ふとした瞬間に、自分のこれまでの人生が、ただの「出来事の羅列」や「冷たい記憶のデータ」のように思えてしまうことってありませんか。
楽しかったはずの思い出も、必死に乗り越えたはずの苦しみも、なんだか映画のスクリーンを遠くから眺めているかのように現実味がなくて、ただ淡々と頭の中に並んでいるだけのような、そんな不思議な虚無感です。
これまで、たくさんの方から人生の悩みや将来への不安、仕事や人間関係のモヤモヤをお聞きしてきました。
その中で、この「自分の人生が空っぽに思える」というお悩みは、実はとても多くの方が心に抱えているものだと感じています。
毎日を一生懸命に生きている人ほど、ふと立ち止まったときに、自分の足跡がただの無機質な記憶の集まりに思えて、寂しくなってしまうことがあるんですよね。
でもね、僕は、その虚無感はあなたがこれまで一歩一歩、本当に真面目に、そして一生懸命に生きてきた証拠なのだと感じています。
記憶がただの羅列に思えるのは、あなたが「今」を生きるために、過去の出来事をいったん心の引き出しにきれいに整理して、仕舞い込むことができたからなんです。
それは決して、あなたの人生が薄っぺらかったということではありません。
むしろ、傷ついたことや悩んだことを、心が必死に守ろうとして、客観的なデータとして処理してくれた、脳の優しい防衛反応のようなものだと僕は考えます。
文字や画像として頭に残っている記憶は、確かに一見すると冷たくて、単なる記録のように見えるかもしれません。
けれど、その記憶の1ページ1ページの背景には、その時々にあなたが感じた、言葉にできないほどの温かい感情や、必死な思いが必ず隠れています。
今はその感情のスイッチが、少しお休みしているだけなんです。
心が疲れているときや、将来への不安で頭がいっぱいになっているときは、過去の楽しかった記憶にアクセスするための「心のエネルギー」が一時的に不足してしまうことがあります。
だからこそ、自分の人生がただの記録のように思えても、どうか自分を責めたり、虚しさに飲み込まれたりしないでくださいね。
「ああ、今の私はちょっとお疲れモードなんだな」「心が少しお休みを欲しがっているんだな」と、今の自分の状態を優しく受け止めてあげることが大切です。
心理カウンセラーとして、日々いろんな方の心に触れる中で確信していることがあります。
それは、どんなに冷たく見える記憶の羅列であっても、それを愛おしい「私の物語」として温め直すタイミングは、これから先、何度でも訪れるということです。
焦らなくて大丈夫です。
今はただ、その無機質に思える記憶の引き出しをそっと眺めながら、ここまで歩んできた自分自身に「よく頑張ってきたね」と、心の中でそっと声をかけてあげてください。
あなたの人生の羅列に見えるその記憶は、他の誰のものでもない、あなただけの特別で、とても尊い軌跡なのですから。