「私が間違えた(悪い)訳じゃない=相手が偽物だった」の、議論が。建設的に何かを生み出すのか。と言うと……。ちょっと怪しいような気もしますけどね。
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建設的(けんせつてき) とは?
[形動]現状をよりよくしていこうと積極的な態度でのぞむさま。「—な提案」「—に考える」
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未来のそのすべてを知っている訳ではありません。
そこでの縁はそれ以上ではなくても、その時、空間や時間を共にして、心を通わせよう・相手を知りたい。と思ったことはあります。
ただ。
今にして思えば。
それは“自分を探していた”だけで。
本当には。
相手のことを見ていた訳じゃなかったのかもしれません。
だから。
「その時の縁はそれ以上ではなかったのだろう」と、そうは思います。
***
あとになって「あいつは偽物だった」=「私が間違えた訳じゃない」と己が主張するだけならねぇ。
まぁ簡単ですよね。
それだったら。
向こう(その相手)の言い分も。
“これでもか”とあると思いますけどね。
ツインフレームには自由選択があるそうなのです。だから「(曰く)偽ツインレイと比べて選んだツインレイ」は、2人ともツインフレームなんじゃないのか? と、私は考えています。
2025/01/04
https://coconala.com/blogs/2997019/513999
だって、
並べて比べるその2人は「同等の存在である」と言うことです。