ーーマンガ「恐怖新聞」が植え付けた未知なるものへの畏怖の念
小学生のころから心霊現象が好きで、雑誌「ムー」などを熱心に読んでいました。
つのだじろう氏の「恐怖新聞」も全巻保有していて、自分でも恐怖新聞を書いて編集などもし、兄弟やいとこ達などにも配るという変な子供でした。
夏休み特別企画「3時のあなた」で、「あなたの知らない世界」は毎回欠かさず見ていました。結構大人になってからも世界で一番怖いものは「お化け」でした。(笑)
「エクトプラズム!」とか交霊会の話とか結構好きでしたが、今でもあれは謎です。
そのころから自分でも意識しないうちに、人知をはるかに超える存在を信じておりました。
そんなオカルト大好き少年も思春期を迎え、中学校生活では陰キャになり、目立たない存在になってしまいました。
(いじめなんかにも少しは合いました)
人生の第一の分かれ道はまず、松山千春を好きになったことですかね? もちろんオフコースなんかも好きでした。(フィルムコンサートなどにも行きましたね)
母からアコースティックギターを買ってもらい、家で練習して弾き語りなんかをしている内に徐々に自己のアイデンティティーを確立していったような気がします。
高校に入ってまずビックリしたのが、皆が普通にタバコを吸っているという事でした。
地方の高校だったので成績の高低が激しく、まあまあ不良も多かったかな? というところです。
自分たちより1年前の先輩たちがとても怖くて当時パンチパーマなどをかけていてヤクザかと思いましたもの……。
それで、自分が中学の時にいじめられた経験から「もうそれは嫌だ」と思い、当時そんなヤクザ先輩の巣窟のようなサッカー部(それまでサッカーなんかまるで興味がなかったのに)飛び込みましたがこれは正解でしたね。
いじめられませんでしたから。
それで、音楽は松山千春でフォークはダサいということになり、佐野元春を聴くようになりました。(当時、元春はイケイケでしたから)元春がやっていた「サウンドストリート」という番組をFMで聴いてそれをカセットテープに録音して何度も聴くというサウンドチェックということをやっていました。
そこで紹介される洋楽にハマりまして、「The Smiths」もそこで知りました。当時は他にローリングストーンズも好きでしたね。
それで、徐々にギターもうまくなっていき、歌もひとりで歌っていました。
テレビの「スター誕生」などで毎回歌の練習をしておりましたので基礎はバッチリだったと思います。(笑)
話大分それましたが、まずまだ十代の頃、「神はいるかいないか論争」が友人・兄弟達の中で巻き起こりました。
わたしは3人兄弟の長男でしたが、次男がひとつ違いでしたので夜遅くまでよく熱く語り合いました。
そこでなんとなくわたしには人知を超える存在を否定出来ませんでしたので、最終的にはそれがなんだかハッキリとはわからないが「神はいる」という立場に立つようになりました。
その時、キリスト教はどちらかと言うと怖いものだという漠然とした不安がありましたので、キリストが神だとは夢にも思いませんでした。
それで、わたしは将来の夢はミュージシャンになる事でしたので、徐々にコードも覚え、ギターもうまくなり、作曲までするようになっていました。
しかし、歌詞だけはどうも苦手で、頑張って洋楽っぽい曲を作ってもうまく日本語の歌詞を乗せられない。
どうにも気恥ずかしく、ダサく聞こえてしまうことに悩んでおりました。
そこで、向かったのが西洋の文学。
西洋文学に触れれば歌詞がうまく作れるようになれるかもしれない。
そう考えたのでした。
佐野元春の影響でビート文学を読み漁ったり、サリンジャーやヘミングウェイなどの主にアメリカ文学を研究したりして、なんだかわからないながらも文学というものに触れる機会がふえました。
それらの、西洋文学に触れている内にある一点の特徴を見出すようになります。
それが聖書です。西洋の文学には聖書からの引用、モチーフがふんだんに散りばめられていて、西洋人の頭の中には聖書が入っているのだなとなんとなく気が付き始めました。
これが、今日の主題です。
このことに気が付いたことこそが後にわたしの人生を180度転換させる結果となったのです。