろ助🐱】「みゃーあ(それに、水って言葉を使った諺も、沢山作られたのが、この時代よ。例えば「水に流す」とかな!)」

【くろ助😸】「みゃみゃ!(おうおう、どうせなら高級煮干し流してくれたら、捕まえに行くぜ!)」

【しろ助🐱】「……(流さねぇと思うぜ)」


【くろ助😸】「にゃ!?(つまり水道っつーのは、江戸人の誇りだったんだな!よし、しろ助!水道で煮干し捕まえっぞ!)」

【しろ助🐱】「……(いねぇし!)」

今日の江戸レポはここまでにゃ!😸🐱

最後まで読んでくださり、ありがとうだにゃー!!
またにゃ!!
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