人生がつかめない人へ──ヒントは「道」という概念にある

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人間の生き方は、大きく分けると三つのタイプがあります。

一つは「道」を生きる人。
二つ目は損得で生きる人。

そして三つ目は、損得勘定で生きながらも、
どこかで「道」を気にしている人です。

この中で、「損得で生きる人」が一番、
人生に苦しみます。

とはいえ、「損得で生きる人」の気持ちは
私は分かります。

というのも、
かつて私はそういう生き方をしていましたからね。

「損得で生きる」というのは、
自分が得をしたいということです。

そして、その生き方が当たり前だと思っています。

だから、
自分が少しでも得をしようという動きをするし、
自分が損な役回りに回るのは
絶対に嫌だと思っています。


「道」を生きる人は、理由を求めない


一方で、「道」を生きている人もいます。

「道」を生きている人は、
損得とは全く関係のない領域で生きています。

自分が得をするか損をするかという以前に、
自分は「道」を生きているか、ということを
ものすごく重視します。

それはなぜかというと・・・

「道を生きるのが当然だ」と思っているからです。
これ、説明になってないですよね(;^_^A

すみません。
でも、そう言うしかないんです。

===

たとえば、鳥は鳥らしく生きようとする。
猫は猫らしく生きようとする。
それと全く同じなんです。

人間は人間らしく生きようとする。
そこに理由も何もないんです。
それが「道」なんです。

「道」である以上、それが一番美しく、映えるんです。


まあ、あえて言えば、「道」を生きることによって
自分が美しい生き方ができる。

そうすれば結果的に、現実世界で
得をすることができる、という、
最終的に損得の領域に影響はしてきます。


美しさを優先する人は、迷いにくい


でも、そもそも「道」を生きる人は、
そんなことは考えていないんです。

とにかく「道」を生きて、美しく生きていこう。

そういう、人間として備わっている本能に
素直に従っているだけなんです。

その本能に従わない場合は、
なんだか気持ち悪く感じるんですね。

「自分の人生、これでいいのかな」と感じるんです。

だから、そういうときは常に「道」に戻っていこうと考える。
これが、「道」を生きる人の生き方です。


損得を基準にすると、長く苦しくなる


そうした場合、損得で生きる人は
「道」を生きていないわけですから、
当然、生き方が醜いです。

生き方が醜いということは、
現実世界であまりいい状況に
なっていかないわけなんですね。

つまり、損をするんです。


そうです・・・

損得勘定で生きている人は、
結果的に損をするんです。

そして、損得勘定で生きずに
「道」を生きている人は、
結果的に得をするんです。

この世界って、こういう
面白い構造になっているんですね。

多くの人は、その途中で立ち止まる
なので、もともとは損得勘定で生きていたけど、
この法則に気づいて、「道」を生きる方向に
舵を切った、という人も非常に多くいます。

しかし、それでもまだ気づかずに、
ずっと損得勘定で生き続ける人がいます。

そういう人は、たしかに
目先の得を取ることがあります。

でも、長期的に見ると、
必ず損をするんです。

目先の金を取った結果、仲間を失ったとか、
目先の快楽を取った結果、体を壊したとか・・・

いわゆる、
「今だけ、金だけ、自分だけ」
という言葉に集約されるような生き方・・・

これが、損得勘定で生きる人の生き方です。

「道」を気にする人が、一番迷いやすい


さて、そうした場合、冒頭にお伝えした通り、
三つ目のタイプの人が一番多いと言えるでしょう。

つまり、損得勘定で生きながら、
同時に「道」も気にしている、という人ですね。

こういう人は、表面上は
損得勘定で生きています。

でも、ふとしたときに「これはまずい」という
センサーが働くんですね。

たとえば、自分が得をする場面に
出くわしたとします。

でも、それをやってしまうと、美しくないんじゃないか、
という感覚ですね。
このせめぎ合いで、悩むんです。

そして、やはりこれが人間の弱いところですが、
たいてい「損得勘定」の方向に行ってしまいます。

その結果、仲間を失ったり、
お金を失ったり、そういう「嫌な目」に遭うんですね。

つかめないから、人は探し続ける


なので、そういう人は、
「なんとか自分なりに、良い生き方ができないかな」
と模索します。

自分でひたすら悩んで
活路を見出そうとする人もいるだろうし、
自己啓発本を読んで、
「何かヒントがないのかな」と
探す人もいるでしょう。

いずれにしても、
「損得勘定以外の生き方があるはずだ」
ということは、
なんとなく分かっているんですね。

でも、それが何なのか全く分からない・・・
分からないから、人生が
つかみどころのないものになっていき、

結局は「損得勘定」に巻き込まれる、
ということを繰り返してしまうわけです。

「道」は、生き方を戻すための言葉


だからこそ、です。
私は、「道」という概念を、ここで強調しているんです。

ここ、伝わっていますでしょうか?

「道」です、「道」。

よくよく考えてみてください・・・
日本の文化に、「道」が付いたものって、
たくさんありますよね?

===

たとえば、茶道、剣道、柔道などです。
そうです。それこそが「道」なんです。
というのも・・・

「良い生き方って、いったい何だろう?」と
想像してみたときに、
全くつかみどころがありません。

つかみどころがないからこそ、
何かをきっかけにして、
それをつかんでみよう、というのが、
茶道や、剣道や、柔道だったりするんですね。

もちろん、それらだけではないですよ。
日本の文化として、何かジャンルに、
たいてい「道」をつけますよね?

たとえば、「寿司職人道」というのもあるだろうし、
営業の仕事においては
「営業道」というのもあるだろうし、
ほかには「野球道」とか「サッカー道」なんてのも
ありますよね。


自分を戻せる軸があると、人生は整う


以下は、日本の高校野球の練習の様子を
紹介している映像です。

韓国人の配信者が、
韓国人に向けて撮影したものです。

===================================
◆参考映像◆
일본이 야구를 잘할 수 밖에 없는 이유! 소름ㄷㄷ (고교야구 3,800팀 : 우라와가쿠인 고교)

(タイトル訳)
日本が野球に強くならざるを得ない理由!鳥肌モノ…
(高校野球3,800校:浦和学院高校)

===================================

このコメント欄を見れば分かりますが、
ものすごい絶賛の嵐です。

日本では、野球を「ただの競技」とは考えていない。
野球を通して、「生きる道」をつかもうとしている・・・

その姿勢に、多くの韓国人が驚いていたんですね。

たしかに、海外では、あまり「道」という概念は
ないかもしれません。

たとえば柔道は、今や世界中で人気の競技に
なっていますが、
世界で行われている柔道は、
「道」ではないですよね?

完全な格闘技であり、
エンターテインメントとして行われています。

もちろん、それはそれで素敵なんですが、
でも、生き方をつかむものにはなりません。

まあ、別に、わざわざ柔道で生き方を
つかまなくてもいいのですが、
でも、何かしらの形で、生き方を
つかんでいく必要はあります。

海外の場合だったら、宗教が
そういうものになっているのかもしれません。

普段は日常のあれこれに押し流されていても、
週に一度、教会に通うことで、
自分を「道」に戻していく。

===

なんでもいいんです。自分なりに、
「これをよりどころにすれば、
何か生き方がつかめるような気がする」
という軸を一つ持っておく。

そして、その軸を常に忘れないようにしておく。
そうすることで、自分の生き方を
常に美しい「道」に戻すことができるんですね。

生き方が美しくなれば、悩みは解けていきます。


一方で、生き方が醜くなれば、
悩みは深まっていきます。

もし、あなたが今、損得勘定で生きていて、
「道」を見失ってしまっているなら、
ぜひ、自分の人生を美しい「道」に戻していって
みると、いいですよ。

今回のお話、ぜひ参考にしていただけたら、
と思います。

人生いろいろですけど、
頑張っていきましょう◎


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