本日も記事をご覧いただきありがとうございます。ひろです。
人について考える。
今日のテーマは、
「自然」
です。
朝食も終わって、福岡旅行も最終日。
「俺、午前中から仕事だから。ひろちゃん、何時の新幹線?」「1時ぐらいやね」
お昼の新幹線で大阪へ帰る。
「そっか。じゃあ、その時駅まで送るから。本当は一緒にどっか回りたいっちゃけど」「いいよいいよ。仕事だろうし、帰るときまで適当に時間過ごすよ」
気を遣われるよりは、のびのびと仕事をして欲しい。
「あ、オヤジたちと話しとく?」「それでもいいし」「じゃあ、俺が仕事から戻るまで。オヤジたちにも言っておくけん!」
旅の最後の仕上げは、友人の両親とのお話。
「おはようございますー」「あ、大山さん。どうも~」
昨日と同じく、実家であたたかく迎えてくれる。
「大山さんはいつの新幹線で帰ると?」「昼の1時ぐらいです」「なら、お昼前までに出ないとね。ご飯はどうします?」「あ、食べてるんでお気になさらずに」
ご飯の心配をしてくれる両親は、どこの家庭も共通かもしれない。
友人の実家のリビングで、まったりとした時間を過ごす。
「写真増えましたねー」
リビングの壁一面には、写真が貼られたコルクボード。子どもたちの笑顔がたくさん写っている。
「本当にねー」
お母さんとお父さんは懐かしそうに写真を眺めている。
「あ!」
一枚の写真に目を奪われる。
「彼ってこんな笑顔するんですね」
友人の甥っ子が、山の頂上で満面の笑みを浮かべている写真。
お母さんは写真を見ながら、
「ああ、娘の子どもです。大山さん、会ったことありましたか?」「はい。最初の頃。イチゴ作りを手伝いに来た時に、よく勉強しているイメージでした」
二人姉弟の弟で、活発なお姉ちゃんと違って図鑑を眺めている印象の男の子。
「確か、小学校に上がる前だったと思います」「そんなに前なんですねー」「子どもっていつの間にか大きくなりますよね」
小さかった男の子が、今では小学校を卒業する年頃。
「その子も大変だったんですよ」「そうなんですか?」「はい。お姉ちゃんと違っておとなしかったんですけど、全くご飯を食べなくて」
幼い頃から、いつもご飯を食べるのを嫌がっていたらしい。
成長期の子どもがご飯を食べないとどうなるのか。
「周りの子と並んでも、身体が一回り小さくて。みんな外で遊ぶのに、1人だけ本を読んでる感じで。自閉症かもしれないって言われたこともあって」「そんな事があったんですね」
ただ物静かに本を読んでいるだけのイメージだった彼。両親は心配して、無理にでもご飯を食べさせようとしたらしい。
そんな時期の登山の写真。
「息子が山に連れて行った時に何かあったみたいで。最初は嫌々だったのに、山に上った後は笑顔になってみたいで」「へぇ~。自然に触れたからですかね」「それからはご飯もしっかり食べるようになって、もうすぐ中学校ですよ」
自閉症と言われていた、笑わなかった男の子が笑顔になる。
そのキッカケが山。
自然にはやっぱり特別な力があるのかもしれませんね。
追伸 幼い頃、周りと馴染めなかった経験は僕にもあります。
周りの人と同じことをやっても、自分だけ進行が遅かったり。その事でみんなにからかわれたり。
1日の半分を学校で過ごす教育環境。
その半分が嫌な思いをする場所だったら・・・。
大人でも耐えられないかもしれません。
学校を楽しい場所にするかどうかは自分次第。
大人になった今でこそ理解できる話ですが、幼いときには分かるはずもありません。
でも、楽しくなるキッカケがあったんでしょうね。
そのキッカケが勉強なのか、友達なのか、自然なのか。
今となっては思い出せませんが、
人はどんな時でも変わることができる。
というのは、小学校の時の経験が深く関わっているかもしれません。