エホバの証人時代、崩壊した理想郷の先で見つけたもの

記事
エンタメ・趣味
 わたしはまだ10代だったかな? 1確か19歳か20歳くらいだったと思います。トルストイの「光あるうち光の中を歩め」を読んで感動を通り越した空白感のようなものを感じました。「世界のどこかに、こんなクリスチャンの共同体(ユートピア)があるはずだ、もしそうなら絶対に入りたい」と本気で考えていたのです。

 そんな時、たまたま家にやって来たのがエホバの証人でした。いろいろと話を聞いている内に、「これこそ求めていた理想郷なのでは?」と考え、そこそこ熱心に活動を始めました。

 当時わたしはまだ大学生でしたが、その学生生活にはどうしても馴染めず、人生の迷子になっていました。両親は「無事に卒業して、良いところに就職して、そこそこの暮らしをしてほしい」と願っていたので、辞めたいなんてなかなか言い出せなくて。悩みに悩み抜いて結局4年まで通いましたが、単位を落として卒業は叶いませんでした。

 大学をドロップアウトしてからは、ますます宗教にのめり込みました。漠然と「宗教家として生きていくのかな?」などと考えていましたが、具体的なモデルがあるわけでもなく、ただアルバイトと奉仕活動に明け暮れる毎日を過ごしていました。

 そんな姿を見かねた父が「そんなんじゃダメだ」ということになり、介護の専門学校に入ることを提案してくれました。

 ……で、その専門学校の1年生の時。実習先で知り合ったクラスメイトに、わたしは熱烈な恋愛感情を抱きました。時間をおいて3度もアタックしたんですが、見事にフラレてしまって。しかも彼女の家は、天理教の教会でした。人生はなんて意地悪なんでしょう。

 その時以来、わたしの宗教熱は一気に冷めました。「信仰を捨ててでも彼女と一緒になりたい」と本気で思うようになり、エホバの証人の活動からも徐々に身を引いていきました。

 卒業後も彼女とは文通だけのお付き合いだったのですが、ついに会うことは叶わず、最後には「困惑しています」という一言で一方的に突き放されてしまいました。単なる恋とは明らかに違う、結婚までも考えた人生最初の深い愛は完全に否定されてしまいました。

 信じていた宗教という「世界の真理」と、すべてを懸けに出た「深い愛情」。自分を支えていた二つの理想郷が、同時にガラガラと崩れ去ったのです。この時のことは一生忘れないし、今のわたしの原点にすら思えます。

 専門学校を卒業したわたしは、介護福祉士として現場に出ました。そこで目にしたものは理想郷などではなく、老い、病、そして人間の泥臭い現実そのものでした。

 ただ、その現実の泥沼のなかでもがく人々と向き合ううちに、介護の枠を超えた「心と精神の深い絶望」を救うための武器が必要だと痛感するようになりました。そこから約30年以上。途切れることなく現場とマネジメントの場に立ち続けながら、社会福祉士や、精神保健福祉士。そして相談支援専門員などの資格を取得し、人間の弱さと再生のプロセスを徹底的に学んできました。

 どうしてこんな話をツラツラと語るのか。
 そうです、この世のどこを探しても、無条件に救ってくれる「理想郷」なんてないというためです。

 もし今、あなたが信じていた組織に傷つけられたり、誰にも言えない秘密を抱えて暗闇の中にいるなら。わたしは、あなたを「絶対に」道徳的に裁きません。わたし自身が、理想にすがり、すべてを失う無様な絶望から泥臭く這い上がってきた人間だからです。

 綺麗に話す必要なんてありません。あなたのその泥臭い本音を、そのままぶつけてください。
 聖書は、アブラハムの時代から数えると4000年の叡智が詰まった究極の「人間取扱説明書」です。
 また私は、30年以上に渡って積み上げた福祉の専門知識を持っております。それらを掛け合わせて、絡み合った糸を解きほぐすお手伝いをします。まずは、声を聞かせてください。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら