「うすうす知っているのです。“幸せじゃない自分”を生きる方が楽だと」
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コラム
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どこまでも自分のことなんですよね。私が「世界は私を受け入れてはくれないんだ」って。そう思っていた方が楽だっただけです。
2025/01/17
https://coconala.com/blogs/2997019/519090
生きて行くのに「他者との関りがある」と言うか。
***
当たり前なんでしょうけど。
なんか。
考えたら。
「自分1人だけでは生きてはいないんだ」みたいなものを。
改めて考えると言うか。
なんて言うか。
やっぱり。
私は世界の一員で。
世界は決して、
私を拒絶していた訳じゃないんだ。みたいな。
***
私が。
世界に嫌われていた方がいいと言うか。
「世界は私を受け入れてはくれないんだ」って。
そう思っていた方が楽だっただけです。
愛とはどんなものだろうか。
私は私が認めている(私だと認められる・優れていると思っている)部分だけ、都合よく貴方に愛されたいと思っていました。
2024/04/20
https://coconala.com/blogs/2997019/416482
だけど、その認めている部分。
人よりも優れているであろう部分を愛されたら、私は貴方を疑い続けることになるのです。
もっと優れた人が現れたら、失われて(捨てられて)しまうのだ。
だから、誰かより優れている(何かができる)私は、私ではないのです。
それは結果です。
・・・
今にして考えれば、過去に好きになった男性とのやり取りや、内容。どうして私がそこに引かれて。どうして私がそこから離れてきたのか。なんとなくわかります。
2024/11/12
https://coconala.com/blogs/2997019/494499
そこには上下関係がありました。
私が従う。みたいな。
相手に従っていれば、人生安泰と言うか。
何も考えなくてもいいような。
...
ある時、好きな男性に告白してフラれました。
ええ。
当たり前です。
“相手に幸せにしてもらう”と思っていたように思います。
何か、結婚という「形にこだわり」があった頃です。
そう言う形があれば、人前で胸を張っていられるような気がしたのです。
世間で言うような。
結婚や恋人はいないのか? と急かすような声に対して反論できるような。
世の中を見返してやろう。みたいな。
そう言う気持ちです。
そのゴール(にも思えるようなもの)さえ達成すれば。
なんだか。
逃げ切れるような。
それさえあれば認めてもらえるような。
それは。
「私が自分を受け入れられていない」と言ったら。
その通りです。
「本物のツインレイが~(その前に偽物が現れる)」と言う話じゃなくて「七人のツインフレームを終えてきたのか」と言うことだと思うんですよね。それは「自らの人生を歩む中で」と言う話です。
2025/06/18
https://coconala.com/blogs/2997019/593519
その時、そのままじゃ上手くいかなかった。
その相手とそれ以上進まなかったのもわかりますし。
己がその場を離れてきた理由もわかります。
そこではなかった。のだ。
例えどんなに、憧れていても。
それは「私」ではないのだ。
と。
私はその場を去ったのです。
...
私の理想を叶えるためと言うか。
なんかこう。
学んでいると言うか。
付け加えていると言うか。
繰り返しますけど。
私が、私の人生を考えた時の話ですよ。
だからこそ。
そこではなかったのです。
私は、彼らに夢を叶えてもらうのではないのです。
私が、彼らの夢を叶えるのではないのです。
それに気がついて。
私は先に進んだのです。