【Z世代の現実】 引きこもり問題。天国と地獄の二極化。解決法は? 氷河期世代の特徴も

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◆Z世代の引きこもり問題にある、時代の空気


今回のテーマは、

Z世代の引きこもり問題

です。

私のところには、
引きこもりの人からの相談も来ます。

そして、その親御さんからの相談も
非常に多く来ます。

その中で、すごく感じることがあります。

それは、今の引きこもり問題というのは、
単に「本人が弱い」とか、
「家族が悪い」とか、
そういう単純な話ではないということです。

もっと大きな時代の空気があります。
特に、Z世代的な空気。


自由であること。
選択肢が多いこと。
無理しなくていいこと。

もちろん、それ自体は、
悪いことではありません。
むしろ、いいことです。

だけど、

「自由」には影があります。
選択肢が多い時代には、落とし穴もある。

そこを見ないと、
引きこもり問題の本質は見えてこないんです。


◆「学校に行かない」が特別だった時代


僕ら氷河期世代の頃は、
「学校に行かない」という選択肢が、
ほとんどありませんでした。

今の言葉で言えば「不登校」ですが、
当時は「登校拒否」と言われていました。

この言葉の重みが、全然違うんです。

不登校というと、「登校しない」。
そういう状態に聞こえます。


でも「登校拒否」というと、
本来は登校すべきものを拒否している。

そういう重さがあります。

当時は、「学校に行かない」ということ自体が、
かなり特別なことでした。


私は小学校の頃、
都会の学校にも行きましたし、
地方の学校にも行きました。


でも、どちらでも、
学校に来ていない人なんて、ほとんどいなかった。

いても、1人か2人くらいです。
「あの子は登校拒否なんだ」
そう言われていました。

子どもの私には、その言葉の漢字すら
よく分からなかった。

頭の中では、
カタカナで「トーコーキョヒ」と
浮かんでいたくらいです。

それくらい、
「学校に行かない」ということは珍しかった。
つまり、選択肢がなかったんです。

学校には行くもの。
嫌でも行くもの。
つらくても行くもの。

そういう時代でした。


もちろん、それはそれで苦しい。
かなり不自由です。

私自身も学校で嫌なことはありました。
いじめられたこともありました。

でも、行ったんです。

なぜか。
行かざるを得なかったからです。
選択肢がそれしかなかったからです。
ここが大事です。


選択肢がないと、人間はその方向に力を出すんです。

嫌でも、そっちに向かう。
しょげていても、何とか行く。
泣きながらでも、前に進む。

それは、ある意味で、

生命力

が喚起されている状態です。


◆自由がある時代ほど、楽な方へ流れやすい


でも、今は違います。

Z世代には、「不登校」という選択肢がある。

学校に行かなくてもいい。
無理しなくてもいい。
嫌なら休んでもいい。

そういう空気がある。
もちろん、それで救われる人もいます。


本当に限界の人にとっては、
逃げ場があることは大事です。
そこは否定しません。

ただ、問題はそこからです。

人間は、易きに流れる。
これは、かなり本質です。

人間は強いようで、弱い。

自由を与えられた時に、
自分を高める方向へ行ける人もいます。


でも、楽な方へ流れてしまう人もいる。
ちょっと嫌なことがある。
違和感がある。
人間関係が面倒くさい。
学校に行くのがだるい。


その時に、
「行かなくてもいいよ」
という選択肢があったら、

「じゃあ行かない」
となりやすいんです。

これが悪いと言っているのではありません。

ただ、そういう性質が人間にはある
ということです。


そして、その選択を繰り返していくと、
最初は不登校だったものが、
やがて「引きこもり」になることがある。

学校を卒業しても、
そのまま社会に出られない。
外に出る力が育たない。

自分で自分を立ち上げる力が
弱くなってしまう。


◆自由は天国にも地獄にもなる


だから、今の時代はすごく二極化しているんです。
つまり、天国と地獄。

この言い方は刺激が強いかもしれません。
でも、本当にそう感じます。

Z世代的な自由さ。
いろんな選択肢がある。

どう生きてもいい。
好きなことをしていい。
自分らしく生きていい。

この空気を良い方向に使える人は、
どこまでも伸びていきます。
本当に天国です。



昔なら止められていたようなことも、
今はできる。

自分の好きなものを発信できる。
自分の世界観を持てる。

周りも「やってみなよ」と応援してくれる。
これはすごいことです。

でも、その「自由」を悪い方向に使ってしまうと、
どこまでも落ちてしまう。


楽な方へ流れる。
面倒なことを避ける。
不快なことを全部避ける。

そして、気づいた時には、
自分の生命力そのものが弱っている。

これが「地獄」のパターンです。


◆氷河期世代には、不自由さと強制力があった


僕ら氷河期世代は、ある意味で中流の時代でした。
みんながだいたい同じ方向を向いていた。

いい高校へ行く。
いい大学へ行く。
いい会社へ行く。
みんなと同じように生きる。

それが良いことだとされていた。
もちろん、それは不自由でした。

少し変わったことをすると、

「それはやめとけ」

と言われる。
みんなと違うことをすると、浮く。


たとえば、私が子どもの頃なんて、
野球といえば巨人でした。

みんな巨人ファン。

そんな中で私は一時期、
西武ファンだったんです。


そうすると、ちょっといじられる。
少し変わっているだけで、
居心地が悪くなる。

だから、みんなと同じようにしなければいけない。
そういう息苦しさはありました。


でも、その代わりに、強制力があった。
やらざるを得ない空気があった。

根性論です。

今の時代から見ると、

古いかもしれません。
乱暴かもしれません。

でも、その中で生命力は
鍛えられたんです。

学校に行く。
部活に行く。
嫌でもやる。

泣き言を言っても、結局やる。


その繰り返しで、
人間の中の力が起きてくる。

これは、今の時代には
かなり失われている部分です。


◆人生そのものが「ライザップ」だった時代


分かりやすく言うと、
僕らの世代は、

人生そのものが「ライザップ」
みたいなものだったんです。

ダイエットで考えてみてください。

人間は、放っておけば食べます。
目の前にお菓子があれば食べる。
美味しいものがあれば食べる。


トレーニングなんて、できればしたくない。
だから、ライザップのような環境に
行くわけです。

そこにはトレーナーがいる。
食べ物も管理される。
お金も払っている。
逃げにくい。
ダイエットしないという選択肢がない。

だから、やるんです。

つらくてもやる。
筋トレがしんどくてもやる
結果を出すしかない。

この「退路がない感じ」が、
人間の力を引き出すんです。


氷河期世代は、
人生の中にそれが最初からありました。

学校に行かないという選択肢がない。
部活をすぐ辞めるという選択肢も少ない。
みんなと違う道を選ぶことも難しい。

だから、しんどい。

でも、生命力は喚起される。





 ◆優しい時代だからこそ、危険もある


一方で、Z世代はそうではありません。

学校に行ってもいい。
行かなくてもいい。
部活をやってもいい。
やらなくてもいい。

嫌なら休んでもいい。
逃げてもいい。
無理しなくてもいい。

これは優しいです。
でも、同時に危険でもあります。

なぜなら、前述のとおり、
人間は易きに流れるからです。


何でもいいよ。
好きにしていいよ。

そう言われた時に、
自分を高める方向へ行ける人はいい。

でも、そうではない人は、
堕落の方へ行ってしまう。
怠ける方へ行ってしまう。

これは本人が悪いというより、
人間の性質です。


だからこそ大事なのは、

自分で自分の人生をライザップにする

ということです。

もう一度言います。

自分で自分の人生をライザップにする。

これが、今の時代に
本当に必要なことです。


◆もう周りは、厳しくしてくれない


昔は、

時代が勝手に厳しかった。
社会が勝手に厳しかった。
学校が勝手に厳しかった。

親も先生も世間も、
ある意味でライザップのトレーナー
みたいなものでした。

でも今は違います。

周りは厳しくしてくれません。

なぜなら、厳しくすると
すぐに悪者になるからです。


たとえば、周りの人が何かを提案する。

「こうしてみたら?」
「少し外に出てみたら?」
「これを頑張ってみたら?」

そう言っただけで、

押し付けられた。
傷ついた。
パワハラだ。

そう受け取られる時代です。
だから周りの人は、強く言えない。

親も言えない。
先生も言えない。
周囲の大人も言えない。


では、誰がやるのか?

自分です。
自分でやるしかない。

自分で自分の中の自立心を
起こすしかないんです。

ここが、Z世代の
本当に難しいところです。

自由な時代だからこそ、
自立心が必要になる。

でも自由すぎるからこそ、
自立心が育ちにくい。

ここに矛盾があります。


◆自分で退路を断ち、環境を作る


だから、まず意識することです。

自分は放っておいたら楽な方へ流れる。
自分は放っておいたら逃げる。
自分は放っておいたら止まる。

それを認める。


そして、自分で環境を作る。

たとえば、誰かに宣言する。

「自分はこれをやる」
「この部活を頑張る」
「絶対に途中でやめない」


そう言うだけでも、緊張感が生まれます。
人に言った以上、簡単には逃げられない。

これはとても有効です。

あるいは、お金を投資する。
何かスポーツをやるなら、道具を買う。
親に買ってもらうのではなく、自分で買う。

自分のお金を使う。
すると、意識が変わります。

「せっかく買ったんだから、やらなきゃ」

と覚悟ができる。

これが、
退路を断つということです。
環境を作るということです。


人間は気合いだけでは変わりません。
環境が大事です。

自分で自分を逃げにくくする。
自分で自分を前に進ませる。
自分で自分の人生に緊張感を入れる。

これをやらないと、
自由の時代は簡単に地獄になります。


◆自分で環境を作れる人には、今の時代は天国になる


逆に、これができる人にとって、
今の時代は天国です。

なぜなら、誰も止めないからです。

昔なら、
「そんなことやめとけ」
「普通にしろ」
「みんなと同じにしろ」

と言われてしまったけど…

でも今は、
自分がやりたいことを言えば、
周りは応援してくれます。

野球でもいい。
野球以外の競技でもいい。

推し活でもいい。
表現活動でもいい。
動画を作ってもいい。

絵を描いてもいい。
音楽をやってもいい。
ネットで発信してもいい。

昔より、はるかに自由です。


だから、自分で環境を作れる人は、
どんどん飛躍する。

自分で宣言して、
自分で退路を断って、
自分で行動する人は、
どんどん人生が開けていく。

同じ自由でも、
受け取り方で真逆になるんです。

天国にもなる。
地獄にもなる。

この差は大きいです。


◆引きこもりから抜けるには、長期目線も必要になる


そして、引きこもりで苦しんでいる人は、
多くの場合、
この「自由」のマイナス面を
強く受け取ってしまっているんです。

行かなくてもいい。
やらなくてもいい。
逃げてもいい。
無理しなくてもいい。

最初はそれで救われたかもしれない。

でも、そこに長く留まりすぎると、
生命力が弱ってしまう。

外に出る力がなくなる。
人と関わる力がなくなる。
自分で決める力がなくなる。

その状態から抜けるのは、
簡単ではありません。

一度、「闇落ち」してしまうと、
自立心そのものが弱くなります。

だから一筋縄ではいかない。
長期目線も必要です。


焦らず、
少しずつ立て直すことも必要です。

自分の人生を、
もう一度、自分で動かすこと。

これです。


誰かが何とかしてくれるのを
待つのではなく、

自分で小さく退路を断つ。
自分で小さく宣言する。
自分で小さく環境を変える。
自分で小さく行動する。

最初から大きなことをしなくていい。

でも、何らかのことは
やってみる。


◆自由を、飛躍の材料に変えていく


「自由の時代に生きる」ということは、

自分で自分を導く

ことが大事になってきます。

昔のように、

親が強制してくれない。
学校が強制してくれない。
世間が強制してくれない。

だからこそ、自分でやる。

自分で自分の人生をライザップにする。
自分で自分の人生を天国にしていく。

これが、今の時代に必要な覚悟です。

どうせなら、天国にしたいじゃないですか。
自分の人生を。

自由を、堕落の理由にするのではなく、
飛躍の材料にする。


選択肢の多さを、
迷いの原因にするのではなく、
自分を伸ばす武器にする。

そのためには、

退路を断つことです。
宣言することです。
投資することです。
環境を作ることです。

そして、少しでも前に進むことです。

人生はいろいろあります。
すぐには変わらないこともあります。

でも、自分で自分の人生を
動かそうとした瞬間に、
流れは変わり始めます。

だから、

自分の人生を、自分でライザップにする。
自分の生命力を、自分で起こす。

そして、自分の人生を、
自分で天国にしていく。

少しでも伝わればと思います。

人生いろいろですけど、頑張っていきましょうね◎ 


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