新しく取り直した旧土地台帳を見ながら、
もう一度その場所へ向かいました。
前回とは違います。
今度は、地番のズレを整理した上で辿り着いた場所でした。
通りを曲がると、
一軒の家が見えてきました。
ここだ。
旧土地台帳に載っていた先祖の名前。
その土地が、今の地図のどこに当たるのか。
法務局で地図を重ねて確認した場所です。
生家は、今も残っていました。
そしてそこには、
親戚の方が住んでいると母から聞いていました。
母を通じて声をかけてみましたが、
返ってきたのは、少し困ったような言葉でした。
「もう高齢でね。昔のことはよく分からないんだ」
結局、話を聞くことはできませんでした。
少し拍子抜けした気持ちもありました。
自分の中では、
ここまで調べてきた流れがある。
戸籍を取り寄せ、
郷土史を読み、
法務局で地番のズレを確かめて、
ようやく辿り着いた生家です。
けれど、
それは私の物語であって、
相手にとってはそうではないのかもしれません。
考えてみれば、
母と父でも反応は違いました。
私が先祖調査に熱中していても、
「そうなんだ」という反応の人もいる。
親戚であっても、
距離があればなおさらです。
家の話というのは、
必ずしも誰もが語りたいものではないのかもしれません。
遠い昔の出来事。
自分の生活とは直接関係のない話。
あるいは、
触れたくない事情がある家もあるでしょう。
調査をしていると、
資料は客観的です。
けれど、人の記憶や感情はそうではありません。
戸籍や土地台帳には残っていても、
語られない家の話もある。
そんな当たり前のことに、
このとき初めて気づきました。
もしあなたが突然、
遠い親戚から連絡を受けて、
「先祖のことを教えてください」
と言われたら、
どう感じるでしょうか。
嬉しい人もいれば、
戸惑う人もいるかもしれません。
家の歴史は、
誰にとっても同じ温度ではないのだと思います。
連絡できる親戚も分からない。
長男家の連絡先も見つからない。
同じ名字の家に
アンケートを出すことも考えましたが、
近すぎる地域では現実的ではありませんでした。
そこで、
ひとつ思い当たる場所がありました。
菩提寺は同じはず。
次はそこに聞いてみよう。
調査は、
また少し違う方向へ進み始めました。