子供のバレエの送り迎えで、喫茶店にて仕事中です。子供が今日は自分の満足できる踊りができなかったと半泣きしながら、ケーキを頬張っています。w
・・Youtube動画でも語りましたが、今日は「運勢の良し悪しがない」という話は本当か?という内容でお届けします。
算命学を占いとして理解していると、どうしても、運がいい、運が悪いということにこだわってしまう方がたくさんいらっしゃることと思います。
しかし、実際、私が卒業した鑑定学校でも、実学算命学でもそうなのですが、算命学に運がいい、悪いという判断はありません。
昔の人が書いたものなのでわかりやすく、異常、とか凶運とかなんだか禍々しいタイトルがつく技法もあるかもしれませんが、全部誤解です。数千年前の当時はそれしか言い表す言葉がなかったからなのです。
よくある話が、下格、上格、普通の宿命、というのがある。と。
(この未だピラミッド社会である現代で、下格なんて言われたら誰もがいい気はしませんね。)
または、忌神がたくさん宿命に座っている、とかですね。ええっなんか不幸そう!!って思うんじゃないでしょうか。
でも、それは不幸な宿命ということではないのです。
目的を果たす上で、その人がどのようなルートで進むと決めたのかを示しているだけなのです。生まれた目的が山の頂上としましょう。
登山で、頂上に行くにはいろんなルートがあります。ケーブルカーに乗る。登山道を行く、帰り道から登っていく、裏道を通る、自分で獣道をたどって見つける。
どのルートから行っても目的を達することは、可能なのですが、どのルートに行くかによって、見える景色や、そこで体験するものがそれぞれ全く違うと思います。その違いが、宿命に現れると、下格や上格といった分類になるということです。
下格の人は、助け舟がなかなかない人生なので、自力で厳しい状況の中で自分を鍛え上げなくてはなりません。若い頃は、なんてツイてない人生だ、と思いやすいことでしょう。
上格の人は、効率よく自分を伸ばし活躍させていくために、見えない天がまるで味方をするかのごとく、目上や環境、時代背景が次々と自分に味方をしてくれるような人生ルートを行きます。努力しやすく、早く、成功を掴みやすい。
(アイススケートのプリンス、羽生結弦くんとかが確かそうだったかな・・。)
だからと言って、下格がかわいそうで、上格がうまみのある宿命かというと、そうでもありません。実は、両方、辛い人生です。w
下格の人は、下積みからしっかりしていく人。辛酸をなめながらも、そこから光を目指してがんばることによって、道がひらかれ、一定以上の経験値を超えた時、自分の境地を見出して、人生の目的を果たしていく人。
登山で言えば、獣道型ですね。
上格の人は、親の七光りや、ありえない良い指導者との出会い、突然のライバルの脱落という幸運(ごめんライバルw)、そうした環境力を追い風にして、その世界でトップに上り詰めた後、・・・またそこからが大変で、自分の器がその下に抱えることになる人たちに大きな影響力を与えていく重圧を抱えていく。実力を磨くのはもとより、広い視野で物事を捉えていく、上に立つにふさわしい人格力が必要になります。
これは、最初からケーブルカーで登る型ですね。
そういう理由で、楽か苦しいかだけでいうと、普通の宿命の人が一番楽です。普通・中庸が一番楽なんです。普通でいても、普通の人生を受け取ることができるからです。
しかし、上格、下格の宿命のひとたちは、どちらも大きく「人間力」が求められる。辛くて、やめたくても、それを止めることができない。
もし、途中で人格向上(波動を上げること)を諦めたら、自然淘汰の憂き目にあいます。
上格の人生で考えてみてください。おなじ上格の宿命の人が1日に何千人生まれてくるでしょうか。その全員が椅子取りゲームで勝てるとは限らないので、そこで努力や本当の意味でのツキがものを言ってきます。
そのひとりひとりが違う分野で、うまくトップにつければいいのですが。
できなければ、人生開かれるのは難しい。
ですから、上格のこどもをもつ親は、大きな責任を預かっていて、親としての成長をもとめられているわけです。このように運のいい子供をもつことが果たして親にとって幸せかどうかは、また別な話なわけです。
果たせる親を選んで生まれてもきますが、自分自身は普通の宿命だという親は、そんな子供をもつことで、とても苦労します。
さて、舞台も、主人公がいるだけでは、成立しませんよね。
かならず、表舞台に出る人、裏舞台で力を発揮する人、の両方がいます。
最近テレビ朝日の撮影クルーのチャンネルを見てるのですが、裏方、普通にいたらうざいけど、でもそのプロ意識が逆にカッコイイ。(職人萌えw)
テレビにでてこない裏の人たちの技術によって、華やかな世界が出来上がっている。
それと同じで、地球という舞台でどちらを演じるのかというその違いが上格下格で決まっているということです。
例えば、キャプテン・アメリカのような華々しく、組織のキーパーソンに目を止められて、正統派ヒーローとして生きるストーリーは、下格の方にはありません。
母親が風俗嬢でアウトローな世界の、マフィアの大ボスとして活躍するかもしれませんし、マニアックすぎて、人に注目されないような分野だったり、社会の底辺世界を自力ではい上がってきた、したたかで慎重なリーダーの役柄かもしれないわけです。
単純な言い方をしたら、戦隊もので言う所のレッドとブラックもしくはブルーの違い?!w
う〜んそれじゃ、伝わらないか・・
じゃあ、進撃の巨人のリヴァイ・アッカーマンみたいな?
(すみません、最近のアニメや漫画に疎くてw)
ヒーローに「仕方ねぇな、お前は世の中しらねぇ甘ちゃんだぜ・・」とか言いながら、大変な生い立ちのなか、運ではなく確実な実力を頼りに、裏街道を生きてきたキャラ。にも関わらず、だからこそ、正統派ヒーローの純粋な心の価値がわかってて、無視できない。
苦言をいったり、見えない手助けを送ることで、あ、本当はこいつ、いいやつなんだよな、って視聴者が言いたくなる、光る役ってありますよね・・。あんな感じかなぁ・・。
そんなわけで、生まれるときにもう配役が決まってるので、下格の人は上格みたいな人生を目指してはいけません。次元大介みたいな人が、ルパンをめざしてはダメなのです。次元は次元だからカッコイイ。
まっとうに配役のストーリーに従って、しっかりと下積みや世の中の裏を味わって、自力で実力を頼りに上がり、そして、苦労や苦しみまでも自分の中で、良いコンテンツに仕上がったとき、努力実り、人生とのバランスが上手にとれるようになります。
蓮の花は、泥の中に咲くからこそ美しい。
きちんと宿命を消化したとき、きっと、そんなことがよく味わえる人生になると思います。
下格は、天運に頼るのではなく、地運(うごかざる実力)に頼って生きる生き方が向いている生き方です。誰かの助けを待って、依存したり、腐って向上する努力をやめてしまったら、救いがない生き方です。
自分の配役が希望と違った、と思っても、腹をくくって、努力、努力しかないその役を一生懸命生き切る。
その姿が、周りの人のこころを打つのです。
そういう闇を受け止めるだけの魂の力があるからこそ、その役割をえらんで生まれてきたんです。
辛酸を舐めて、光を目指したその先に、「なぜ、自分がこの人生を選んできたのか」、という答えが必ず待っていますよ。
鑑定結果に一喜一憂する必要はありません。