算命学の鑑定士選びに重要なポイント

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昨日、メルセデスに希望の4WDがなかったため、自分たちにとっては初めての国産車の購入を決めた♪ 広いラゲッジルームを得たので家族全員が楽しめるアウトドアに力を入れることに。楽しみだ〜今後、積荷のパズルをしなくて済むのは、本当にありがたいし、車検に間に合う車があってよかった〜。w
 アウトドア・ファミリーキャンプが好きな星といえば、何と言っても鳳閣星所持者さんだと思います。やっぱりねぇ、食べることが好きじゃないと、アウトドアキャンプは面白くないです。自然の中でのんびりカウチポテトになれるのもいいですね。

はい☆じゃあ、今日の本題行ってみましょう。

算命学はよくわからないけどなにやら当たる、というのは、たくさんの方がもつ算命学のファーストインプレッション。
 そして独学してみてもわからないので、まずは鑑定を依頼してみるという流れはわりと算命学鑑定の中では多いです。
ありがたいことです。

対面プロファイリングでも、最近そんな方が多いので、ちょっとプロファイラーの立場から書いてみようと思いました。
要は、算命学鑑定士とのおつきあいの仕方ですね。

算命学は、本当に様々な流派の方がいらっしゃいます。
日本の算命学の場合、13代宗家高尾義政さんがどの時代に技法をオープンにしたかによって、流派や主張が変わってきたりします。
それぞれの流派は宗教・スピリチュアルよりか、精神論よりか、現実論よりか、っていうのが、鑑定士さんの人生哲学によって大きく左右されていると思います。この3次元世界をどう捉えているのか、という目線によります。

正直、Jemmy的には、今の時代で表に出てきているものは、自分が過去生で使っていたものとは違うので、???と思うことは割りとあります。
(間違ってるっていってるわけじゃないですよ。)
うちは、多次元世界から宿命を読み解くので言っていることはどちらかというとスピリチュアル寄り目線になるかと思います。でも実際の行動は現実主義でリスクヘッジ寄りな中身ですね..

 そして、改めて誰かがこれから算命学を学びたいとしたら、算命学は10年単位で習得を考えるものなので、スタートを誰に学んで切るかによって、結構人生の時間を無駄にしてしまうことがあるな、と思いますので、投資先をちゃんと考えた方がいいと思います。
そして、学んでも、それが使えるようになるとは限らない、ということです。

 情報として知っていても、頭の中で宿命が立体化してくるというか、像を結んでこないと、ただの情報の羅列だけに終わってしまって、明確なメッセージが抽出できないんです。これは、大手の鑑定学校の先生であってもそうです。
算命学を知っているけれども、鑑定はできない。鑑定が授業の延長みたいな感じになるだけ。
 要するにAIのように、過去のデータを検索して頭の中から取り出すことはできる。その時の回答も出てくる。
でも、依頼者にその情報の意味から、受け取れるようにその人流にカスタマイズした本当の「回答」が出せないんですね・・。そこに鑑定アプリやロボットでは、置き換えられない人間の知性が働くわけです。

だから、あなたが本当に必要な回答を出せる鑑定師を見つけるのは、非常に大変だということです。鑑定士は誰もができる仕事じゃないからです。
 本物の人生経験と社会常識や見識と判断力がいる仕事だからです。
 だから、インターネットにのっている情報程度では、鑑定ができるレベルにはとてもならないです。だから、正直、若い人にはできない仕事です。
 結局は、どれだけ人生について考えてきたかとか、その人の人生哲学がものを言うのが、本物の算命学鑑定師。
どんなに技法を複雑に知っていたとしても当たったとしても、人が心救われない鑑定をするならば、むしろしないほうがいい。
そういう人は、2〜3000円で観光占いをやって、楽しませるというのがいいと思う。

 一方、2〜3万円する鑑定学校の鑑定では、複雑な技法の正解を出す場所だけれども、ハートが欠けているところが多いということも知っていた方がいいと思います。情報しかでてこなくて、それが自分にとってどう活用すればいい情報なのか、心に沿って伝えるというところまで、情報を噛み砕いてはくれないということです。

また、情報の出し惜しみもします。
聞かないことは答えない。情報をただで売らないようにしているんです。
これが情報を売って、生業にする人たちの鉄則ですから。
本当は、ここで配偶者の宿命のある特徴がこの人に影響してくる、とわかっていても、質問されてないから、それは伏せる。ある程度、依頼者の質問が上手くないと、そこまで気の利いた範囲まで鑑定士さんは答えてくれないばかりか、それによってどんどん追加料金が取られていったりするんですよね。w
そういう鑑定士さんは、黙ることがうまくなります。w

いいんですよ。もちろん、そういう人はそれだけ本気で生活を占いだけで立てているわけなので、自分のような極楽とんぼがそういうひとを責める資格はもちろんないですし、逆に自分からしたら、彼らのその熱意はすごいこと。むしろ尊敬に値します。ただねぇ、Jemmyはそれ、できないんですよ。w 

なんでかって、内科の医者がいるとするじゃないですか。
きた患者が、内科だけじゃなくて、耳鼻科も必要な症状を抱えているって気がついた時、どうしますか?...みたいな感じに思えちゃうんですよ。
 体って全体が繋がってるじゃないですか。
単なる腰痛だと思って、腰を直そうとしたら、じつは問題は腰じゃなくて、内臓から来ていた、とか、ひとつの内臓機能が低下していたとしたら、そのもっと前の原因は、別な臓器の補完として、補強としてその内臓が働きすぎていたためだったりもする。
だから、メニューで、ここまでしか見ません。と、そういう鑑定士さんみたいにぱっきりと線引きができないんですよね。

いいよ、ここまで話したんなら、どうせならその重荷もおろして、楽になって帰れよ、ってカッコつけてしまうわけです。(これなんとかしないと、なんだけどなw。)だから、あらかじめ自分の鑑定がそうなりそうだ、とおもったら、なんでも身の上相談のメニューか見積もりの方でご依頼ください。w
 そもそも今の医療におきかえたとしても、理解がちゃんと進んでいるところは体全体で見るんですよ。お医者さんが、耳鼻科専門、という場合。耳鼻科以外の問題に気がついても、その医者が患者に言ってくれなかったら、どうしますかね・・。
 「ちょっとこういう可能性もあるかなと思うんですけど、僕は専門じゃないですけど、その可能性を潰すためにもすぐに脳外科でも調べてみた方がいいですよ」って、言える医者がいい医者って言えるんじゃないのかなって、個人的には思うんです。自分は少なくともそういう医師を選ぶようにしてる。
でも、もしかするとですけど、それって医療が保険診療だから親切で言ってくれることなのかもしれないけどね・・。
お医者さんが語ることすべてが課金対象だったとしたら、お金にならないことは我、関せず。余計な責任被りたくない。で喋らないようにするんじゃないかな。でも、そんなお医者さんって、あなたにとって、どうです??

老舗鑑定学校出ると、卒業生にそんな人が多いです。
そう教えられてるからね。

算命学の古くからの掟は、「依頼人が聞かないことを答えちゃいけない。」っていうことなんだけども、もっと深くこれについて考えてみると、相手にとって気が利く場合と余計なお世話になる場合があるから。っていうことだと思うなぁ。
 相手のことを人生単位で深く考えられない器の鑑定師だと、相手の聞きたくないことを言っちゃったりして、鑑定師が大きなトラブルに巻き込まれかねないから、それをあらかじめ戒めているんだと思う。

 そうするとそうならないためには、必然的に、幅広さや対人関係能力、ようするにコミュニケーション能力が必要になったりして、良い鑑定士さんには、ある程度の社会経験や年輪は絶対に必要な職業だと言うことになる。
 鑑定の技能それ自体よりも(いや、もちろん正確性は大事で間違ってたら話にならないんだけど)、相手の深いところのニーズを読み取って、伝えるべきことを伝えられる能力の方が大事なんですよ....。

今、病院行くと、わたしたち患者様って言われますよね。家畜のように患者が扱われて、ドクターXの白い巨塔みたいに、医者が先生、先生と持ち上げられる時代があったように、地の時代の占い師も、かつては細木数子さんみたいに先生、先生、ともちあげられ、上から見下ろしたようにものを言う鑑定士さんがいっぱいいたわけです。(演出ですかね)
 昭和にカウンセラーなんて一般的にはほとんどいなかったし、そう言うところしか、心の悩みを相談できるところがなかった時代。
 海外では、心の悩みがあるとすぐに資格をもったカウンセラーに相談しに行きますけど、日本では、その役割を担っているのは、この業界なんですよね。

 江戸時代でも相談場所は長屋の長老や井戸端会議だったし「占い師」でもあった。当たるも八卦、当たらぬも八卦でも、そんなにお金をかけずに相談できた、よくできた社会の仕組みだと思います。
 ひとは、結局、占いの形をかりてるだけで、こころの重荷をなんとかしたいって思ってきてるわけなので、やっぱりその辺りのことをどれだけこたえられるか、と言うことは、技法以上に、人間力がものを言うってことだと私は思います。渋谷の母とか、新宿の母とか、地名+母って、結局、人間力で解決する相談所ってことだと思います。

そう言う色々を眺めた上で、算命学鑑定士選びするとき、何を参考にしたらいいのでしょうか、ってはなしですよね。
そういうわけで、鑑定士の過去の経歴はほとんど意味をなさないです。
最上級資格をもっている鑑定士と書いてあったとしても、所詮は学校が自由に定めた基準の民間資格なので、その資格の基準値がどうなのかは、第三者には測れませんよね。私みたいに裏のマーケティングをみて「その資格に意味なし。」と感じてわざと取らない人もいますからね。w
 それに鑑定を何万人みたと書いてあっても、たまたまその人がマーケティングに長けていた組織にいて、占い会社の流れ作業でみただけという可能性の方が高い。何年やってると書いてあっても、適当なことを言って何年もやってるひとと真剣に向き合ってきたひととでは、時間の長さは能力と比例しないんですよ。w ひゃ〜玉石混交じゃん!
この世界って、そういう世界なんです。


じゃあ、これからはどうやって選べばいいの?とわたしが聞かれるならば、ですが。

だとすると、純粋に人柄の相性というのが、いい鑑定、悪い鑑定を決めることになります。
まずは、自分が鑑定士さんの引き出しのなかに入るような形で依頼ができたら、少なくとも無駄な鑑定にはならないと思います。
 経験に共通項が多いとかね。
そして、算命学鑑定が全くの初めてだったら、それが重要な内容であるほど、その一回で結論の全てを決めないことです。ちゃんと他でもセカンドオピニオンをとる。

そして、初回鑑定で自分の守護神を出してもらえるはずですから、(宿命のバランスや日干の強さなどで守護神や忌神は一人一人かわります。)なにかやることが決まっていて発展していきたいなら、自分の守護神になる干の鑑定士さんを選ぶことや、なやみ事の解決なら、整理整頓をしてくれる納音を作る鑑定士さんを見つけるなどという選び方ができます。一旦そういう鑑定士さんをみつけられたら、一生、自分にとってご縁のある軍師になってくれるでしょう。

 もちろんプライバシーなので鑑定士さんが自分がそれです、と伝えてくれるかどうかはわかりませんが、ブログの中で公表している人もいますね。
 モラルのある鑑定士さんは、自分が相手にとってどういうエネルギーをもたらすかもわかりますので、アドバイスの出処進退も考えます。

そう言う意味で、本当に力のある鑑定士さんと出会えたひとは、その時点で強運といってもいいと思いますよ。
それは自分の力ではなく、純粋にご加護といってもいい。
 本当に運の悪い、人生下降路線の人は、自分を開運させる鑑定士のところにはたどり着かないんですよ。むしろ引き上げてくれる鑑定士さんが近寄ってもそのチャンスを平気で蹴ります。だって、そのひとは行きたいんです。下降路線を体験したいんです。だから、引き上げる人はいらない、と魂が選択している。

 自分の鑑定経験のなかでは、相談する前にどれだけ依頼者に自分の人生が見えているかということが、結局はその人の強運を支えていると私は感じていますね。
 やっぱり、そう言う方はちゃんと人生の中で自分を見てきた人ですし、不思議と私のエネルギーを守護神とする宿命の依頼人ですね。

開運は、誰を選ぶかからすでに始まっていると言うことですね。

この仕事は、とにかく、終わりがない。
成長し続ける仕事です。
だから、私のガイドは必要な人を自分に毎日送り続けてくれるのだと思います。

これから算命学を学ぶ人にも言えることは、今のどんな経験をも大事にしてくださいと言うことです。そして、算命学は心底、本気で人の底上げに関心が持てる人だけが、真に使えるようになる学問だと言うことです。

人材開発キャリアコンサルタントや学校の教師や心理学カウンセラーさんには、プロファイリングスキルはとてもおすすめですし、自分の感覚が狂いやすい宿命中殺のひとは、自分の守護神、忌神は一生使えるリスクヘッジの指標にもなるんで、とくに安い鑑定を使ってでも把握しておくといいと思います。












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