「いつもぼーっとしてるよな」
「足遅いから同じチーム嫌なんだよな」
ラクダのモグ君はよくこんなことを
クラスメートから言われます。
別にいじめられてるわけではないのです。
ただみんなは思ったことを素直に
言っちゃっただけです。
そしてモグ君もそのことはわかっています。
だって言われてもしょうがないくらい
自分に自信が持てないから。
足が遅いから運動は苦手です。
蹄が邪魔で絵も上手く描けません。
かといって勉強ができるかといえば、
それも苦手です。
本を読むことは好きなのですが、
だからといって国語が得意かと思いきや、
そうでもありません。
この作者の文章の意図は?
といった問題はよく間違えます。
感想文を書くと長くなってしまい、
要約ができていないと減点されます。
自分が興味がある分野、
例えば歴史とか過去に偉業を遂げた方の伝記ものとかは大好きです。
でもそんなことはテストに出ないか、
出てもひと握りの初歩的な問題です。
学校から家に帰るまではいつもひとりぼっち。
「あー、今日もダメだったな」
「また上手くみんなと喋れなかったな」
からはじまり、
「なんで僕はダメなんだろう?」
「なんで僕は生きているんだろう?」
そんなことを毎日毎日考えていました。
ある日の学校の帰り道、
モグ君は考えることに集中してしまったのか、
曲がらなければいけない道を真っ直ぐに進んでしまいました。
気づけば住宅地を離れ、
森の中に入ってしまいました。
引き返そうとはしたけれど、
この先には何があるのだろうと興味を持ったモグ君は森を進みました。
すると一軒の小さな家を発見しました。
その家の軒先には小さな看板がかかっています。
『世界一小さな学校』
モグ君はワクワクしたと同時に、
不安に襲われました。
だって学校ってものは大きくて、
たくさんの人が通っていて、
広い運動場もある。
しかも僕はちゃんとした学校に通っているし、
他のみんなも通っている。
こんな小さな家が学校のはずがない、と。
でもやっぱり興味はあります。
覗いてみたい気持ちでいっぱいです。
どうしようか悩んでいるうちに、体は勝手に玄関の前に立っていました。
ドアノブに手をかけ、恐る恐る開けてみます。
「こんにちわー」
声が震えているのが、自分でもわかります。
中は学校とは程遠いつくりです。
普通の家と変わりません。
変わっているのは玄関のドアを開けると、
すぐにダイニング。
そこに誰か座っています。
「おー、こんにちわ」
本を読んでいたヤギのお兄さんが答えました。
座っているだけでもがっしりとした体つきがわかります。
でも怖そうという感じじゃなくて、
どこか安心感がありました。
「ここは学校なんですか?」
「そうだよ。学校だよ。
まあ、今日からなんだけどね」
ヤギのお兄さんは笑って答えました。
「いやー、やってみるもんだな」
ん?どーゆーこと?
「なんでですか?」
「だってあの看板、ちょっと前に立てたんだよ。
そしたらこんなすぐに誰かが訪ねてくれる。
ねえ、やってみるもんでしょ」
いかついヤギのお兄さんが可愛く思えてきました。
「学校ってあったけど、ホントに学校なんですか?」
「そうだよ。
といってもまだ生徒は1人もいないから、これから学校になるって言った方がいいかな」
「何を教えてくれる学校なんですか?」
「そーだなー。
ひとことで言えば、『楽しく生きるってことを教える学校』かな」
「えっ?
学校って勉強を教える所じゃないの?」
「もちろん、勉強を教わりたいなら教えることもできるよ。
でもね、勉強だったらいま君が行っている学校でできるでしょ?
それに本当に勉強したくなったら、家でもするんじゃない?
ここではね、もっと『生きる』ってことに焦点を当てた、体験をしてもらうつもりだ。」
「例えばどーゆーこと?」
「そーだなー。
例えば薪を拾ってきて、火を起こして、料理をする。
普段君たちのご飯はお母さんが作ってくれるだろう?
当たり前にご飯を食べられる。
でもね、ご飯ひとつとっても、決して当たり前じゃないんだ。
体を使って準備をする、
頭を使って工程を考える、
そして出来上がったものに感謝をし、
満腹感を味わう。
料理ひとつとっても、これだけのことがあるんだ。
そんな当たり前を当たり前にできる子を育てる学校にしたいんだよ。」
「勉強はしないの?」
「したかったらすればいい。
強制はしないよ。」
「じゃあひとつ質問していい?」
「どうぞ」
「『生きる』ってなんですか?」
「うわっ。いきなり難しい質問だなー。
これはたぶん答えなんてないし、
みんなそれぞれだろうけど。
僕の考えを言っていいかな。
僕は、
『考える』ってことと、
『体を動かす』ってことだと思うな。」
モグ君は手を額に当てて考えています。
「ねえ、ヤギのお兄さん。
それもすっごくわかるんだけど、なにかちょっと足んない気がするんだ。
『感じる』ってことも必要じゃない?」
「うわっ、マジか?
モグ君、すごいな。
その通りだと思うよ。
いいこと教えてもらった。
モグ君は僕の先生だよ。」
えへっ、と照れ笑いしてしまいました。
「でもどーしてお兄さんは僕の名前を知ってるの?」
ヤギのお兄さんは、ほくそ笑んで答えます。
「まあ、まあ、まあ。
焦ることはない。
またゆっくりおいで」
渋々とモグ君は玄関のドアを再び開けました。
木漏れ日から抜けた強い日差しが目を突き、
思わず目を閉じ、顔を背けます。
一瞬の静寂の後、
カチッ、
カチッ、
カチッと時計の針が進む音のなか目を開けると、
まあ、不思議。
自分の部屋に帰ってきてるではないですか。
夢でもみていたのかと必死に思い出そうとしていたところ、
お母さんが夕食の用意ができたとモグ君を呼んでいます。
大好きなシチュー。
当たり前のように美味しくて、
当たり前のように大好きなシチューが、
いま自分の目の前にあるのは当たり前じゃないことに気づきました。
「お母さん、ありがとう。
いつも美味しい料理を作ってくれて。」
モグ君は当たり前のように口に出していました。
一瞬言葉を失ったお母さんが、
一足遅れてやってきたとびっきりの笑顔で、
「おかわりもあるからね」
と言ってくれました。
気持ちよくお風呂に入って、
とってもいい気分で布団に潜りました。
しかし、目を瞑って猛烈な不安に襲われます。
あの学校にはもう行けないのか。
あのヤギ先生にはもう会えないのか。
もっといっぱい大切なことを教えて欲しいのに。
次の日、学校の最後のチャイムが終わると同時に飛び出しました。
どこに行ったらいいのかわかりません。
とりあえず森だけを目指して走ります。
探せども探せども、森の中の小さな学校はありません。
次の日も次の日も探しました。
でもやっぱり見つかりません。
肩を落としトボトボと森の中を歩いていると、
あら、大変。
小川にバシャンと落ちてしまいました。
モグ君はもちろん泳げません。
たいへん。
溺れてしまうと思ったそのとき、
スーッと体を大きな泡が包み込み、
小さなアユ君が「ついておいで」と
先導してくれます。
岩と岩との隙間に潜り込むと、
そこにはサワガニ君やザリガニ君、メダカ君にイワナ君、タニシ君にゲンゴロウ君もいます。
みんなが僕に言いました。
「僕たちの学校へようこそ」
ゲンゴロウ君「ここはね、自由な学校だよ」
イワナ君「好きに遊ぶといいよ」
ザリガニ君「だって先生もいないからね」
モグ君「えっ、先生もいないの?」
サワガニ君「そうだよ。みんな先生で、みんな生徒なんだ」
モグ君「えっ、どーゆーこと?」
アユ君「ここでみんなと仲良くしてるとね、たくさんいいことがあるんだ。
例えば、あそこの流れは急だから気をつけようとか、あそこで僕たちを釣ろうとしている人がいるから近づいちゃダメだよとか。
『生きていく上で大事な所』だから、僕たちは学校って呼んでるんだ。」
タニシ君「僕は耳がいいから遠くにいる人の気配がわかるんだ。」
イワナ君「僕は泳ぎが得意だから、みんなを背中に乗せて急流滑りができるよ」
ザリガニ君「僕は絡まった糸を切ってあげる」
メダカ君「私は歌が得意なの」
サワガニ君「僕はみんなを笑わせることが好きなんだ」
アユ君「ここではみんながそれぞれ先生であり、生徒なんだよ。」
雷に打たれたように衝撃的な言葉でした。
うわっ、苦しい。
急に息ができなくなって、目を瞑り、胸を抑えました。
ゲホッ、
ゲホッ、
ゲホッ。
目を開けるとモグ君は、
おうちのお風呂で溺れかけていました。
また夢を見ていたのかもしれません。
でもとっても素敵な夢でした。
明日の3.4時間目は遠足があります。
モグ君は、憂鬱でした。
でもなんとなく、
明日学校に行くのが楽しみになりました。
その遠足は森の中の探検です。
みんなはそれぞれ楽しそうに喋りながら歩いて行きます。
みんなの足についていけないモグ君は、やっぱり一人ぼっちになってしまいました。
みんなが立ち止まっているところにようやく追いつくと、そこには小さな家が立っていました。
先生がその家をノックします。
中から出てきたのは、ヤギのお兄さん。
先生が紹介してくれます。
「このヤギのお兄さんは先生の孫なんだ。
この間まで外国に行っておったんじゃが、この間帰ってきての。
ちょっと変わってるが、面白い話をいっぱい知っておるぞ」
と、ヤギのおじいちゃん先生は言いました。
オォーっと歓声が上がると、
ヤギのお兄さんは言いました。
「あれ、モグ君じゃないか」
みんなが一斉にこっちを見ます。
「なんじゃ、知り合いじゃったか?」
「もちろんだよ。だってモグ君は僕の先生だからね。」
「マジで?すげーな、モグ。」
「えー、知り合いなんてズルい」
「お前、やるなー!」
遠足の帰り道、みんなモグ君の足に合わせて歩き、
きゃっきゃ、きゃっきゃと笑い声が絶えません。
こんなに楽しくて、嬉しい日は初めてです。
ニコニコしながら小川沿いを歩いていると、
ピシャッ、
ピシャッ、
と水面から何かが跳ねています。
よく見るとアユ君とイワナ君がそれぞれの背中に
タニシ君、ゲンゴロウ君、メダカ君、サワガニ君、ザリガニ君を乗せて、
モグ君にウインクしています。
こんなに楽しくて、
嬉しくさせてくれる学校が、
モグ君は大好きになりました。
おしまい