「悪徳裁判官に裁かれる夜、心が自由になるとき」
記事
コラム
日曜の夜。
明日からの仕事や学校を思うと、胸の奥がざわつく──そんなことはありませんか?
まるで心の奥の法廷で、
「もっと正しく」「もっと立派でなくては」と悪徳裁判官が声を張り上げているように。
でも、その声に従うほど、私たちは自分の一部を切り捨ててしまうのです。
今日は、そんな裁判官との物語をお届けします。
少しでもあなたの心がやわらかくなりますように。
心の奥深く、見えない法廷がありました。
そこでは今日も「悪徳裁判官」が、
大きなハンマーを鳴らして声を張り上げています。
「もっとポジティブでなければならない!」
「善良で、正しくあれ!」
「そうでなければ、愛される資格はない!」
その声は鋭く、私の胸をえぐります。
裁判官は、私の中の「弱さ」や「怒り」、
嫉妬や不安までも被告席に立たせ、次々と罪を言い渡すのです。
けれども、気づきました。
その判決を信じれば信じるほど、
私は「善良で正しい人」になろうと背伸びし、
本当の自分の半分を切り捨ててしまうのです。
やがて、押し込められた影は肥大し、裏側で力を増していきます。
それは、かつて多くの理想郷が崩れ去った姿と似ていました。
共産主義社会も、清く正しくを掲げた共同体も、
光だけを掲げて影を否定した場所ほど、
やがて影が暴れ出してしまったのです。
私は裁判官に問いかけました。
「なぜ、影を悪と断じるのですか?」
すると、一瞬だけ沈黙が訪れました。
裁判官の目の奥には、恐れの色がありました。
影を認めたら、自分の正義が揺らいでしまう
――そんな恐れです。
けれども、私は知っています。
光と影、両方を受け入れたときにこそ、
人は本当の意味で輝けることを。
「怒りも、不安も、弱さも、私の大切な一部。
それを抱きしめてこそ、愛も、優しさも育つのです。」
そう告げた瞬間、法廷の空気がやわらぎました。
悪徳裁判官の声は小さくなり、ハンマーも下ろされたまま。
私の心に、静かな平和が広がっていきます。
そして気づきました。
自己受容も、他者受容も、進化も繁栄も――
光と影の両方を愛することから始まるのだと。