悲しんでいる自分も、苦しんでいる自分も、悔しい自分も、それも本当です。すべてが己の中にあるのです。
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あの時悲しかった気持ちは本当なのです。
辛かった気持ちは本当なのです。
悔しい気持ちを覚えた自分は、消えないのです。
あの日に、もっと。
上手くできていれば。
そうはならなかったかもしれない。
私がもっと、何かに、気がつけていれば。
別の何かを信じていれば。
次に、似たようなことに遭遇はするかもしれません。
それは上手に対応できるようになっている。
だけど失われたそれはもう、戻らないままの方が多い。
ただただ。
ただただ。
喜びの中にあってむなしいだけ。
だって。
あの日はもう帰らない。
だけど。
だからこそ私がいる。
あの日がなければ。
こうではなかった。
そんな経験、ない方が良いのかもしれません。
もっと別の方法があったのかもしれません。
だけど捨てられなかったものがそこにある。
たったひとつのそれだけが手には入らないような。
描いた理想はどこにあったのか。
そこに他者は必要なのか。
己が「こうだ」と思ったそれだけは。
どこにも存在していない。
それこそが「私」なのだ。