ある日のこと。
心の奥深くで、ひっそりと裁判が行われていました。
壇上に座るのは、冷たい目をした「悪徳裁判官」。
高らかに木槌を鳴らし、声を響かせます。
「また失敗したな!」
「努力が足りない!」
「お前は、やっぱりダメな人間だ!」
その声に、被告席に座る“わたし”はうつむき、息をひそめていました。
傍聴席には、父の怒鳴り声や兄弟と比べられた記憶、
過去に浴びた叱責の言葉たちが並び、いっせいに私を責め立てます。
──ああ、やっぱり私なんか…。
そんな思いが、胸の奥に沈んでいくのを感じていました。
この法廷は、わたしだけのものではありません。
誰もが心の奥に抱えているもの。
気づかないうちに、人生のあちこちに影を落とします。
自分を認められなければ、人を認めることも難しい。
自分を責めていると、人の小さな過ちさえ許せない。
そして、その繰り返しが、不眠や不安、体調の不調にまでつながっていきます。
けれども──。
これは「性格の弱さ」や「努力不足」のせいではありません。
ただ、心のしくみを知らなかっただけなのです。
ある日、静かに扉を開けて入ってきた人がいました。
その人は、裁判官の横に立ち、やわらかな声で告げました。
「この被告は罪人ではありません。
ただ、心のしくみを知らなかっただけなのです」
その瞬間、空気がふっと変わりました。
長く響いていた裁判官の声が、少しずつ小さくなっていきます。
傍聴席の影たちも姿を薄め、法廷に静けさが戻ってきました。
「わたしは有罪じゃない。
ただ、心の声の仕組みを知らなかっただけなんだ」
そう気づいたとき、胸の奥にかすかな温かさが広がっていきました。
心の中の裁判は、完全に消えるわけではないかもしれません。
けれど、その正体を知ったとき、もう無力に縛られることはありません。
誰の中にもいる「悪徳裁判官」。
その声に気づき、向き合うことで、
私たちはようやく「本当の自分」を取り戻し始めるのです。
静かな夜の中、わたしはひとりつぶやきました。
「大丈夫。私はもう、あの法廷に囚われない」
そう言いながら、心の中に灯る小さな光を見つめていました。