三方よし最強説、の話

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コラム
近江商人の考え方で、「三方よし」という考え方があります。

「三方よし」とは
①自分自身に利がある
②相手にも利がある
③地域全体(両者を取り巻く環境)の利にもつながる
※ここで私がとらえている“利”とは、金銭面の事だけではなく、“良いこと”という意味でとらえています。

といった考え方です。

私はこの考え方が大好きです、というか、最強だと思っています。

スピリチュアルが好きになる前は、自分に利があろうがなかろうが、相手や周りに利があればいいんだ、という考え方でした。

それが世のため人のためであり、美徳だと思っていました。
要は“自己犠牲”に近いですよね。

でも、スピリチュアルを好きになってから、自己犠牲は良くない、自分軸でとにかく自分が好きなこと・ワクワクすることをするのが大事と知り、しばらく、その様に頑張ってみたんですね。

“頑張ってみた”っていう表現自体、おかしな話なんですが。

まあ、とにかく頑張ってみたんです。

でも、どうにもしっくり来ないというか、相手に迷惑かけてるんじゃないか、空気読めてないんじゃないか、って思考がずっとついて回るんです。

ワンネス的な考え方から、自分が好きなことをしていれば、自然に相手のためにもなっているんだよなんて言うけど、この現実世界ですべてがすべて、その様にとらえられるとは思えないんですよね。

だって例えば、旦那さんが帰宅後や休日に自分の趣味のことにしか時間を費やしていなかったら、奥さんに多大な迷惑をかけることは、明らかじゃないですか。

奥さんが、「旦那さんの元気なイキイキしている姿を見ているだけで幸せ」なんていう、聖母のような菩薩のような人だったら別かもしれませんけど、家事・育児にまったく参加せず、自分のワクワクすることだけやっている旦那がいたら、大抵の家庭では“離婚”のワードが出てきますよね。

まあ、離婚すらもスピ的に言ったら、生まれてくる前に両者で取り決めてきたストーリーだっていえばそうだし、それが悪いこととは言いませんけどね。

奥さん側に立てば、その様な旦那さんと結婚したことで、「こいつマジでクソなんですけど!!」っていう感情を持つところから、その感情を処理出来て、ゆるしの感情を得られるようになるまでを“経験している”とも言えますしね。

そう考えれば、旦那さんにしてみれば、自分にも利があって奥さんにも利があるとも考えられるけど、スピに精通しいなければ、やっぱりその前にひと悶着あって、お互いに疲れてしまいそうです。

だったら、お互いに話し合って譲歩できる、お互いにゆるしあえる部分を探って、自分にも利・相手にも利・家庭内でも利があるようにするのがいいんじゃないかと思います。

普段からお互いに家事・育児に勤しんでいれば、「じゃあ、いついつは私が子供たちを見てるから、釣りに行ってきていいよ。ゆっくりしてきてね。」みたいな。

その逆もしかりで、旦那さんが子供たちを見て、奥さんに一日好きなことをできる日を作ってあげるとか。

お互いに月1でもそんな日があったら嬉しいと思います。

夫婦仲が円満なら、子供たちも嬉しいし、家庭内にも利があります。

家庭を例に挙げましたが、どのような状況でも環境でも、自分の事だけではなく、相手の事、ひいてはその両者を取り巻く周りのことも考えて、全てにおいて利があるように良いところを探ってく・考えていくことが大事なんじゃないかと思います。

まあ、何を利とするかはその人によるんですけどね。

上の奥さんの例で言えば

1旦那さんがただイキイキしている姿を見られるのが利なのか
2旦那さんに対するもろもろのネガティブ感情を感じるところからそれを処理できるまでを経験できたのが利なのか
3旦那さんと歩み寄れる環境でお互いに楽しめるのが利なのか

これらの中から、一つを選ばなきゃいけないわけでもないし、こういう選択肢があると知ることもまた学びや経験ですよね。

俯瞰して見るというか。

何かとりとめがなくなってきましたが、何が言いたいかというと、世のため人のためは自己犠牲の上に成り立つものではなく、また、自分さえよければ良いものでもなく、自分も大事・相手も大事・そして周りも大事という、考えのもと成り立つものだと思う、ということです。

それには、三方よしはとても良い考え方だと、思っているのですが、皆さんはどうでしょうか。

お電話で皆さんの意見もお聞かせください(^^♪












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