ただ“ある”のです。「魂はそこにある」...それを肉体的な(見える)視点で言えば、幸せとか孤独と言うことになるのかもしれません。

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コラム
人生同じパターンを繰り返していたようにも思います。

その場に合わせて。
周りの様子で。
これまでのよかった結果で。
これまでの許容範囲で。
それ以上は欲しくもないのに、たくさん得られるようなもので。

いわゆる世間で成功と言われるような。
誰かの結果の中から導き出されたような。
親や目上の人が「これにしなさい」と言ったような。

自分が犠牲になったことで恩を売って、己の株を上げられるような“つもり”になれるような、もので。

何かを選択していました。


まぁ。そこは私なので、かなり己を貫いたこともあります。
そう言う時は、その場にいられなくなりました。


***

ツインレイを知ってから。
たぶん。
これまでの人生で選択してきたすべてが一気に来たんだと思うんですよね。

すべてを遡って1から。
自分に問うのです。

「あの日の選択は己だったのか」


たぶん、これまで世間とか、他者によって「いい」とされているもので選択してきたものを。

自己責任を持って“己が選ぶ”のです。

結果は変わります。


それがなんか、雪崩のように起こるんですよね。
だからまぁすべてが集約して一気に来る感じです。

1つ変えたそれが、すべてに影響を与えるのです。


なんかもう、とんでもないようなことになることもあります。
良くも悪くも「どうしてそうなった」みたいな。
が、どうしてか的は外れていない。みたいなことにもなります。

考えたら、
私が望んでいたのはそれだった。

そこまで至ると少し変わります。


ただ、加減がね。
かなり振り切ってしまった感じはありました。
やりすぎ。みたいな。

その辺の調整はちょっと難しかったですね。

でも、確かに。ある意味で結果はすぐきた気がします。
だから繰り返し繰り返し調整ができたんですね。

まぁ、泣きましたけどね。

ある程度慣れたら今度は、微調整を徹底的に学ばされます。
そこまで必要なのか。と、投げたくなります。

やるしかないんですけどね。

先に進むことを選んだのは私です。


「終わりはないのか」と。

絶望しかありませんでした。

それは“永遠”です。


***

現実の変化を「崩壊する」みたいな説明でしている場合もあります。

でも、私はあまりそう言う説明が好きではありませんでした。
2022/09/29
旦那さまの愛は受け取るものでした。
https://coconala.com/blogs/2997019/229214

貴方はやっぱり、私の失敗を愛しているのでしょうか?
私が嫌いな私も愛しているのでしょうか?
だから私は今、私が嫌いな私に、なっているのでしょうか。
でも、私なんです。
私は嫌いな私なんです。
私の中では絶対に選択肢に上がらなかったことがあるのです。
それをしてもなんでか平気なんです。
なんで?
それを自分がしてもいいなんて、貴方に会うまで受け入れられませんでした。
だって、その私は嫌いな私なのです。

今はその嫌いな私であっても、今まで通りなのです。
なんだかうまく行くのです。
過去のすべては失われないのです。


旦那さまの愛は受け取るものでした。
誰かに見せびらかすものではなかったのです。

気がつけてほっとしました。
一周して帰ってきた気分です。
それは私でした。


私の知らない私がまだまだいるのでしょう。
私はうろたえてしまうのでしょう。
旦那さまがすべての私を、愛してくださるのだ。と。
だから、私は私のすべてを、見ているのかもしれません。

私は私なのです。
私は私でした。
私は私にしかなれませんでした。

だから、「すべてが崩壊する」みたいな説明は嫌いです。

旦那さまが、私が嫌いな私を愛して下さるだけです。

現実に何もないって嘘ですよ。

すべてを失ってしまいたくなる瞬間もあります。


己を消すように大掃除をしたこともありました。
2023/06/07
【1】私が、自分を殺すように大掃除をして宝物を見つけたけど、掃除はやりすぎた話。
https://coconala.com/blogs/2997019/310182

【2】私が、自分を殺すように大掃除をして宝物を見つけたけど、掃除はやりすぎた話。
https://coconala.com/blogs/2997019/310228


金銭面では「収入=支出」状態で、口座の残高と睨めっこするようなことになって……。
あれはやりすぎましたね。
まぁどうにかなりました。

もちろん、お金を使うこともあります。
でも。お金を使うことがすべてではありません。

同じ場所を楽しむことができなくて絶望したり。
嫌いになった場所がそんなに嫌いではなかったのだと知れたり。

私の選択は、いろいろな結果をもたらしました。

でも繰り返していくと、なんだか。
繋がっていくのです。

“私”に。

どこか、呼ばれているような。
貴方が傍にいるような。

共に、進んで行くような。


***

だから、ただただ己の目の前を優位にすればいい。とか。
己を喜ばせればいい。とか。
なんかこう足し算みたいな話ではなくて。

引き算なのです。
2024/06/30
私は貴方と肉体を脱いで愛し合えますか、心を通わせ合えますか。

https://coconala.com/blogs/2997019/442656

私は貴方との約束を果たせますか。


目に見える物で「私は幸せ」を誇ったり。
誰かと比べて優越感を感じるのとはちょっと違うのです。

オシャレをしてちょっといい場所で美味しいものを食べているのに。私はどうして1人なのだろうか。と、なんだかむなしくなってしまったこともありました。


修行僧のようになれ。とか。
教会のシスターを目指せって違いますよ。

現実にはちょっといいものを買ったりとか。
欲しいものを手に入れたりとか。
そう言うこともあります。


ただ、
「魂に至れるか」です。

それは「心の飢え」を満たすようなものになっていないか。


もちろん、最初はそこから入るのだろうと思います。

でも。
見える何かに囚われていないか。
他者に何かを誇りたいと思っていないか。

「それは己か?」

そもそも論が、他者とか世間にあると、ちょっと違うのです。


それに気がついて行けるようになるのが“ツインレイ”のはずなのです。

だって1人じゃないからです。
相手がいるのです。

それを信じて。


***

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そこにある。

ただ“ある”だけ。

「魂はそこにある」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


それは“ある”だけです。

それが幸せを感じる訳でも。
孤独を感じる訳でもない。

それはただ、

「ある」

私はそれを知るのです。

2022/08/05
鳥籠
https://coconala.com/blogs/2997019/212213

私は、貴方に隠しておきたいことがありました。
それが、最後の私でした。
マトリョーシカの最後の蓋を開けて出てきた。小さい私。
何もできない、何も持っていない、そこに存在するだけでしかない私。
貴方はそれもすべて、知っていたんですね。
・・・
2024/01/05
「ツインレイだからこう苦しむもの」みたいな決めつけが嫌いだったんだな。と、ふと思いました。
https://coconala.com/blogs/2997019/379857

マトリョーシカのように蓋を開けて行った先。

何もない
何も持っていない
何もできない

ただ、そこにいるだけ

でも、
それも私である

それは誰でもない「私」です。
元から私の中にいるのです。

私の奥底にいるのが、何をすることもできない「何もない無能な私」だったなんて、知りたくなかったのです。
だけどそれと向き合えたのも、貴方がいたからです。
***


***

生きることは終わりません。

だからやっぱり、
美味しいものを食べたり。
お出かけしたり。
必要なものを買ったり。
欲しいものを買ったり。
普段の生活や仕事や。

いろいろあります。


でもある意味ではもういらないのです。
それを他者に誇れるようなものは。

まぁでも“私”なのです。
やっぱり。「私が活きる」ようには必要なのです。

私が得意なことや、苦にならないことはあるのです。
私を評価してくれる人もいます。

私は1人ではありません。

お金を使うこともあります。
楽しむこともあります。


だけど、
己に何もなくてもいいような。

そんな気持ちもあります。


***


ぐるりと。

反転した気分です。




♪.................

私は歌が歌いたくて、音楽活動をしていたことがあります。
その時自費で、4曲入りのCDを作りました。
歌と作詞、曲は作ってもらいました。
で、それが売れなかったので、己の言いたい事だけ書いてもダメなんだ。と思って、作詞の勉強をしました。

貴方を知ってから。
5曲目の作詞をしました。
作曲もお願いして、曲にしてあります。

まぁ。これは、CDには入れられません。
趣味です。
自分で歌うだけです。
歌った録音はネット上には公開していません。
その予定はありません。


歌詞はここに書いてあります。
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