HSPスペクトラムとは? 2

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 前回に引き続き、HSPスペクトラム(繊細さん)についてお話します。

 ここでも私の「やらかしネタ」などを中心にお話しますので、人によっては「自虐ネタ」ととらえてしますかもしれません。( ̄▽ ̄;)

 一部、「発達障がいとは? 2」と被るとこともありますが、ご了承ください。

 さて、前にもお話ししましたが、うちはいわゆる「機能不全家族」でスタート、その後未診断ですが「ASD(自閉スペクトラム症)(旧アスペルガー症候群)の尊大型」の父の度重なる離転職やそれに伴う経済苦など、幾多の試練がありました。

 また、両親は共働きで多忙極まりない中、私たち兄弟を何とか短大・大学などの上級校への進学できるよう、そして卒業できるよう工面しました。

 しかし、わたしは中高時代は「違和感」を感じていました。

 同世代のとりわけ同性同士の会話が全くできませんでした。そのため、趣味が「読書」、図書館通いも日常茶飯事でした。現在もそうです。

 その影響なのか、時たま空想にふけることが多々ありました。

 しかも、全日制の普通校でしたので、毎日通わなくてはいけませんでした。田舎でしたので、「ずるい人」も多くいます。それが大変でした。他害もありました。

 現代は「定時制」、「通信制」、「総合学科」の学校、「特別支援学校」も当たり前になりました。まだ無償化されていないことも多く残念です。

 私の現役時代に「高校無償化」や「定時制」、「通信制」、「総合学科」、「特別支援学校」が当たり前になっていたら、きっと20代は違う人生になっていたと思います。

 当たり前になったからこそ、「定時制」、「通信制」(「通信制サポート校」も含めて)、「特別支援学校」も、いな「日本全ての学校」が無償化の対象になるよう願って止みません。

 幸い、学生時代は都内でしたので好奇心がかなり旺盛になり、それに対応できた大都市ならでは地域性なのか、それなりに楽しく過ごすことができました。

 問題は学卒後に一気に降りかかり、というよりも学生時代も相変わらず、父の度重なる離転職やそれに伴う経済苦に振り回され、留学するという夢を断念せざるを得ませんでした。

 その後、やむなく私は「実家の田舎暮らし」を続けるしか選択肢がありませんでした。

 その後は、「ASD(自閉スペクトラム症)(旧アスペルガー症候群)」の診断を受けた私ですが、福祉支援を受けるたびに再び「違和感」を感じました。

 どうも、「発達障がい」単独の人たちとはなんとなくですが、「価値観が違うな」と詰まるようになり、人間関係でも苦しみました。

 自傷行動も相次ぎ、やむなく「薬物療法」を始めました。

 最近になり、民放のテレビ番組にて「HSP(繊細さん)」という単語を知りました。ちょうど、感染症の不安真っ只中の時です。

 テレビを見ていくうちに、「これだ!!」と思いました。

 その後、インターネットやSNS、youtubeなどで見ていくと、「それ、私のあるあるじゃん!!」と。

 そして、インターネットのセルフチェックにて「中等度のHSS型HSP」であると自覚しました。

 こうして、「発達障がい+HSPスペクトラム」という「併存当事者」として生きることに。

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