仕事でのやり取りもそうだけど、こんな記事を書いてばかりいるせいか、私のスマホには、スピリチュアル系のビデオがお勧めで無数に上がってきます。
けど、本当に中身が薄くて、スピリチュアルの誰さんがどう言った系の、焼き直しが多くて、まったく見るべきものがないという状態になってる。
そんな中、娯楽として非常に面白いスピリチュアルチャンネルがひとつあって、それは七四六家という番組なんですよね。こちら、視聴率広告稼ぎガツガツ感がないので、純粋に昔のyoutubeテイストで楽しめるのがいいんです。
龍高星と鳳閣星テイストの番組なんで、ぜひみてみて。
私もこんな感覚で、霊を捉えたいなぁと思います。(でも生きている人間にすら、予測を超えた反応にたまにビビることがあるので、なかなかそんなふうにはなれないかもですね。w)
ちょっと説明しますと、七四六家というのは、くま子さんという生まれつき霊能力をもつ、(ただし、自分のアンテナを合わせる幅は基本的に、成人幽霊で子供・動物の霊はあまりみない。)調整しなくても普通に霊の存在が見える、会話ができるどこにでもいるような普通感覚をもった現代女性が、ファシリテートの非常にうまい見えない男性と組んで、街角にいる幽霊たちにインタビューして回るという番組です。w
それだけでも面白そうでしょ?
その前に、ちょっとお話しさせていただくと、この間、江原啓之氏がyoutubeで、カミングアウトしていたことがあって、それは、過去大ヒットしたオーラの泉について、オーラの泉は実は、ほとんど美輪明宏さん主導の元つくられていた番組で、誰がメインキャストなのかもよくわからない状況で視聴率を上げる江原さんが重用された経緯についてだったんです。
江原氏は、オーラをみたり、そのタレントさんのイメージが上がるような前世を探してきて番組で伝える、といったことを求められるままやっていたんだけど、それは当時、呼ばれていったなかで訳も分からず巻き込まれていっただけなんだそう。
今になってあの時を冷静になって振り返れば、霊能力を通して、見えない世界を純粋に研究して勉強して、霊との共存は普通、バランスを持って一緒に共存できる、といったことを普通のひとに伝えるという目的があった「天国からの手紙」が自分の目的に近く、自分としては「オーラの泉」の番組での本質的に重要でない霊視は本意ではなかった、ということが動画の中では、語られていました。
それでも、美輪明宏さんのなかには、昭和の「あなたの知らない世界」=オカルト=霊の土台がある人間たちを前に、明るい霊的側面として、芸能人のオーラを見たり、華々しい過去生と共に取り上げることで、一般の人の関心をひく意図があったようで、「こういう世界があるんだよ」という違う目線で啓発することで、世の中の誤解を解こうという視野があったのではないかとも、番組中、合いの手を入れた人は、そう言っていたんですよ。
でも、スピリチュアルを身近にした「オーラの泉」が、もし、そういう目的だったのでであれば、まさに令和でそういう目的を果たしているのが、この七四六家ではないかと思うんですよね。w
日本人にとって、古来お化けは恐ろしいだけのものではなかったと思うんですね。水木しげるさんのように、異世界の生き物として捉えていたのではないかと思う。もともとこの世で目にする霊というのは、未練を残して人を呪いつづけるようなおどろおどろしいものだけでなく、あの世に行くまでの間に自分の人生の振り返りや思いのこしを整理する時間として、見えない体のままこの世にとどまる存在。
それは、宇宙人や妖怪やたぬきや狐、もののけのように、人間とは違うけど人間の世界に重なるように生きているわりと身近な存在だったのではないかと思うんですよね。
人は未知のものを恐れます。知ることによっておそれはなくなるんですけど、知る術がない。だから、霊が何をしてくるのか、なにが目的なのか分からない、そして、どういう影響をもたらすのかもわからない。
だから怖いんですよね。
霊能力を持たず、その知識もない人にとって、そんな恐怖や不安を呼び起こす霊といった不可解な存在を、七四六家のくま子さんは、私たちの感覚や常識を基準にして、そのまんまの感覚で、霊との間に入ってリアルタイムで通訳して、たんたんと状況を普通につたえてくれているんですよ。
一般の人がまるで、見たことのない異形の外国人を説明によって恐れなくて済むようにしてくれているかのような、そんな番組スタイルがすごくいいなぁと。徹子の部屋が、霊がゲストになるだけ?な番組?
そして、インタビュー中霊が凄んできたとしても、「霊が攻撃してきた!」と大袈裟に対応する霊能者と違って、そこら辺にいてちょっと腹を立てるおっちゃんのように受け止めているくまこさんの言動からは、むしろ「ああこの人たち、生きてる人とほとんど変わらないんだなぁ」という安心感が生まれます。
変に色をつけず、この、たんたんと、っていう感じがいいんですよね。w
くま子さんの自然さを見ていると、江原さんも並木さんも霊能力はすごいんだろうけど、感情入りすぎ。大きなことにしすぎ、と思えてしまう。
なにか特別な教えとか思想とかは、くま子さんにはなくて、そこらじゅうに浮遊している霊の語ることを普通に通訳してくれるのがいいんですよね。
霊のいうことをうのみにして、言い切らないというバランス感覚も良いです。
最近の動画で面白かったのは、ツアーガイドの霊がゲストだった回。
見えない世界でも、インバウンド観光客の増加によって、国際化が進んで大変なことになっている!と怒り心頭の、元ツアーガイドの日本人の68歳の霊のお話でした。
生きている人間の世界で、日本に来る外国人観光客が増えてくるにあたり、相関してその観光客の背後霊もいっぱい増えてきているんだそうです。
そして、浮遊している日本人の霊と海外の霊との間でいざこざが起き始めているそうなんです。川口の事件と同じようなことが霊の間でも起こってる?!
しかも、(霊同士なのに)言葉が通じない。話してわかる相手ではない。
もちろん、お互い、ポケトークはもってない!w
そして、生きている人間の方は、日本に興味があって旅行を楽しんでいるけれど、その背後につく人たちは何世代も前の、その国の背後霊たちだったりするので、アジア人を見下す差別感はそりゃ凄まじくて、差別用語も発するし、失礼な態度もジェスチャーも、純粋にそれをまったく隠そうともしないので、見えない世界では、日本人霊たちが怒っていると。
さらには、日本にいる日本人浮遊霊を威圧していつもいる場所から排除しにかかってきたりするのだそう!
除霊して霊を追い払うという発想が生きている人間にはあるのに、なんだか霊同士追い払われる霊の身の上話を聞いていると、同情したくなるこの心境、なんだろう?この気持ち。と自分に問い掛けたくなります。w
なにより辛いのは、生きている人間は、入国審査とかあって、問題のある人を制限したりできるけど、霊の世界には入国管理局がない!!
だから、マナーの悪い国際背後霊たちには、本当に参ってしまっている!
とくに某国!!
と、同時霊通訳によると、その日本人ツアーガイドの霊は言っているとのことで、
霊の世界が見えない人間がそういう話を聞いても、さもありなん、と思えてしまうのが面白いんですよね。w
そのツアーガイドの霊の年齢は68歳で、コロナ前に亡くなったそう。
見た目は30代だそうですが、本人申告では68歳だそう。それはその人が自分をどう思っているかという姿が霊体になっているんで、「私は20代」って思って生きているおじいちゃんやおばあちゃんは、死んだ後に若くなるのかもしれないし、若くても60代のように思っていれば、老人のような形になるのかもしれません。
そして、背後霊の態度が悪いって、浮遊霊たちがいうのも興味深いですよね。
一般に自分を指導してくれる人というのはできた人間だと思いがちですが、背後についている人に、人種差別意識がそのまんま残ってる!?
むしろ、生きている人間の方が人種による差別意識がないなんて!
過去の人ができてて、現代の人が未熟、という考え方も、実は幻なんですね。
だとすると、後ろの霊がなんでもかんでも優れているってわけじゃないわけじゃないですか。自分についている人が、人格向上に導いているとは言えないかもしれないのに、私の背後霊がそういうんだから、じゃあ、そうしようかな。っていうのは、やっぱりよくないんだなぁと思いました。
あと、七四六家で面白かった回と言えば、例えば、前に、オウム真理教の跡地の霊視で、修行中に死んだ後も、その場所でいまだにそうした信者がそこで修行している!みたいな霊視内容があったことも興味深かったです。
この世であの世のような神的な存在になりたかったんだとしたら、死んだ今こそそれが実行できるはずなのに、そこに気が付かないで修行三昧って、求道者こそ、ありがちですね。
で、番組を見ている人の中には、同じように割とはっきりした霊能力があって、番組から声を聞き分けて、くまこさんの話している相手の会話を聞き取ってコメントにライティングしているひととかもいて、そういうのをみても、あ〜割と見えている人や聞こえている人って世の中多くて、そんなに特別なことではないんだなぁと思えてくるので、不思議ですよね。
これってこういうことかなって思います。
生日中殺の娘は、耳を動かすことができます。
私や他の家族にはそれがどうやってもできません。
でも訓練したわけではないのに、そうした本来はみんなそうあったであろう、原始的な性質を残したまま生まれている人がいる。
それと同じように、霊能力ももともとはそういうものだったんじゃないかとおもうんですよね。だとしたら、それがあるからと言って、特別崇めることも、先生として学ぼうとするのも、なんか違うのかもしれませんよね。w
エンタメとして、そういうこともあるんだ、面白いねって受け止めるくらいがちょうどいいのかなと。
問題は、中途半端に霊が見える人、感知しちゃう人ですよね。(自分も含めてだけど。)
そういうひとの反応が面白くて、あえて脅かすのが好きな死人とか、自分の話をひたすら聞いて、聞いて、と、生前ならば、こっちの状況無視して夜中電話してくるとか、一方的な人、重たい人、そんな迷惑系の死人の場合は、死んでも変わらないキャラのまま押し通しちゃうんじゃないでしょうか。そしてそんなひとが、やっと気がついてくれた、話せる相手、自分を気にしてくれる人をより好んで近寄ってくるのは、想像に難くないですよね。
そして746家の番組の準レギュラーになっているのが、ヒロシという霊体で、彼は生きている時に舞台人だったんだけど、売れなくて、死んでからこの番組に出れて、多くの視聴者を獲得できたことを喜んでいるという霊体なんですよね。w 死んでよかった〜!やっと売れた!って言ってるんですよ。w
で、じゃあ、彼が四六時中、話ができるくまこさんのところにいるのかというと、そんなことはなくて、ちょっとここでまってて、というと、何日も何日もそこにずっといて、あとで思い出して、くま子さんが呼びに行くとその場所に立っているらしいです。
人間だったら、待ちくたびれたよ!ってなるけど、霊には時間感覚がないので待つことが辛くないようです。w
そんなに霊と話ができると、近寄ってくるだろうし、余計な声は聞こえるだろうし、生活がめんどくさくないのかな、と私などは思いますが、くま子さんは程よい距離感を保ってます。生きている人と変わらずに、彼らとも人間同士の付き合いで接しているようですね。
霊が自宅に現れた、とか霊が夜中に出てきて、なにかものを言ったとかっていうのは、非常にビビることだけど、くま子さんの番組を見ていると、人間と同じように霊にも個性があるんだね、というのが非常によくわかる。
生きている時と変わらないキャラで生きようとするんだなとか。
私、これだけ辛いんです、苦しんでいるんです。ってアピールしてまわりにすがり付いてくる人は、死んだ後もおんなじことをやっていて、しつこくまとわりついて、家の中まで入ってくる、みたいなことなんだな、とある意味で、オカルトに出てくる霊の話の裏事情を理解してほっとしました。
算命学で語りますと、算命学にはあの世の星というのがあります。あの世三兄弟と呼んでおりますが、天極星・天庫星・天馳星と身弱な十二大従星の方が当てはまります。
どういう状態のエネルギーなのかというと、こんな感じ。
天胡星(病気の死に際・時々臨死体験もする。)からあの世をスタートするとすると、
→天極星(死人初心者か、魂のエーテルコードが切れた状態で浮遊。この世の記憶や生前パターンは保っているけど、物理次元の時にはあった時間と空間が無制限になる状態。)
→天庫星(死人生活にもだいぶ慣れて、整理整頓して、肉体があった時の環境とのご縁を切って、未練が消え、身仕舞いをする状態)
→天馳星(多次元世界に旅立ちました状態)となります。
算命学で言うと、くま子さんが取り扱っている世界は、この世でもなく、あの世にもまだいっていない、天極星の世界の人との交流そのものなんですね。
そしてこの天極星の世界というのは、死人初心者として、生きていた時には制限があってできなかったことなどの制限を取っ払えるので、世界認識をするためにいろいろなことを試したりしてる時間なんですよね。
なので、天極星は、龍高星・玉堂星が陽占面になくても、好奇心旺盛な面があります。
天極星の期間というと、アカデミックにいいますと、古代のインドでは49日が、人がつぎの生に輪廻転生するまでにとどまる時間と考えられていて、そこから仏教の49日の法要の期間みたいなのも発想として生まれてきたんですが、実際には、この49日というのがこの世で測った場合の天極星の平均滞在時間なのか、死人にとっての主観的な体感時間なのかは、わからないですね。
で、くま子さんの番組ではないんですが、前に臨死体験をした男性のお話を聞いた中で、とくに人間臭くて印象深かったエピソードがあって、
死んでまずひとは何をするかってことが、男性死人初心者には、わりと共通することがあるそうで、
死んだ後、いろいろなところに無制限にいけるし、自分の姿が透明になったなら....となったら、みんながやってみることがある!....というんです。
それは、
女風呂を覗きに行くこと!!!
やっぱり、それかー!男って、バカやな〜!!w
(あのね、死んだ人に言っとくけど、京都の銭湯には、おばあちゃんしかいないからね?基本。w)
で、死人男性は、ワクワクしながら覗きにいくんだけど、死人、総じてそこでがっかりするんだって。w
というのも、女性の裸体を見ても、なんにも感じない。
なにも湧き上がってこない。
ただ、女性の裸体がある事実を事実として淡々と受け止める感覚しかない自分にびっくりして、しらけて面白くないんだって。w
そして、「あ、俺、本当に死んじゃったんだ....」って悟るんだそう。
そして、これまでのワクワクした興奮や極端な感情のジェットコースターは、肉体が意識へ運んできた麻薬のような刺激だったんだってことに気がつくんですよね。
(このことは仏教でも語られています。)
そして肉体からの刺激があんまりにも強いから、その刺激に酔ってしまう。
これが人間。
天極星の世界では、死人初心者ですので、生きている時と死んでいる時の違いを実験するため、そうした刺激を取っ替え、引っ替え体験してみようとします。どこまでも遠くに行ってみたりね。
とある、私の相談者であった天極星のおじいちゃんは、自分がイケメンだったこともあって、取っ替え引っ替え自分に興味を持った美女とやってみた!んだそう。w (そういう極端な刺激を試してみたい人なので、天極星はそんな体験を持っている人が結構います。そのおじいちゃんからは、各時代の印象に残った美女の、生々しくエッチな話を淡々と聞きました。w)
でも、その刺激が終わってしまえば、やっぱり、達観してしまって、なんだか生きている実感としては、なんか物足りない。(多分、感情の麻薬の切れるピークが早いんでしょうね。)
天極星の方というのは、好奇心のままに物質的な強い刺激を次から次と試してみるんだけど、やっぱりどこかですぐに冷めては我に帰ってしまうみたいなところがあるようなんですね。
その姿が、生前やれなかった楽しそうに見えたことをハッスルして繰り返すんだけど、生きている時そのままの刺激ではなく、あくまでバーチャル的になって冷めてしまう、死人初心者と同じ心境なのだろうな、と思わせられる点なんですね。
死人なんで、生きている実感を味わおうと、よくあるドラマみたいなシチュエーションに飛び込んで刺激物に飛びついてはみるけど、実際は妙に冷める、おもったより楽しくないということで、焦りを感じる天極星のひとが割にいるということです。
そして、天極星の方のお話を聞いてますと、共通して、自分のお話をされているんですけれども、そこに自分が存在していないかのような感覚の視点でお話をされていることをよく感じますね。実在感がない。w
「いやいや、それ、自分のことだろう!」とか
「え〜っと、あなた、当事者なんですよね?」
と、こっちは天極星のナレーションのような語り口になんとなく突っ込みたくなること度々。
本人としては、一生懸命語っているつもりなんだと思うんですけど、まるで引退者のように見えるというかね。
なんかあの世の意識があるせいか、周りは影の薄さを感じるんです。w
でも、それがその人の個性なので、それがいかん!とかいうわけじゃないですよ。もちろん。w
だからね、天極星の人というのは、極端な異世界・物質欲・名誉欲・性欲といったもろに物質欲に塗れた世界に飛び込んでいるようでありながら、案外とそういう物質界の欲を達観した目線も同時にもっているという矛盾した性質を見せるんですよね。
あの世(精神世界)とこの世(物質世界)との間を行き来する人たちですのでね。w そこが、現実をバリバリ生きる身強の人間には、影の薄さがどこかある、つかみどころのない人間にうつるし、どっぷり精神世界を生きる身弱の人間たちには、割り切り悪く、中途半端にこの世に未練を残している人風に見えるのですよね。w
(多分、本人的には自分を生きているだけの話で、そんな意図はないのかもしれませんけども。)
くま子さんがインタビューするゲストたちのお話は、そうした天極星の方にフィットする世界観が必ずあるはずです。
物質界と精神界の味見、それが天極星所有者の世界。
そして、両方テイスティングして世の中を語る、ソムリエ的な存在。
人生は、神の雫!
遠峯一青のように語ってください、人生を。w
実学算命学では、天極星をそのように把握しております。w
かなり前に、天極星の方にリクエストされていた記事をお書きしました。
天極ネタはまだあるので、またいずれ書くと思います。