ふと立ち止まって、これまでの人生を振り返ってみるとき。
「自分は一体、何を積み上げてこられたんだろう」って、寂しい気持ちになること、ありませんか?
周りの人と比べて、手に入れたものよりも、手放してしまったものや、失ってしまったものばかりが、ポツンと心に浮かび上がってきてしまう。
楽しかったあの頃の人間関係、大好きだった人との時間、若さや体力、諦めてしまった仕事の夢。
数え上げたらキリがないくらい、「失ったもの」のチェックリストばかりが頭の中で埋まっていくような、そんな切ない夜もありますよね。
心理カウンセラーとして、これまで本当に多くの方の、恋愛や人間関係の切ない胸の内、お仕事や人生の迷い、そして将来への言いようのない不安に耳を傾けてきました。
その中で気づいたことがあります。
実は、自分の人生を棚卸ししたときに「失ったもの」ばかりが目に付く人というのは、それだけ一つひとつの出来事に、心から本気で向き合ってきた証拠なんです。
だって、どうでもいいものなら、失ってもそんなに痛まないはずですから。
それだけ誰かを深く愛したからこそ、失ったときの痛みが今も残っている。
それだけ仕事や人生に一生懸命だったからこそ、思い通りにいかなかった悔しさが、心にちくちくと刺さるんです。
僕は、あなたが「失った」と感じているその傷跡こそが、今のあなたの深みであり、人に寄り添える「優しさの理由」そのものなんだと感じています。
手元に残った目に見える成果や肩書きだけが、人生のすべてではありません。
むしろ、何かを失って、涙を流して、それでも今日までなんとか生きてこられた。
そのプロセスの中で、あなたの心には、目に見えない「目配り」や「思いやり」という、本当に美しい宝物が育まれているんですよ。
だから、今は「何も残っていない」なんて、自分を責めないであげてくださいね。
失ったものの多さは、あなたがそれだけ豊かな人生の旅をして、たくさんのものを愛そうとした、勇敢なチャレンジャーである証拠なのですから。
今はただ、一生懸命に歩んできたご自身の心と身体を、ゆっくりと労ってあげてください。
失ったものの数と同じくらい、あるいはそれ以上に、あなたは誰かの痛みがわかる、とっても素敵な人になっていますよ。
ちょっと心が疲れたときは、いつでもここでお話を聴かせてくださいね。