第10話 海でもいきますか?
荷物を積み終えて、あとは、碧斗《あおと》くんのおうちに戻るだけ。
「茉由《まゆ》さん、先に車乗っててくれます?」
「あ、うん」
碧斗《あおと》くんにいわれて、先に助手席に乗り込んだ。
碧斗《あおと》くんは私が乗ったのを確認して、隣に停めてい琉生《るい》くんの車に行って話をしている。
話し終えてすぐ、琉生《るい》くんたちはエンジンをかけて、助手席から見える朱音《あかね》が手を振りながら、一足先に出発していった。
運転席に乗って、エンジンをかける碧斗《あおと》くんに確認する。
「朱音《あかね》たちとなにをお話したの?」
「ドライブして帰るから、先に荷物おろしちゃってくださいって」
「え、…ドライブ行くの?」
私に返事をさせるより先に、車を発進させた。
「嫌な思い出のまま、終わってほしくないし、あとは、あの人が追いかけてこないとは限らないから、遠回りして家に帰りたいし」
碧斗《あおと》くんの意志がはっきりしている様子から、最初の段階から決めていたのかもしれない。
「家のテーブルにお金入れた封筒置いといたんで。お姉ちゃんたちが荷物おいてくれたら、それをお礼にもっていってもらいます。ついでに夕食の食材も買って帰りましょう」
慣れた様子で運転する碧斗《あおと》くんの姿は、安心しかない。
車の中に香る碧斗くんの匂いも、謙虚で、穏やかで、優しくて、自己主張がないのに、安心させてくれる。
碧斗《あおと》くんが隣にいてくれるなら、どんな場所でも最強に感じれるほど、心強かった。
「どこ行くか決めてはいないから、適当に周辺走りながら考えますね」
地元で免許をとったけど、上京してからは運転する機会がなかった。
碧斗《あおと》くんの車の中で、見慣れた景色が、いつもと違う景色に変わっていく。
碧斗《あおと》くんとの記憶に書き換えられることに、心がときめいた。
行く先を決めたのか、碧斗《あおと》くんの運転がさらに安定する。
終着点がどこかわからなくても、碧斗《あおと》くんだったらなにも怖くない。
知り合ってまだ日が浅いのに、こんなに安心できる存在になってくれるなんて…、碧斗《あおと》くんは特別だよ。
「…!海⁉」
景色を眺める中で、碧斗《あおと》くんが行こうとしている場所の検討がついた。
「当たり。今の時期だと少し肌寒いけど、気分転換にいいかなって」
「嬉しい…。海、好きなの」
「うん。好きそう」
なんでそう思ったんだろう?
運転している碧斗《あおと》くんの顔を見ると、本当にそう思っているような優しい笑みを浮かべていた。
碧斗《あおと》くんの快適な運転で、目的地の海にすぐたどりつく。
車がない私でも来れる距離にあるこの海は、休日の遠出の散歩で来たりしていた。
なにもなく、海を眺めるだけで、心が落ち着くことがあって…、今日も、砂浜まで足を延ばして、波の音を聴く。
「車に積んでるレジャーシートありました」
「え…!碧斗《あおと》くん、すごいね」
碧斗くんが敷いてくれたレジャーシートの上に座って、ゆっくりと波の流れを見つめる。
「色々ありましたね」
「…うん、怒涛だった」
「同居決めたこと、後悔してます?」
「ううん。碧斗《あおと》くんに感謝してるよ。…怖かったから。今日は、荷物出すのに時間がかかるから、会っちゃうかなって心配だったけど…、よかった」
「…うん」
「荷物も思った以上に運べたから、次は引っ越しのときにちょっと行くぐらいでよさそうだし。…次も、碧斗《あおと》くん、一緒に来てくれる?」
「当然です。絶対いきます、当たり前に」
碧斗《あおと》くんの存在が心強かった。
気持ちいい波の音、潮の香り、反射する夕日のきれいさ、肌寒ささえ、気持ちよく感じれた。
いい思い出で終わりにできる、ちゃんと、安心した記憶で。
「夕ご飯、何がいいかな」
「引っ越しそばにします?荷物おろすだけで大変そうだし、簡単なご飯にしておいたほうが」
「そうだね。碧斗《あおと》くんは体力ありそうだけど、私は体力ないから…」
今日の荷物の準備だけで、くたずれてしまってる。
「そろそろ戻ろうか」
「そうですね。茉由《まゆ》さんが風邪ひいたらこまるんで」
先に立ち上がった碧斗《あおと》くんが、立ち上がりやすいように手を伸ばしてくれる。
碧斗《あおと》くんの手を掴んで、しっかり目を見て、お礼を伝えた。
「碧斗《あおと》くん、ありがとう。これからよろしくね」
私の声が届いた碧斗《あおと》くんはにっこり笑って、「よろしくお願いします」…その言葉が返ってきそうな顔をしていたのに、届いたのは言葉ではなく、碧斗《あおと》くんのキスだった。
引っ張り上げる腕とは違う手が頭の後ろに回って、碧斗《あおと》くんの腕の中にがっつりつかまり、優しく触れた後に、もう一度、かみつくようにしっかりしたキスが降ってくる。
唇の感触を確かめるように、厚みを味わうように、じっとりと。
奪い尽くすように重なった口が離れたとき、碧斗《あおと》くんの顔は意地悪だった。
「よろしくお願いします」
このタイミングで言う言葉じゃないよ。
普段は穏やかで優しい碧斗《あおと》くんが、なんの拍子でスイッチが入るのかわからない。
私が硬直している間にレジャーシートを素早くきれいにたたんで、空いてる手で私の手を掴んで、ゆっくりと、車に向かって歩き出す。
足が取られる砂浜に、翻弄されるのは私の心か、足元か。
碧斗《あおと》くんが引っ張ってくれるおかげで、いつもより足取りが優しく感じる。
翻弄するのに、誘導するのも上手で、安心をくれて、私はまだ碧斗《あおと》くんが掴めません。