秋が深まってきましたね。まだ紅葉の見頃にはちょっと早いかなぁという感じの京都です。朝晩の冷え込みが始まって、うちもストーブを使い始めました。
昨日の記事は、玉ちゃんの英語教育のことを書いたんですけど、一応、個人情報的なものも含まれるため、本人に文章を見てもらってからアップロードしました。
成長過程をのりこえて、知能指数的なものも、発達の問題も、あのときとは状況が大きく変わっているため、今なら書けることもある。そして、結果がはっきりしたから、これからのひとにこうだよって言えることもある。
でも、本人・玉ちゃんはどう思うんだろうな、と心配になりながら読んでもらい、違うところがあったら言って欲しいと、改めて感想を聞いたんですね。
玉ちゃんは長文を読みながら、「いや、嬉しかったよ!」とニコッと笑いました。
「すっごい、良くかけてる。お母さんが、全部、私の言いたかったこと、抱えてた思いを掬い取って、誰にでもわかるように書き表してくれてた。正直、ここまでわかってくれてるということに、すごい感動した!」
と、キラキラした目でそう言ってくれたので、ほっとしました。
玉ちゃんは、4年生。メンタルが安定し、言語化できるまでに成長し、いろいろなことが客観視できるようになってきたこの段階で自分を振り返れたので、本人の中でもこれまでバラバラだった記憶が一本の線になったようなんですね。
最近のたまちゃんは、自分の赤ちゃんの頃、母親がかいた成長日記を読み返してもいて、「私って、小さい頃の記憶はなかったけど、実際、こんなことがあったんだね、こんなふうに思われていたんだね」と言っていました。
10歳って、まさにそういう段階なんですね。
アルバムや子育て日記は、親が自分のために書くのではなく、やっぱり子供が自分を確認するために必要なものなんです。
自分でみても、もういまはすっかりわすれていたことが、日記に細かく書かれていて、我ながらびっくりします。
うちのママンから、私の子育てについて、なにひとつおぼえていないと言われた時はショックでした。そうか、忘れるものなんだ、ならちゃんと書き残しておこう、と、同じ思いをさせたくなくて、妊娠から3歳くらいまでは、毎週写真つけて、なにかしら書いていた気がします。
昔、写真屋さんだったジャパネットタカタの高田社長さんが言っていたことをよく思い出すんですけど、
子供はね、アルバム開いて、自分の顔を見てるんじゃないんだよ。自分をみてもたいして感動はないけど、気になるのは親なんだ。実は、自分と一緒に写っている親の顔を見て、自分がどのように思われているのかをみて愛を確信しているもんなんだよ。だから、お父さん、お母さんの写真写りが大事なんだよ。
って話です。
確かに写真はいわば証拠品みたいなもの。思い出は忘れても、子供がそれを見た時に、その写真と自分の深いところのエネルギーがつながって、気持ちがげんきになれるんですね。(逆に悲しい体験をした人は、写真を見ることが辛いこともありますが。)
親に反発していた映画監督が、アルバムを開いて、心変わりしたというエピソードも聞いたことがありました。
今、その言葉から実行してきた、アルバムや子育て日記が、子供たちのアイデンティティの構築に非常に貢献してくれています。
周囲から呆れられても、子供のために熱意をかけて記録を残しておいたことが今になって花開いてよかったです。
子育てにおいて、大事なことは、やっぱり月並みですが、愛だと思います。
どんな宿命の子にも必要なことは、これです。
あなたは愛されて、大切にされて育ってきたんだよ。
これがあるかないかで、人間は生き方がまるで変わってしまうと思います。そしてそれが揺るぎない自信になります。
私が中学の時に真剣に死ぬほど悩んだことは、
「人類は宇宙のゴミなのかもしれない。だとすると、私の存在はここでなにを意味するのか?」という哲学的な苦しみでした。
そこに向き合って答えてくれる大人もいませんでした。
自分の存在って、一体なんだったんだろうか??いてもいなくても同じ?
そんな思いがぐるぐるしたまま大人になる時間とエネルギーは、思考を深めるのには役立ちましたが、できれば娘には私のような思いを辿らずに、そのまんま、自分のしたいこと全部に打ち込んで育って欲しい、と考えました。だから、子供のためにやれることは全力でやりました。
昨年までの天誅殺のハチャメチャぶりとは打って変わり、今年は精神的な安定度が全然違う玉ちゃん。プチ留学も経験し、大きく変容しました。
中身が一気に高校生になった感じです。本質につながる天恍星が生きているのでしょうね。今回、自身について描いた母のブログを読んで、彼女的にも自分自身についての気づきがあったらしく、それがまた今後の自信になったようでした。
一方、下の娘は
「ちょっとお〜、お母さん、ぴよぴよあたまってなんなのよおおお〜!ひどおおい!」と叫んでました。w
「いや、これ玉ちゃんメインの話なんで....大丈夫、悪い意味はないから」と説明したんだけど、不服そうでした。
そして、「そうなのよ、私パパを広い心で、ゆるしてやったのよ....」とにやけていました。ほんまに面白い娘です。
◆英語は今、サバイバルツールになりつつある
さて、たまちゃんが、世界中と友達になるために習得した英語。
2023年時点で、世界で英語を話す人の数は約15億人と推定されており、世界人口の約18.07%に相当します。これは、世界で最も話されている言語です。
でも、なによりも大事なのは、母語。日本語。
母語がきちんと使えないということは、日本人独自のperceptionや概念を継承していないということと同じです。
「英語と日本語は、概念をそのまま翻訳できない。辞書や翻訳アプリで直すものは、確かに近いし、似てはいるけど、結局、土台になる発想において、日本人と英語圏の人たちとは全く違うものだからね、日本人は、どうしてネイティブがそういう発想をするのかというところまで理解しないと、二つの言語を理解したことにならないの。そのためには日本人がどういう価値を重んじているのかを言語化できなければならないんだって、最近よく思う。海外の子からも聞かれるしね。」
というのが、バイリンガルの玉ちゃんの結論です。
これは、言い換えれば、一言語しか学ばないことは、比べるものがないわけなので、その言語自体の理解も薄くなり、母語の本質的な理解を取り出すこともできない、ということも言えそうです。
そして、幼児期にはとても低かったたまちゃんの言語IQですが、今は逆にその領域が一番高いと言っても良いでしょう。
それは、日本語と英語、膨大な量の本を何冊も何冊も毎日読み込んできた結果なのだと思います。私が読ませたわけではなく、私の仕事は電子書籍図書館と契約したり、興味あることへの関連本を揃えることだけでした。
我が家には膨大な本があり、周りからびっくりされることたびたびです。これでも200冊ほど処分したのですが。
たまちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんは、うちの子供たちが他の孫たちと比べて、圧倒的に普通ではないので、やばい子育てだとどこかで思っているらしく、テレビを見せて、もっと大衆的な視点が持てるようにしたほうがいいと、うちによく言ってきます。親(わたしとぴかちゅう)の洗脳か、何かだと思っているようです。
でも、私たちのやってることは、なにも特別ではなく、こう言う親世界にはたくさんいますよ。世界のトレンドが日本に入ってこないだけなんですよ。
玉堂星・龍高星主星の子供は、知識を得るために苦痛は感じません。むしろ、エンジンフル稼働です。
これまでの京都駅近くのインターナショナル・スクールでは、施設が危険だからと、図書室に自由に行くことを許可していなかったんですね。
でも今の京都の公立は膨大に図書があって、好きなだけ読める!!最高だ!
と思ったと玉ちゃんは言います。
いつも図書館に入り浸るのが日課で、何冊も本を借りてきます。龍高星・玉堂星は言い換えると、情報オタクと言っても良いでしょう。
ですから、玉堂星・龍高星が、人生で行き詰まりを感じる時は、手にしている情報量や学びのレベルが自分の星(本能)と釣り合っていないことが多いんです。学習投資ができていないときもそうです。
つまり、周りの環境から十分に学べていない。もしくは自分自身が好奇心を正しい方向でいかすことができていない。
たまちゃんのようなひとたちは、常に新しいことを知っていたいんです。
それが何の役に立つかというのは二の次で、とにかく、自分の知らなかったことを知ってワクワクして生きていきたいんです。
そういうひとに英語は、これからの社会必須です。
これまでは英語なんて、わざわざやらなくても良かったんです。経済力が強く、日本の内需だけでやれたし、国の影響力が強かったからです。
でも今後は状況がすっかり変わります。
外資視点になってみればわかりますが、それは、今後、人口が減っていく市場規模の小さい、特殊な言語や価値体系を持った日本向けの製品が、わざわざ作られなくなるからです。顧客の要求が高い日本のサービスレベルに応えるのは大変だし、日本語にわざわざ翻訳するコストをかけても、企業側からすると得られる利益が少ないからです。
ですから使い古した商品サービスとか、よほどのヒット作でなければ、日本に入ってこなくなります。あえて日本向きに作れば、翻訳コストや時差が発生して高額➕時代遅れになります。
日本が世界のトレンドからどんどん遅れていくことになるのです。
トレンドについていくかとか、それを選ぶか選ばないかはともかく、日本だって、世界が何を考えるか、どこに視点を向けているか、何をやるにしても、世界全体の動きは知っておく必要がありますよね。
実は、政治の大失態・失われた20年が引き起こした情報格差により、世界の田舎者になっていきつつあるのが、今の日本社会なんです。
英語圏話者の人口は多いですから、英語でひとつの製品を作れば、マーケットは何カ国にも渡って大きいです。ハリウッド映画だって、ほとんどそのまんまの形で流通させられます。英語圏には多様な優れた製品や情報や教材がリアルタイムで流れやすいということです。
そんな時代背景のなか、こどもが英語と日本語を使いこなせるように育ったことの大きなメリットは、英語圏では当たり前になっているトレンド、日本にはない優れた教育プログラムを翻訳のタイムラグを挟まずに子供たちがそのままの形ですぐに活用できることです。
これは、北欧のひとが、英語がめちゃめちゃ得意な環境背景と同じです。
日本もそうなっていくだろうと思います。
母語が一番大事なのは当然のこととして、この時代、英語じゃなくても、スペイン語でもフランス語でも、ツールとして別な言語圏の共有言語を最低ひとつ持つことは、今後、日本の子がサバイバルできるかどうか、リアルに直結していくことになるでしょう。
とくに玉堂星・龍高星は、もともと無限に学べる世界との接点が必要です。
その後アカデミックな世界に進む可能性の高い子とも言えますので、多言語を使えることが、いずれ必ず役に立つ日が来ます。
親として、この星が多い子供を持ったとしたら、無形遺産を与えるつもりで、最低限の教養として、外国語能力を上げる環境を応援してあげてください。
◆教養の高さが、30歳以降の人生の次元を変える
大人の玉堂星や龍高星が悩み迷っている場合はどうしたらいいのでしょうか。知的探究世界の深堀レベル環境が、自分の宿命とちゃんとあっていることがとても大切ですが、本人からは今の学びのレベルが自分に合っているかというのは、なかなかわかりません。
そしてどちらの方向へ学んでいけば、自分が満足度が高いのかということも、自分を俯瞰して見ることは難しいものですが、
趣味としてでもいいので、深堀り研究テーマや、オタクになれる領域を持っていると、龍高星・玉堂星は強いです。そして、人生に満足感がありますね。
子供であれば、電子書籍だけではなく、習得本能の星をもった子供がいたら、海外の本がいつも近いところにある生活を心がけると良いと思います。
玉ちゃんは今、ダブルスクールをしていて、昼は公立、夕方はオンライン・インターで、アメリカの教科書を使って学んでいるのですが、親から見て、アメリカの教科書と日本の教科書のどこがちがうか、と言うと、アメリカの教科書は、なにをテーマにするにしても、世界のさまざまな事例がたくさんでてくるところですね。
家というテーマならば、世界中の家が出てくる。逆さまの家、遊牧民の家、卵形の家、そしてそれについて、さまざまな価値観の事例が出てくる。その上で、あなたはどう?あなたはなにを考える?というようなスタイルで、授業が展開していきます。
要するにアメリカの教科書は、多種多様の中で、答えは先にあるものではなく、子供が選択するもの、というかたちにできているんです。
公立の日本の国語のテストを見ても、自由意見というか、自分の意見を書かせる問題や課題はほぼありません。逆に、筆者の意図はどこにあるでしょうか、という問題はたくさんあります。
違うことを楽しみ、異世界を知って、ワクワクする龍高星・玉堂星の好奇心が満たせるのは、やはり、アメリカの教科書だろうなぁと私は思いました。
こういうことを体験させてあげる選択が生まれるという点でも、最初から英語を使えるように育ててあげるのは、玉堂星・龍高星の多い子供にはプラスになると思うんですよ。
授業の後、教科書を持って、子供が「お母さん、知ってる〜?アラスカってこうなんだって!」と説明しにきたり、その後で、自分でネットで調べている姿を見ると、やっぱり、英語圏の教育と日本の教育と同時に両方学ぶことのメリットは大きいと感じます。
そしてあなたが親ならば、「こういうことに困ってるんだよ、なんとかならないかなぁ〜と相談してみる」という「教育」を、玉堂星・龍高星の子供にしてみてください。それが、本当に役に立ちます。親が答えをいうのではなく、こまったことを子供と共有するんです。
基本的に親思いの子ですから、一生懸命調べて、解決しようとしてくれます。その解決プロセスで、役に立った経験をもとに、知っている情報をどう活用して、問題解決にあたるかの発想を得ることにつながっていきます。
教育界全体を見ても、物事の事実を事実のまま見つめる視点から、自分で課題を見つけ、解決策を考える。これがこれからの世の中で、社会に求められていく教育基本スタイルになっていきます。
実は、発想の自由さ、は、本来は日本人の得意分野なのですが、いまの日本の教育には欠けている部分ですので、海外土壌からダイレクトに取り入れるべきだと私は思います。
そして、それにあたっては、なにもないところから、自由発想をしろといわれても無理な話で、インプットがたくさんあって、アウトプットにつながっていくことはいうまでもありません。だからアメリカの教科書には、たくさんの多様性の事例を載せているのだと思います。
私が若い頃印象に残ったのは、戦前生まれ知識人たちが、知性というものを語るにあたり、何を大事にしていたかという話です。
昔、美輪明宏さんが、戦後の知性の高い人たちの集まるサロンを通して、彼らからおそわったのは、「きみ、若いうちからたくさん教養をつけなさいよ」ということだったそうです。勉強が大嫌いだった美輪さんですが、恋人にいやいややらされてきた教養の勉強は、30歳を超えてその価値がだんだんと理解できるようになっていったと言います。その恋人には、どのラジオのチャンネルを合わせても、どんな世界に遭遇しても、それを楽しめるような教養の下地をつけなさいよ、と言われていたそうです。
美輪さんとおなじように、若い頃は、それが何の役に立つのかわかりません。
ですが、徹底的にいろいろなことを体験し、人の話を聞き、あらゆる領域の本を読んでいる人というのは、本当に、脳の発達段階の完了の30歳ごろから、不思議なことが起こってきます。
バラバラだった情報素材から各々突起が生え出し、他の情報素材とつながり出すのです。そして、意識の上で、「あ、これはこの世界のこの話と同じだ!」ということに気がついたり、「この人が目の前で話していることは、あの人が言っていたことと同じだ」と気がついたり、「いま、このひとが軽く触れただけの一言は、あの事件のことを言っているんだ」と、突然、じぶんだけが気がつくようになっていくのです。
一つを聞いて十、分かるような、理解・ひらめきが多発するという経験は、実は30歳前までどれだけ多くの分野の体験と学びにふれてきたかということと完全に相関関係があります。
しかもこのひらめきと、IQ値は関係ありません。
お金を惜しんでしまい、触れてきた教養世界が狭い。本も読んでこなかったとか、専門性の高い人たちの話を聞きにいかなかった、またはワークショップに参加したり、自分から出かけて行っていろんな業界を見聞きする体験が少なかった人は、そのネットワークが小さいので、歳をとっても、気づき・ひらめき、はなかなか起こりません。
30前後で脳は学習において機能性を変えることがわかっていて、それまでに世の中のいろんな素材をどれだけ頭の中に入れているか、というのが、30歳以降の判断力や知性を左右していることも実験でわかっています。実際、多くの知識人は体験的にそれを知っていますが、世間に向けて言わないだけなのです。賢さは、若い頃にどれだけ、いろんな世界や素材に直に触れてきたのかと大きく関係します。
学校で求められた課題をこなして、いわれたことだけをこなし、アイドルに入れ込んでたり、スポーツに熱狂するだけだったり、週刊誌だけ読んで終わっているような、消費型の娯楽情報にしか触れていない人たちには、このひらめきはもちろん起こりません。
一方、一次情報や面授による学びは、頭の中の爆竹みたいなもんです。
たくさんの知識や体験という爆竹を詰め込んだ人は、30歳以降、つぎつぎとひらめきの大爆発を起こしますが、爆竹の量が少なかった人は、その爆発がどうしても小さいんです。
子供達にとっては、それがいったい何の役に立つのかがわからなかったとしても、30以降の爆発を体験してきた大人は、子供に広い体験と実学経験をさせることの価値を良く知っているはずです。
だから、京都の教養層は、京都市内の子供にできるだけ教養体験機会を格安で用意するし、親も参加するんですよね。そして、それは親が与えられる、時限爆弾式の無形資産なんです。本当に、わかってるなぁ〜と思います。
玉堂星・龍高星の子供は、このような環境を本能的に欲しています。
ただ、前にも言いましたが、玉堂星・龍高星があっても、かならずしも学業成績がいいとは限りません。というのも教師からの要求に、求められた反応で応えるパターンが続く教育では、彼らは退屈で退屈で仕方ありません。
結果、その環境に面白みを感じないため、自分は勉強嫌いなんだ、と思い込んでしまう子供たちも多いからです。大事なのは、自分発で探究していく方針に切り替えることです。そうなった時、彼らの知的好奇心は、前に前に大爆発して直進していきます。知性の星があるから塾に入れるっていうのだけはやめてくださいね。w
そして、玉堂星・龍高星は、なんといっても親が重要。親といっても、とりわけ母親ですが、その母親に玉堂星・龍高星がなかった場合は、なかなか辛いものがあります。
というのも、母親自身が、学ぶことにそこまで面白みを感じられない人なので、そうした領域世界に興味を示しません。そこでどうしても、知的環境を求める子供と優れた教育者や教養体験との接点をつなげる意識が薄くなります。
また、子供が知的に興味深いことを、母親と共有しようとしても、母親は知的発見を面白いと思えませんので、子供は親の反応性にがっかりし、自分に価値を見出しにくくなります。
また、子供の方にもっと学びたい、という思いがあっても、親の方は、直接お金になるものならばいいけれど、何につながるかわからない知的興味に学費を出すのを惜しみます。ですから、進学のためのチャンスが小さくなります。
玉堂星・龍高星の子供の知的な面を引き出していくためには、そばに子供の可能性を広げる、メンターになり得る知恵者がいることが条件なのです。
親が知恵者ではない場合、せめて祖父母、親戚に知恵者がいて欲しいところです。でも、自分の知性星を生かしていれば、かならず、必要なメンターと出会えることになる星ですから、いないからといって人生を諦める必要もありません。
そして、玉堂星・龍高星は、基本的には知的でない人にも敏感です。アホはユーモアとして一緒に笑えるけど、要するに彼らは、バカが嫌いです。w
しかし、なるべく顔には出さないように頑張ります。w
子供ならば、親が実はバカなんだと気がつくと、絶対言うこと聞かなくなります。w とくに思春期の龍高星は、屁理屈も捏ね出しますので、親の方の知的努力が必要にもなり、論理性が苦手な親だと大変な面もあります。
第一、彼らは、理屈の帳尻がしっかり合っていないと、納得できません。屁理屈を繰り返し、親の論理思考を試して、弄ぼうとする一面もあります。
こういう人たちですから、一貫性を欠いていたり、説明を省き、感情的に反応する親であると、このひとたちは親の言うことを聞くということが素直にできにくく、どうしても飲み込みづらい毎日になって、困惑してしまうんですよね。そうなると正直、親への怒りよりも、はてなマークのほうが頭の中で溢れます。子供にも理解できる論理的な説明と事実関係の説明.....玉堂星・龍高星の子育てにはこれが何より大事です。
逆に、データや理屈がちゃんと通っていれば、どんな斬新な意見であっても受け入れてくれる人ですから、とくに龍高星は、結果にこだわらず、そういう新しい発見をもたらすかもしれない、目新しい知的挑戦を歓迎してくれる器があります。
「なるほどね。ならば、どうなるかやってみようか!」と面白がって、親の提案を受け入れてくれるでしょう。
とくに暴走龍高星は、子供の頃はいたずら王と破壊魔にもなりますし、大人になれば風来坊な自由人をめざしますから手がつけられなくなる前に、親御さんは、早めに知的世界に引き摺り込まなくてはなりません。知恵の世界で革新的な自由人になってもらう分には全然いいからです。
習得本能の星をやたら持って生まれた子供だとわかったら、うへぇ〜私...知的に賢くなれって言われてるのか!
と、親は、天意の計らいに覚悟をきめて、頑張ってくださいね。
つらつらと、書いていますが、かく言う私も苦労しています。w