ツインレイの相手は、どこか、己の理想のような。
己の未来像でもあるはずなのです。
そこに未来が見えるのです。
自分がそのものになる。と言う話ではありません。
そこは男女で違うからです。
だけど、どこか。
そこに未来が見えるはずなのです。
***
そこで、ただただ辛いんだ。とか。
崩壊するんだ。とか。
そう言うことしか述べられない。と言うことは、
貴女はツインレイの相手に「己の未来像を見ることができなかった」と言うことです。
同じく、これは運命。みたいな。
運命だから許される。とか。
運命だから許しちゃう。とか。
そう言うことでもないのです。
いつまでも運命にこだわる時点で「相手を己に落とし込めていない」と言うことです。
***
相手を受け入れられるか。です。
「相手の人生を」です。
基本的に、相手は王子さま(王様)ではないはずです。
例え本人の社会的地位や稼ぎを貴女と比べた時、そこに差を感じても。
そこに対しての「私は釣り合わないんだわ」みたいなものも含まれます。
たぶん、ツインレイの相手に対しては、社会的要因をいくつか除いて見た方がいいのかもしれません。
そこにある社会的な地位や成功、目に見える数字といったものではなく、相手の人生です。
人生そのものです。
本人の人生があって、そこに事実があるのです。
肩書や結果や数字が、そこについてきただけです。
要するに、それだけなのです。
見るべきは本人(相手自身)です。
どんな人生を、生きてきたのか。
どうして、そうなのか。
そうなったのか。
わかるはずです。
だって。
私たちは2人で1つです。
***
それは、きっと、
「貴女の理想の未来像」です。
逆に言えば、だからこそ許せないのかもしれません。
(私が男だったらよかったのに)
……。
もしかして、自分が男に産まれたかったんですかね?
そして、そのもしかしての理想がツインレイ男性そのものである。
それは確かに、相手を許せないかもしれません。
***
己にどんな後悔がありますか。
それは決して消えません。
だって。
それこそが。
あの日の私が“わたし”だったのだ。