本日も記事をご覧いただきありがとうございます。ひろです。
人について考える。
今日のテーマは、
「過去の教え」
です。
「早く続き話してくださいよー!」
後輩がやたら気にかける話題。
それは、僕がデリバリーに初挑戦した時の話。
「まぁ、食べ物の配達って大変だな。とは思ったかな」
「やっぱりそうですよね」
ああ、また後輩が先輩ヅラし始める。
「学生時代は新聞配ってたけど、やっぱり全然違うね」
「どう違うんですか?」
「新聞は物。食べ物は生き物って感覚かな」
後輩は不思議そうな顔で話を聞いている。
「どういう意味ですか?」
「物はどこに置いてもほとんど変化はない。生き物は注意して見ておかないと死んでしまう」
「なるほど」
どうやら少しは伝わったみたい。
「もちろん、新聞も雨に濡れると市場価値が一気に落ちる。お客様は濡れた新聞に価値を見出さないし、それをポストに入れようものなら、ものすごいクレームの電話がかかってくる」
配達は最高の状態でお客様に届ける。
これが大前提。
「やっぱり新聞配達の時とか、クレームはあったんですか」
「最初はね。島根県の田舎から大阪に上京したばかりの専門学校生だったから」
右も左も分からない自分。失敗の連続だった。
「学校行きながら新聞配達とか、僕は絶対できないですけどね」
「まぁ、慣れかな。5年もやってれば、目をつぶってでも配れるよ」
「5年やってたんですか!」
「やってた。しかも完全休養日は1月2日のみ」
1月2日は1年間で唯一、朝刊と夕刊の配達がない日。
「それ以外は配ってたってことですか?」
「もちろん。朝刊と夕刊。どちらかは必ずあるからね」
40歳になっても体力が衰えないのは、この時の下地があったからだと思う。
「すごっ!」
後輩は口を大きく開けて驚いている。
「そこまでやってたら、ミスしないんじゃないですか?」
「いや。やっぱりどれだけ努力しても、ミスをしてしまうことはある」
だって人間だもの。
「じゃあ、5年目でもクレームもらったんですか?」
「クレームって言い方はあんまり好きじゃないんだけど。お客様から意見をいただく事はあったかな」
接客はミスをしないことが大切。
でも、
それ以上にミスをしたあとの対処が大切。
「理不尽に怒られることもあったんじゃないですか?」
「理不尽というか、お客様はお金を払ってるから。意見を伝えるのは当然の権利だと思うけどね」
僕の接客に対する考え方は、年齢を重ねるごとに変化していったのでした。
追伸
「親でも死んだんちゃう?」
という言葉は、新聞配達をしていた時に先輩が言っていた言葉です。
新聞の配り忘れの連絡が入り、お客様の家に足を運んだ時。
ポストに新聞が入っていました。
「あの、すいません。ポストに新聞が入ってたんですけど」
「ウソ、今入れたんちゃうん?」
お客様から言われた言葉。
さすがに理不尽だと感じた事がありました。
この話を先輩に伝えると一言。
「親でも死んだんちゃう?」
です。
最初は意味が分からなかったのですが、年齢を重ねるごとに分かってきました。
人の精神状態は常に一定ではありません。
嬉しいことがあれば悲しいこともある。
怒りを抱えて、悲しみに打ちひしがれることも。
つまり、
誰でも精神的に不安定な時期はあるんですよね。
だから、
時には間違った行動をとってしまうことがあります。
その理不尽さを攻めるのではなく、
「親が死んだぐらいの精神状態だった」
そう思ったら人に優しくなれる。
ということを伝えたかったんだと思います。
理不尽さを感じた時は、もしかしたら相手は傷ついているのかもしれません。
誰かに怒りをぶつけたいのかもしれません。
その怒りを真剣に受け止めると、今度は自分が別の誰かに怒りをぶつけるようになっていきます。
相手の怒りを自分の中だけでおさえるために。
「親でも死んだんちゃう?」
僕はそう思うことにしています。