満州から引き揚げてきた、祖母の底力

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コラム
私の祖母は、もう10年以上前に、94歳で亡くなりました。

かなり変わり者で、口の悪い人でしたが、憎めないキャラクターで一族に愛され、私や私の娘たちを含む、多くの命を繋いだ存在でした。
あまりにも強烈な個性の持ち主で、基本的に何を言っているのかよくわからなかったのですが……
ある時、唐突に昔話をしてくれました。

祖母は、当時満州鉄道で働いてた男性(私の祖父)と結婚し、満州へと渡ります。
支配民としてかなり恵まれた暮らしをしていたようですが、日本は戦争に敗北。
急遽、国を失った祖母は、日本へと引き上げることになります。

地元民が石を投げつけてくるなか、訳もわからず荷物をまとめて出発。
「馬賊だが匪賊だかが襲ってくるって言われて、ビクビクしながらみんなと逃げた」
そうです。
(祖母の話は所々要領を得ず、この時、なぜ夫(祖父)がいなかったのかなどは不明)

引き揚げ船では、荷物は1人1つまで、と命令されます。
祖母はこの時、すでに3人の子どもを抱えており、うち一人はまだ赤ん坊。
荷物のうちひとつはオムツが詰まっていたそうですが、これを取り上げられそうになり、祖母は、
「これだけは、これだけは!」
としがみついて、持たせてもらったそうです。

日本に向かう船は、ぎゅうぎゅう詰めで劣悪な環境。
苛立った男の人が、誰かを急に怒鳴ったり、殴ったりする場面も見たそうです。
途中、死者も出る。

極限に思える状況に、私は、
「おばあちゃん凄いね、大変だったでしょ?」
と聞くと、
「私は鈍感だから、なんだかよくわかんなかったね~。ま、繊細な人は大変だったでしょうね」
と、ケロリと答えます。

「ある女の人がね、もう死んじゃってる赤ん坊を、ずっと抱いているのよ。キ○ガイになっちゃってね」
と、祖母はその様子を思い出し、ケラケラと笑いながら話します。
そりゃ、赤ん坊含む子ども3人を抱えても、この人は生き残るわ……と思いました。

それでも、かなりのストレスだったのでしょう。
東京に降り立った時、出迎えた軍人が、
「お疲れ様でした」
と敬礼した時、どっと涙が出たと、やはり思い出し泣きしながら語っていました。

引き揚げてきた後、4人目の子となる私の母を出産。
その命は、8人の孫、4人のひ孫たちへとつながっていきます。

小柄で、背中は曲がり、がりがりにやせていた人でしたが……
とにかく、強い人でした。

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