女子3人組──25年後の再会と宿命に気づいた日|女性の人生・友情・老後の生き方

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大学時代に描いた未来と女性の夢

大学時代、私たち3人はいつも一緒だった。授業が終わればカフェに集まり、色鮮やかなクリームソーダやケーキを囲みながら、恋や将来の話で声を弾ませた。夜になれば街の居酒屋やバーに繰り出し、カクテル片手に熱く語り合った。時には恋の愚痴で大笑いし、時には将来への夢を涙ぐみながら語った。旅行に出かけては、夜の海辺で星を見上げながら「私たちならきっと叶えられるよね」と未来を本気で信じていた。

私は「趣味を思い切り楽しむために、自分で稼ぎ、その過程で自分らしい誇りを感じていたい」。ちょっと気高く見られても仕方がない、そんな私だった。

2人目は「無条件にかわいがってくれて、惜しみなくお金を使ってくれる人と結婚したい」。甘えん坊で自分を卑下しながらも、心の奥では誰より愛されたいと願っていた。

3人目は「男性に負けないキャリアを積みながら、女としても輝きたい」。場を仕切るのが得意で、男勝りだけれど情に厚い彼女らしい夢だった。
「25年後の私たちはこうなっているはずだよね」──そんなふうに信じて疑わなかった。未来は思い通りに手に入ると、本気で夢を描いていたのだ。

25年後の現実と老後の不安

それから25年。忙しくまったく違う人生を歩んでいた私たちは、なかなか時間が合わず、ようやく久しぶりに会うことができた。独身の頃は、人生のターニングポイントごとに誰かが声をかけ、自然と集まっていたのに、これほど長い空白を経て再会するのは初めてだった。少し照れくさい気持ちもあったけれど、顔を合わせた瞬間に時間は一気に埋まり、あっという間に昔の空気に戻った。笑い声はあの頃と同じでも、積み重ねてきた現実はまるで違っていた。やがて話題は「今、一番欲しいものは何?」という問いに移っていった。

私は、国際結婚を経て、いまは2人の子どもと夫と暮らしている。けれど華やかに見える暮らしの裏では、慣れない土地での孤独や、誰にも頼れない子育ての重圧に押し潰されそうになった時期もあった。健康を失えばすべてが崩れるという恐怖と隣り合わせで、家族を守るため、そして自分を失わないために「健康」こそが何より大切だと痛感していた。あれほど自分の時間を自由に使いたいと願っていたのに、いまは健康が唯一の希望であり防波堤となっているのだ。

2人目は、華やかなタワーマンションに暮らしていた。外から見れば“玉の輿”を手に入れた勝ち組のように見える。しかし実際には、夫の不倫を何度も目の当たりにし、言いたいことも飲み込んで顔色をうかがい続けてきた。着飾ることでしか自分を保てず、心の奥では「愛されたい」という欲求が膿のように溜まっていた。ある日、とうとう爆発して全てをぶちまけた結果、待っていたのは経済制裁。気づけば借金まみれで、夢に見た生活は幻想だった。彼女が「お金こそ必要」と言ったときの声は、必死にしがみついてきた拠り所が裏切られた痛みそのものだった。

3人目は、離婚を経て年下の彼と共に実家で暮らしていた。外資系企業で部長クラスにまで昇進し、表向きはキャリアウーマンとして輝いている。だが実際には、母と同居し、兄が長男の店で働きながら彼女の後輩と再婚し同居するという複雑で歪んだ家庭を背負っていた。兄はまるで妹である彼女に寄りかかり、家計も生活も彼女の肩にかかっていた。土地と戸建てを自分名義のローンで背負うほどの覚悟を見せながら、外では男社会に抗い、内では家族を支える日々。女として輝きたいと願いながらも、背負い過ぎた責任に押し潰されそうになり、それでも「強い心が欲しい」と言わざるを得ない状況にあった。さらに彼女には子どもがいない。心の奥では子どもを持つことを望んでいたが、仕事や家庭の事情に押し流され、やがて諦めざるを得なくなった。女である自分を誇りたいからこそ、女性にしかできない「産む」という選択を断念したことは、彼女にとって壮絶な葛藤だった。

宿命を見てみると──女性の生き方に気づく瞬間

その日、私たちはふと「宿命」という言葉を口にした。せっかくだからと、それぞれの人生を振り返ってみる。学生時代に語った夢と、実際に歩んできた25年の現実を並べてみると、鮮やかな対比が浮かび上がった。確かに25年後の姿は大学時代の思いとつながっていたのに、当時は気づけなかったのだ。

振り返る中で自然と本音がこぼれ、私は今さら後悔をしてはいないが、二人は「もっと上手くできたはず」「あの頃に戻りたい」と後悔を口にした。けれど、宿命を知らないままなら同じ過ちを繰り返すのではないか──そんな思いが胸をよぎった。そのとき、私の口から宿命の話が出たことに二人は驚いた顔を見せたが、やがて耳を傾け、納得し、最後には張り詰めた空気が一気にほどけ、積み重ねと自分の傾向を知らずに決断を重ねてきたからこそ今があるのかもと、思わず失笑するような時間へと変わっていった。

未来を生きるあなたへ|友情と老後の豊かさを考える

大学時代に描いた未来は、誰一人としてその通りにはならなかった。
けれど振り返ってみれば、それはただの失敗ではなく、それぞれに必要な道であり、痛みも喜びもすべてが意味を持つ25年だったのかもしれない。あの頃信じていた未来と、今立っている現実はまるで違う。けれどその違いにこそ、人の強さやしなやかさが刻まれていた。

二人は「老後までにもっと豊かな気持ちで過ごしたい」「これからの生活を前向きに整えていきたい」と口にし、宿命を知ることで未来への希望を取り戻していた。私自身もまた、これからの時間をどう生きるかを改めて考えさせられた。

あなたは──学生時代に思い描いた未来と、今の自分を比べたとき、どんな違いに気づきますか?

その違いを知り、宿命を理解することが、同じ後悔を繰り返さずに自分らしく、そして老後まで気持ちを豊かに生きるための大きなヒントになるのかもしれません。もちろん、それでもこんな人生を幸せと感じられない人もいるでしょう。なぜなら、私たちの人生の裏には、親との別れや数えきれない背景の出来事が折り重なっていて、その重みを知らない人には本当の幸せの形が見えにくいからです。一見の表面だけでは測れない物語が、誰の人生にも確かにあるのです。

私はこれまで、今まさに悩んでいる人や、未来を見つめて立ち止まってしまう人に寄り添ってきました。だからこそ、こうしたリアルなエピソードを通して、本当に心に触れる言葉を届けられると感じています。表向きは幸せそうに見えても、その裏に抱える本音は誰にも見えない。

次回は──“取り繕う顔”と“心の声”の落差が見せる、もう一つの真実をお話しします。

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