シラーの「歓喜の歌」⑦第六節~神様とおんなじ~

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 Göttern kann man nicht vergelten,
 Schön ists, ihnen gleich zu sein.
人は、神々にお返しすることはできない。
神々と同じであるのは、素敵なこと。
→神々に何か報いてあげることはできない。
だって、私たち、神々と同じ存在なんだもん。それって素敵だよね! 

ここは、「神々」複数形です。ギリシア的な神々。例えば、前回もご登場いただいたプロメテウス。人に火を与えた罰で、毎日ワシに内臓えぐられてる・・・この神にどうやって報いたらいいか分かんない。

他にも、英雄的な行為をして星座として星になってる神々もいます。
その神々と同じだよって言ってるわけです。
神々と同じであること・・・キリスト教的には「神の似姿」などと考えてしまいたくなるでしょうけど、gleichは「似ている」んじゃなくて、「おんなじ」なんです。

Gram und Armut soll sich melden,
 Mit den Frohen sich erfreun.
苦しみと貧困が訪ねてきたら
喜んで楽しめばいい。


Groll und Rache sei vergessen,
 Unserm Todfeind sei verziehn,
 Keine Träne soll ihn pressen,
 Keine Reue nage ihn.
恨みとか復讐とか忘れて、
私たちの死の敵を赦しておけ。
どんなに涙を流しても死の敵、「生」を押しつぶすことはない。
どんな後悔も死の敵、「生」をむしばむことはない。

という感じで来ると、前の節での「周りの人に惑わされずに自分の信念を貫け」的なメッセージが正解なんじゃないかなーと思えてきます。信念の山に登る人たちに向けたメッセージ。

つらいこと・しんどいことがあっても、それがあなたを汚すことは絶対にないから!そんなことで、あなたは壊れない。だって、神様とおんなじだから。

「生」を全うすること、そして自分の「喜びの性分・本性」を肯定するんだ!
本能のままに好き勝手やっていいということじゃなくて、本当に自分の魂が喜ぶこと、ポジティブな「生」を実践すること。魂にまっすぐ生きていれば、周りの人から理解されなかったり、誤解されたりして悲しい思いもするかもしれない。他人の悪意に耐えられなくなることもあるかもしれない。

だけど、そんなこと、ほっておけよ。そんなことであなたの魂は穢れもしないし汚れもしない。あなたの喜びのエネルギーを減らしてしまう方が、よっぽど重大問題。

「死の敵」とは何か。
生・死の対立構造とすると、死の敵=生。原罪を負って生まれた存在、最後の審判で裁かれるものにとっては、死は敵になってしまっているとも見えます。
生まれただけで罪、私たちは生まれ持った本性・性根を矯正しなければいけない。せっかくの果実も食べさせてもらえない。そんなのひどい。

「生」を味わうこと、快楽や心からの喜び、生きていることの素晴らしさ、もっと正直に、素直に生きていいんじゃないか?
天国か地獄かの二択の世界と、死んだら循環・輪廻・自然のサイクルでまたよみがえる世界観。

キリスト教的に死ぬと「忍耐お疲れさーん。自己犠牲は美徳だからねー。じゃ、君、天国!」と言ってくれることを期待する。生を楽しみ、喜んで生きたかどうかなんて関心がないんだよ。
自然サイクル的に死ぬと、喜びが天使のコーラスで歌い、復活を告げる。「ええ・・・?死んだら裁判とかないんすか?」「ねーよ、自然循環サイクルだもん」

「死の敵を赦しておけ」、もっと「生きること」「喜びを感じること」に正直でいいのではないか?
人は生まれながらに罪があるとか、死んだら裁判とか、そういうのを気にして、おっかなびっくり生きていく必要ないんじゃないのか?

忍耐とか我慢とか、自己犠牲とか、喜びのない行為は、意味がない。
苦しみや貧困だって来るものは拒まず喜んで迎え入れ、恨みや復讐は忘れちゃえ☆
「喜びさん」のスプリング装置が作動しないものは、無視しておけばいいじゃん。
大事なのは、スプリング装置を動かすこと、喜びさんのエネルギー。

泣いたり、後悔したりすることもある。だけど、そんなのどーだっていいから、とにかく喜びというエネルギーだけに集中しろよ。
じゃないと、喜びさんのスプリング装置が作動しない。世界時計が止まってしまう!

どんなに泣くことがあっても、どんな後悔があっても、「生きる」こと、そのものを傷つけることはできないんだから。その分大きな喜びを感じればいいのさ。
スプリング装置を動かし続けることが正義!
みんなで世界時計を回すんだ。

自分の人生の歯車が狂った、物事が前に進まない。どうしてこうなった?どこで間違えた?あの時、こうしていれば・・・
と、考えている間、スプリング装置は停止しているのです。
何も壊れてない。何も狂ってない。
ただ、燃料である喜びが足りてないだけ。

だから、動かないんだよ。だから進まないんだよ、だから回らないの!
喜びが足りないと、動かなくなっちゃうの!

圧倒的な「生の肯定」が、実は詩の中にふんだんに詰め込まれているのではないだろうか。

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