みなさん、楽しいゴールデン・ウィークを過ごしていますか?
京都は4月からの行事ラッシュがつづき、あちこちの神社で、やすらい祭り、神幸祭、還幸祭、5月15日には三大祭の葵祭の時代行列が始まります。
ところで葵祭の斎王役に誰がなるのか、というのは、京都では毎年新聞記事を飾る大きな関心ごとのようですね。
本来、斎王というのは、天皇家の皇女がなるため、身分が庶民のものが代わりに行うという意味で、「斎王」とは呼ばず、代理だから「斎王代」と呼ばれます。で、斎王代になる人というのは、いわゆる京都のミスコンなのかとおもうと、そんなのとはまったく違う。w
斎王代になれるのは、容姿でもなく、実力がある人でもなく、一にも二にも京都を地盤に、京都の古い権力との繋がりがあつい「The 親の七光り」にまみれた人しかなれません!
具体的にいうと、京都出身の財力がたっぷりとある人の娘さんです。お金持ちなので、おのずとステイタスもたっぷりとくっついて、お金持ちしかやれないような習い事や経歴をたくさんもっております。w そういう習い事は、習い事人口がそもそも少ないので、金さえ続けば、トップに上がりやすい領域だったりもします。そういうのをしっかり計算して、京都の金持ちは、高尚そうな、特殊な習い事をさせる傾向がありますね....(汗)
ちなみに今年の斎王代は、京都の賃貸系不動産投資王の娘だそうです。
そして斎王代に選ばれた人は、この祭に、2,3000万円を支払うと言われています。そして、娘が選ばれたことをお世話になった人々にご報告するため、両親とその娘は、第一礼装の着物を「新調」して、各方面の業界のドンに挨拶回りをします。
また、斎王として自分が祭りで着用した十二単のクリーニング代も決して安くはありません。着物とは違う、専門の特別なクリーニングをかけますので、そこに100万くらい(だったかな)のお金を支払って、きれいにしてからお返しするのだそうです。
そんなわけですから、当然、財力的にももっている教養背景としても、皇女代理がやり切れる方、となると、日本有数のお金持ちの家に生まれた女性だけ!ということになるんですね。
ですから、斎王代になった人は運と名誉をここで使い切ってしまうので、以降ぱっとすることがなく、幸せが来ない、などという陰口が叩かれることもあるのだそうです。ん〜陰湿な陰口ですが、さもありなん。w
しかし、うらやましいかというと、まったく羨ましくないのがまた笑えますよね。だって、私ども庶民からすると、そんなお話がこようもんなら、名誉万歳じゃない。きっとそれだけで、死刑宣告を受けたのと同じような心境に立たされることでしょう。w そんな世界に飛び込みたくないのが普通ですわ。
葵祭は、見物人として見る分には良いのですが、内情を知っているものにとっては、イタイ祭り。金持ちがパトロンになって支える京都文化の一端を見るようであります。
また、こうした時代衣装を着て練り歩く人々は、自分でお金を払って参加するイベントになっているそう。実際、京都出身の若者が少ないため、足りない人材は、どこも大学生をアルバイトで雇うことにしています。
本質的にはいまや、土地の人たちが古くから神聖なもののために心合わせてつくった清い御神事色がだいぶなくなっているんですよね。
率直にいうと昔からやってるし、観光引力にもなるから、名物だからという側面が強くなった、京都の壮大なコスプレ行列化なんですよね。その中でも京都の古くからの庶民はそれをきっかけにご近所や友達と再会したりしてなにかと楽しさはありますけどね!
そんな背景もあってか、京都市は、普通ではない容姿や外国人や、コスプレが珍しくない市なのでございます。
そういえば、京都の人=コスプレに慣れているエピソードといえばw、昨年のハロウィンで、うちはスパイファミリーをやりました。
娘たちががピンクの頭のアーニャと暗殺者ヨルさんになって、私が(いい歳して)ロイドさん。しかし京都の市バスや阪急利用してても、乗客はさして驚きの反応はなく、案外、いつもと同じでしたね。
東京みたいに知らない人に評価されたり、指さされて悪口を言われる風でもなく、いたって普通。さらに大阪に行くと、「お!かわいいねぇ〜」と声をかけてくれるナチュラル・フレンドリーなおっちゃん、おばちゃんが多いです。
なるほど、京都のコスプレへの対応スタイルは、時代衣装とかに見慣れているが故に、そっと見守るタイプなのだなぁと思った次第です。
娘たちがGWにやった子供しかやれない巫女さんは、ガラスの仮面の月影先生のような、どぎついタイプのおばあちゃんにしごかれ、怒鳴られ、GW中が舞のお稽古でございました。
この月影先生、いわゆる、他県がイメージする「Theイケズな京都人」だよねぇ!うわ!はじめてあっちゃったw!
とおもって代々京都人の知り合いに聞いたら、あれは京都人ではなく、京都に嫁に来た他県民、とのこと。
京都の歴史分厚いしきたりのなかでうまくやれず、馴染めなくて、そのコンプレックスの塊になった結果、他県から移住・嫁いできた人ほど、ああなるのではないか、というお話でした。
そう、私がようやく会えた!これはステレオタイプのあのイケズな京都人!とおもう人間は、実は京都に来て、絶対的な血筋ヒエラルキー世界と、深い文化教養度を前に馴染めなくてひねくれてしまった他県民出身者であることがままあるんですよね〜。w
家政婦は見た!的に京都に興味のある関東人の皆さん、京都は周辺各藩から出稼ぎに来て、定着している人も多いので、全員が京都人ではないのですよ。 その辺、なにかと気をつけなくてはなりません。w
というか、もともと都民である自分も京都でコンプレックスを抱えた場合、そうなる可能性があるので、ジ〜ジバ〜バになる時には気をつけなくてはなりません。w おそろしや。
でね、その京都ヒエラルキーを勝手に作る団塊世代のおばあちゃん(月影先生)がいうには、子供たちがつとめるこの巫女さんはその昔、従四位を与えられるような高貴な立場だったのだとか。ええ?!そうなの!おもろ!
で、それがどんだけすごいのか、ちょっと調べてみたんだけど、別に官位が与えられるわけではなくて、よくやりました、という要するに、「あっぱれ賞」として与えられる意味が強いのだとか。なぁんだ。(爆笑)
…ていうか、ご奉仕しただけなのに、いきなり望まないヒエラルキーにいれられたくないよ!よかった!
自分の中ではだけど、官位って、貰ったら偉いとはおもえなくて。
たとえば四位貰った時点で、誰かの評価を受けることになるでしょ。
そしてその評価に一生縛られることになることが決定する。それに良いだけじゃないよね。
たとえばさ、日本人が中国の偉い褒賞をもらったとするじゃん。すると中国のために働いた手先みたいなニュアンスも同時に生まれるじゃん?
天皇から褒賞もらったということは、天皇に属している・天皇を国体とする日本のために働いているという自覚がある人だけが嬉しいんだろうなぁと思うんだよね。それでいうと、天皇への崇拝信はないし...
それでいうとはっきり言って、自分は奴隷化されたくないし、誰かの従者にもなりたくないし、誰からの評価も受けたくない。こんなもんいらねぇわ。
と、英王室からの申し出を蹴ったジョン・レノンの気分になったのでした。
まぁね、今は、そんなものに、保証される世の中ではないですよね。
ハーバードでても変なやつは変だし、東大、京大出たやつが万能ってわけでもないし。はぁ、生まれつきスペックが高いんだねぇ〜♡としか思われなくなってきた今の世の中では、もうあんまり意味がないような気がします。
今の時代、何を持って「すごい」の指標は人によって、いろいろになってきたと思うけど、過去は金でした。昭和後期は金をたくさん稼いだやつが一番偉かった。でも、多分、今の平成または令和の子供達は、それが?っていう思いもあるかと思う。競争とヒエラルキーにしがみつく昭和の自分たちのなかに巣食う団塊世代仕込みのおかしな価値指標は、もはや旧遺物、って思われているかもしれない。
これからは、相手のスペックや現在の持ち物、外見、稼ぎではなく、単に目の前の人間に自分が好感を持てるか、そうじゃないか、それだけが判断の指標になるんだと思います。
私にとっては、それよりも、自分で新しい事業を作り出せる創造力をもつ能力の方がすごい、って思う。まさに今はそんな時代だと思います。
平成後期の娘たちもこの昭和塗れの団塊世代なおばあちゃんを前に「変なプレッシャーを与えたがる変なひとで、困る。」とぼやいていました。
そして、この神事、引き受けてみたら、まぁ子供だけじゃなかったんです。
親にも神事の舞を神前で手伝う役割がちゃんとあった。
でも、個人的におお!と思ったのは、ふつうのひとが絶対に踏み入ってはいけない結界地をふむという経験をさせていただいたことかな。
この結界地には、娘たち曰く、巨大な龍がいる、のだそうです。
確かに砂地にたったら、神事の最中、尻尾の方だけみたんだけど、白くて、光が当たると虹色に反射する蛇のようなものをふっと感じました。
(個人の感想です)
まぁそんなこんなで、めっちゃ大変だったけど、終わりよければすべてよし!
京都というと着物だけど、この月影先生からは、「西陣を甘くみないで。織家の目があなたの着物に集まるのよ、1センチ単位で評価されるとおもって!」と脅されてたんですよね。
そんないい着物はもっちゃいないわ、とびびったんですけど、実際、どうだったかというと、西陣の織家さん、実際はみんな品のある落ち着いた人ばかりで、月影先生がいうような、イケズ目線で着物を着てる人を評している人なんて誰もいないですよ!!w あのびびってひよらされた毎日を返せ〜!!w
で、他に参加してるお母さんの中で、このひと大好きだなぁ❤️と思えたママがいたんですよ。気さくで壁を作らず、子供第一で可愛がっている方で、仲良くしたいなぁって、思ってたら、向こうもそう思ってくれてて、お互いにやった〜ってなってたんですよ。
巫女舞を教える月影先生からは「今回参加している老舗の織家には気をつけて」と釘をさされていたけど、うちに限ってはそんなタカビーそうなひととのご縁はないし!と、ほっとしてたんです。タカビーそうな親とは意識的に距離をとったぞ!こういう気さくなママとだけ、友達になりたかったんだよねって、ホクホクしてたのね。w
そして蓋を開けたら、じつはそのひとがその月影先生が気をつけてって釘を刺した織家の老舗の一族出身だったという…
えええ〜めっちゃくちゃいい人じゃん!素敵な人じゃん!一番愛情深いママだよ!!と仰天しちゃいました。
そのひとの背景がなんであれ、人柄が本当に好きで、そのこまやかな気遣いとか笑顔とか、娘の利発さとか。
そこに全く嘘はなく、好きに理由はいらない。
イケズ京都人キャラのよそ者って、そういうことを吹き込んでまで、人間関係をしっちゃかめっちゃかにしたり、人を揉めさそうとするのかぁ〜💦と、ビビりました。事実確認は非常に大切ですね。
いやいや第一ね、自営業をふつうに営んでいて何年も経営をつづけられてきた老舗になるような店なら、ずるくてイケズな一族が運営するのはまず無理。
この狭い京都で、仲間に意地悪するような人は滅びますよ!!
算命学的な話で説明すると、貫索星・石門星があるひとは、経営者だったり自営業だったりが多いのですが、それはこれらの星の人たちは、仲間と一緒にやることで自分の力を発揮するからです。そして、彼らは相手の心の平安を重んじ、仲間と共に発展していくことで、結果的に自分をも守っていこうとする人たちですから!そういうメンタリティじゃないと、自営業の発展はないです。
しかし、こういうことも言えます。自分の宿命の中に、貫索星・石門星が宿命に多い人というのは、意外にも実は不安がたくさんある人、なんです。
前提として、もともとはすぐに不安を抱えたり、怖がりさんが多いひとなんですね。もともと不安が強いからこそ、不安定な自分を安定さそうとして、一本の指標を持とうとします。だから貫索星さんなら間違いのない信念体系だし、石門星なら、このひとならとおもう存在を守ることや偉大な宗教を持つことになったりします。それが不安をおさめるための処方箋でもあるんですね。 そういうものを守り通すことで、潜在的な不安を払拭して、これさえあれば大丈夫、というお守りを手に入れているようなものなんです。
そして、石門星・貫索星が3つも4つもになってくると、もともとの不安感が通常よりものすごく強いが故に、その反動でそのしがみつき度はふつうの貫索星・石門星とくらべて半端なくなります。
その姿が「頑な」「頑固」「融通が効かない」「自分のやりたいことを絶対に通す」「説得魔」になってくわけなんです。強そうに見えて、実は裏返せば、非常に不安の強い人である、というところをちょっと頭に入れとくといいと思います。
だから、石門星・貫索星が多い人が、どのように自分の不安感を解放していくか、ということが、その人生を送る上でのそのひとのテーマになっていきますね。周りは不安な人を相手にするのは、不安故に何をするかわからない面もあって、怖いですがね。
でも、そのひとが過剰防衛をしなくても、安心して生きていけるようになるためには、色々と人間関係の葛藤を通じて、人との関係はどうあるべきかと試行錯誤しながら成長していく必要性がうまれる宿命なんですよね。
宿命の消化はなかなか大変ですが、人間というものを知り、自分の心の安定と他人の心の安定を調整する技術を本当の意味で学びとることが求められている宿命といえましょう。
誰と付き合うかによって、大きく人生の質が変わる人たちですから、人を見る目をちゃんともつようになれれば良いですね。
今日もつらつらと書きましたが、参考になれば幸いです。