怒ってない。ただ…… 怖かったんだ
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コラム
放課後の空は、いつもより低く感じた。
淡い夕焼けが校舎に反射して、
まるで世界全体が静かに息を潜めているようだった。
凪は図書室へ向かう途中、小さく深呼吸した。
今日は悠真と話すことが、少しだけ怖かった。
(だって……昨日のあれ……)
“あの男、だれ?”
“なんで笑ってたの?”
悠真の嫉妬が、
あんなにも真っ直ぐ出るとは思わなかった。
苛立つ声でも、怒鳴り声でもなかった。
ただ、
心の奥から漏れ出たみたいに震えた声。
あれを聞いた瞬間――
胸の奥が、変な音を立てた。
好きとか、
そういう言葉じゃ説明できない、
もっと複雑な痛み。
図書室の扉を開けると、
悠真はすでに座っていた。
机の上のノートは開いているのに、
ページはまったく進んでいない。
凪の姿に気づいて、
悠真は小さく息を吸った。
「……来てくれたんだ」
凪は頷いたが、
視線は合わせられなかった。
悠真はゆっくり立ち上がると、
机の角を軽く握りしめ、
言葉を探すように口を開いた。
「昨日のこと……悪かった」
「……別に。怒っていいよ、
嫉妬って……そういうものだし」
「怒ってない。ただ……
怖かったんだ」
凪は顔を上げた。
「こわ……かった?」
悠真は喉の奥で言葉を
押し出すように言った。
「凪が他の誰かと笑ってるの見て……
俺、初めて“奪われるかも”って
思った」
胸の奥まで、まっすぐ刺さった。
凪は思わず机の端を掴んだ。
少し震えた指先に、
悠真の視線が落ちる。
「……でも、
凪に嫌われる方がもっと怖い」
静かな図書室に、
素直すぎる声が響いた。
凪は唇をぎゅっと結び、
目を伏せた。
「悠真が……
そんなふうに思ってるなんて
知らなかった」
「言えなかった。
言ったら、
凪が離れる気がして」
「離れないよ」
凪の声が震えた。
自分でも驚くほど、
弱くて真剣な声だった。
「そんな……
簡単に離れないよ、私」
悠真はゆっくり近づく。
机を回り込み、
凪の隣に立つ。
ふたりの距離は、息が当たるほど。
「……じゃあ」
悠真の指が、
凪の指先にそっと触れた。
「これからは、
ちゃんと言っていい?」
「……なにを?」
「嫉妬したことも、
不安なことも……
凪のこと、
大事だって思ってることも」
胸がぎゅっと痛くなるほど
温かくなった。
凪は小さく頷いた。
「……うん。
聞かせてよ。全部」
悠真の指が、
凪の指をやわらかく包む。
その瞬間、
ふたりの間にずっとあった
“触れられない壁”が、
静かに音を立てて崩れた。
外の夕焼けが濃くなり、
ふたりの影が
そっと寄り添うように長く伸びた。