「ミッションを、自分たちの言葉にしたい」
そう依頼をいただき、共同経営者のお二人と向き合った数時間。 それは、きれいな言葉を並べる単なる会議なんかじゃなく、お互いの人生観をぶつけ合う、ひりつくような対話の時間でした。
浮き彫りになった、二人の「真逆な視点」
壁打ちとして問いを投げ続けていくと、二人の「社会への眼差し」が、驚くほど対照的なことが見えてきました。
一方は、現実の厳しさを知る「リアリスト」の視点 社会の痛みを知っているからこそ、「防げたはずの不幸をなくしたい」と願う、シビアで切実な願い。
もう一方は、未来を信じ抜く「オプティミスト」の視点 「未来は自分たちの手でいくらでも作れる」と真っ直ぐに信じている、温かな光の視点。
「その言葉は、今の私にはしんどい」 「もっと、泥臭い自分たちの実感がほしい」
一人が「光」を語れば、もう一人が「影」を補う。 正直、伴走者である私自身も「これ、今日中にまとまるかな」と一瞬よぎるほどの熱量でした。
「ズレ」を隠さないからこそ、本物の言葉が生まれる
でも、その「ズレ」を隠さず、濁さず、全部出し切るからこそ、誰の借り物でもない本物の言葉が生まれます。 私はそう信じて、あえて二人の火花が散る場所へ、深く、深く問いを投げ続けました。
そして、問いの末に訪れた、あの瞬間。 二人のバラバラだった視線が、スッと一本の線に重なりました。
「違いは不利じゃない。可能性なんだ」 「闘うんじゃない。私たちが、安心が当たり前にある未来を咲かせればいい」
現実を知っているからこその「覚悟」と、未来を信じる「希望」。 二人の正反対な想いが溶け合ったとき、それまでただの文字だった理念に、ドクドクと体温が宿ったように感じました。
第三者の「壁打ち」が、言語化の質を劇的に変える
お二人の表情がパッと晴れて「これだね」と確信に満ちたあの瞬間の空気は、何度立ち会っても本当にいいものです。 セッションの最後、お二人からこんな言葉をいただきました。
「これは二人だけでは、絶対にできなかった」
どれだけ仲の良いパートナーでも、二人きりだと「ぶつかる」か「妥協する」かのどちらかになりがちです。 そこに第三者が入り、客観的な問いで「ズレ」を「深み」へと変えていく。それだけで、言語化のスピードも質も、全く違うものになります。
あなたの内側にある「志」を形にしませんか?
ミッションやビジョンは、飾るための言葉ではありません。 迷ったときに立ち返り、チームを一つにするための「旗印」です。
「想いはあるけれど、うまく形にならない」 「パートナーと目指す方向を、ガチっと合わせたい」
そう感じているなら、一度その想いを私にぶつけてみませんか? あなたの「未来の一手」が最速で決まるよう、私が全力で伴走します。