映画のスクリーンを眺めるような毎日に、小さな灯りをともす話

映画のスクリーンを眺めるような毎日に、小さな灯りをともす話

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コラム
ふと気がつくと、自分が自分の人生の主役ではなく、どこか遠くから「自分という人間の役」を眺めているような、不思議な感覚になることはありませんか。

仕事をしていても、誰かと笑い合っていても、頭のどこかで「これは本当に僕の人生なのだろうか」と冷めた目で見てしまう。まるで、誰かが書いた台本をただ淡々と演じているエキストラのような、そんな現実感のなさ。

もし今、あなたがそんな風にどこか冷たい、現実味のない世界の中でぽつんと立ち尽くしているのなら、まずは深く息を吐き出してみてくださいね。

僕は、その感覚をちっともおかしいことだとは思いません。むしろ、あなたがこれまで誰かの期待に応えようと、一生懸命に、そしてあまりにも健気にがんばってきた証拠なのではないかな、と感じています。

心がすり減って、これ以上傷つかないようにするために、あなたの防衛本能がそっと心のシャッターを下ろして、感覚を麻痺させてくれている状態なのかもしれません。自分の人生を俯瞰してしまうのは、あなたが冷たい人間だからではなく、自分を守るための精一杯の優しさの裏返しなのです。

「他人の人生」を生きているように感じるとき、私たちは知らず知らずのうちに、自分の本当の気持ちや「これが好き」「これが嫌だ」という心の声を、どこか遠くへ置き去りにしてしまっています。周囲の正解に合わせることばかりに必死になって、自分の心が迷子になってしまっているのですね。

でもね、大丈夫ですよ。その感覚は、ずっと続くわけではありません。少しずつ、あなたの「生きてる実感」を取り戻していく方法はあります。

まずは、本当に小さくて、誰にも言えないような些細な「マイルール」から始めてみませんか。

たとえば、いつもは周りに合わせて選んでいたランチを、今日だけは「絶対に自分が今食べたいもの」に変えてみる。いつもなら「大丈夫です」と言ってしまう場面で、「ちょっと難しいです」と本音を漏らしてみる。

そんな小さな「自分の選択」の積み重ねが、映画のスクリーンの向こう側にいたあなたを、少しずつこちらの現実世界へと引き戻してくれます。あなたがあなた自身の決定権を取り戻すたびに、他人の人生の配役ではなく、あなただけの人生の輪郭が、ゆっくりと、でも確実に濃くなっていくはずです。

現実感がないときは、ただただ、今ここにいる自分の身体に意識を向けてあげるのもおすすめです。温かいお茶を飲んだときに喉を通る感覚や、お布団に入ったときの心地よさ。そうした五感の心地よさを丁寧に味わうことも、立派なリハビリになります。

心がちょっと疲れてしまったときは、心理カウンセラーとして、いつでもここであなたの言葉を待っています。あなたの心が、あなた自身の温もりをもう一度思い出せる日が来ることを、僕はのんびりとお祈りしていますね。

焦らなくて大丈夫。一歩ずつ、あなたのペースで進んでいきましょう。

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