「偽ツインレイ」...ツインレイと“比べて選ぼう”と言うその発想になる時点でそもそも、二人ともツインフレーム。
記事
コラム
ツインフレームには自由選択があるそうなのです。だから「(曰く)偽ツインレイと比べて選んだツインレイ」は、2人ともツインフレームなんじゃないのか? と、私は考えています。
2025/01/04
https://coconala.com/blogs/2997019/513999
だって、
並べて比べるその2人は「同等の存在である」と言うことです。
「偽ツインレイ」→その相手が偽物だった(私が間違えたわけじゃない)を、殊更に欲している人が「ありのままの自分と向き合えるのか」って難しいですよね。
2025/06/17
https://coconala.com/blogs/2997019/592819
一度はそこに心を寄せた相手を偽物だと称するような。
“他者との比較”で生きていては、己の成長は見込めませんからね。
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偽物と本物を“比べて選んでいる”時点で、それは2つが同レベルと言うことです。自ら、その2つを選択肢に上げているのです。
2025/03/13
https://coconala.com/blogs/2997019/541027
もはや何かと比べることはできないのです。
それは「別物なんだ」と言うこと。
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・・・
「偽ツインレイ(相手が偽物だった)」とか「トリプルレイ(ツインフレームをツインレイと勘違いしていた)」とか「私が間違えた訳じゃない」と、己を正当化させようとしすぎ。
2024/12/10
https://coconala.com/blogs/2997019/505274
少なくとも過去に時間を共にした相手を平然と偽物と呼んで。
男1人に決めきれなくて。
何が「愛」だと言っているのか。
全部「相手が悪い」と、己を受け入れる気もないのかもしれませんね。
「私が間違えた(悪い)訳じゃない=相手が偽物だった」の、議論が。建設的に何かを生み出すのか。と言うと……。ちょっと怪しいような気もしますけどね。
2025/01/19
https://coconala.com/blogs/2997019/520071
未来のそのすべてを知っている訳ではありません。
そこでの縁はそれ以上ではなくても、その時、空間や時間を共にして、心を通わせよう・相手を知りたい。と思ったことはあります。
ただ。
今にして思えば。
それは“自分を探していた”だけで。
本当には。
相手のことを見ていた訳じゃなかったのかもしれません。
だから。
「その時の縁はそれ以上ではなかったのだろう」と、そうは思います。
あとになって「あいつは偽物だった」=「私が間違えた訳じゃない」と己が主張するだけならねぇ。
まぁ簡単ですよね。
それだったら。
向こう(その相手)の言い分も。
“これでもか”とあると思いますけどね。
「己の見る目がなかった=男の趣味が悪い」と言う話で、殊更に「偽ツインレイ=相手が偽物だったんだ」みたいなものでもない訳よ。
2025/03/14
https://coconala.com/blogs/2997019/541130
それは、自分のご機嫌取りをパートナーに求めていた。とか。
己から目を背けていた。とかある訳よ。
それを殊更に己を頼らせたいがゆえに「運命の人」とはこう。みたいな。
「あなたが出会ったのは運命の人!?」みたいな。
業界人が煽るからいけないのよ。
「本物のツインレイが~(その前に偽物が現れる)」と言う話じゃなくて「七人のツインフレームを終えてきたのか」と言うことだと思うんですよね。それは「自らの人生を歩む中で」と言う話です。
2025/06/18
https://coconala.com/blogs/2997019/593519
確かに。
今の私を起点に考えると。
この七人は目的が一緒なんですよね。
内容は大きく二つに分かれます。
まぁ。
「認めてもらいたい」のベクトルが違うだけで、同じと言えば同じなんでしょうけどね。
もちろん。
「私の人生の歩みとして考えると」です。
私の理想を叶えるためと言うか。
なんかこう。
学んでいると言うか。
付け加えていると言うか。
繰り返しますけど。
私が、私の人生を考えた時の話ですよ。
だからこそ。
そこではなかったのです。
私は、彼らに夢を叶えてもらうのではないのです。
私が、彼らの夢を叶えるのではないのです。
それに気がついて。
私は先に進んだのです。
・・・