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第九「歓喜の歌」その五~智天使ケルビム、見っけ~2025年3月ウマヅラ

第九「歓喜の歌」その一から読んでね↓まずは、写真をよくご覧になってください。これは、私の普段使っているタロットカード、ドイツで手入れたため、普通のウエイト版ですが、ドイツ語表記になっています。通常のタロットカード、21番、「世界」のカードです。ウエイト版は、カバラ思想をミックスして作られているため、通常のタロットカードより、カバラ濃い目です。カードの四方をご覧になってください。そして、思い出してください。智天使ケルビムはどんな姿をしていましたっけ?正面には人の顔、後ろはワシ、左右は牛とライオンの顔がついている。今まで、私は、この「世界」のカードの四隅、そして「世界」に対応する10番のカード「運命の輪」の四隅に描かれているもの、これをエレメント、つまり、水・風・火・土を示すものだと考えていました。ところがどっこい、今回「歓喜の歌」ついて調べているうちに、おやおや・・・と自分の勘違い、思い込みに気づくことができたのです。智天使ケルビムに守られている生命の木、神が、「世界」のカードに描かれていたのですね。原文で読みたいシリーズでタロットさんとつながるとは思っていなかったで、ちょっと驚いています。そして、前回の「神の前に立つ」の部分ですが・・・「世界」のカードが完全かつパーフェクトで絶対の世界、「神」を示すと考えると、世界の前にあるカードは何かとみなさん興味深々なのではないでしょうか。ええ!タロットカード20番は、「審判」です。最後の審判です。ここで気づいて!最後のチャンスよ!改心するなら今!最後の最後で改心できるかがポイントなんですね。年末、色々身辺整理の必要な方、いらっしゃるのでは
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シラーの「歓喜の歌」㉑×鋼の錬金術師~僕は行くよ、まだ見ぬ世界へ~

妖精さんに親切にすると、妖精さんたちはその好意に対して七倍返しを仕掛けてくる。 つまり、自然循環システムは等価交換じゃない。 「等価交換だから」「何かを手にしたいなら何かを手放せ」なんていう奴みんな詐欺師で嘘つきってこと。鏡が、投げかけたものを七倍返しにする増幅装置だったとしたら? 七倍返しシステムで動いているとしたら、返済金がいくら残っていても、等価交換ルールよりも七倍速く返せるってことです。一発逆転だって可能!! このシステムの必勝法は「与える」側になること。それも、喜んで与えること。 「何かをしてもらう」側になると七倍返しする必要が出てくるためです。だけど、それも「喜んで」受け取り、その喜びを他の誰かにシェアすると、七倍の喜びの循環が回り出すという仕組みなのです。 さぁ、逆転を狙いたい人は、外に出ろ、困っている人を探すんだ!!人じゃなくてもいい。雨上がりに立ち往生しているミミズ救出作戦でもいいし、ごみ拾いでもいい。生ごみ再利用とか、古着リフォームとか、猫や犬の里親になるとか・・・身の回り、自分の中、よーく観察して、それぞれ小さなところから、できるところから始めてみたらいいんじゃないかな、と思うんです。 「俺って実はいい奴♡」と自分でこっそり思えるようなことでいいんです。 みんなを巻き込んで!大掛かりなことして!社会を変える!とかじゃない。まずは、自分のこと、自分の身の回りのことなのです。 「誰かのために」という自己犠牲じゃなくて、自分が喜ぶことをするだけなのです。自分が嬉しいと思えることを考えるのです。 好きなものは好きって言う。イヤなものはイヤって言う。 まずは、自分が
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シラーの「歓喜の歌」⑦第六節~神様とおんなじ~

 Göttern kann man nicht vergelten,  Schön ists, ihnen gleich zu sein. 人は、神々にお返しすることはできない。 神々と同じであるのは、素敵なこと。 →神々に何か報いてあげることはできない。 だって、私たち、神々と同じ存在なんだもん。それって素敵だよね!  ここは、「神々」複数形です。ギリシア的な神々。例えば、前回もご登場いただいたプロメテウス。人に火を与えた罰で、毎日ワシに内臓えぐられてる・・・この神にどうやって報いたらいいか分かんない。 他にも、英雄的な行為をして星座として星になってる神々もいます。 その神々と同じだよって言ってるわけです。 神々と同じであること・・・キリスト教的には「神の似姿」などと考えてしまいたくなるでしょうけど、gleichは「似ている」んじゃなくて、「おんなじ」なんです。 Gram und Armut soll sich melden,  Mit den Frohen sich erfreun. 苦しみと貧困が訪ねてきたら喜んで楽しめばいい。Groll und Rache sei vergessen,  Unserm Todfeind sei verziehn,  Keine Träne soll ihn pressen,  Keine Reue nage ihn. 恨みとか復讐とか忘れて、 私たちの死の敵を赦しておけ。 どんなに涙を流しても死の敵、「生」を押しつぶすことはない。 どんな後悔も死の敵、「生」をむしばむことはない。 という感じで来ると、前の節での「周りの人に惑わされずに自
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シラーの「歓喜の歌」⑲×かごめかごめ

フフ・・・最終回かと思わせてのー。まだまだ引っ張る!自分的には「やってやったぜ☆」という自己満足レベルの達成感はあるが、ウマヅラさん、Yoshiさんにおんぶにだっこという自覚はちゃんとある・・・(笑)今回、特に腹立つのは最初から読まずに途中で読み捨てする奴・・・絶対許さん!呪い発動☆ なーんてね♡ ウソウソ。眼中にないよ。 というか、ちゃんと第一回から読んで動画も見ないと・・・大事な部分が理解できないと思うんだよねぇ。さらに、ベートーヴェンの「歓喜の歌」から読んでもらってた方が、謎部分が明確になって、面白いと思うんだけど・・・。まぁ、余計なお世話だけどさ。 私の暑苦しい熱量がウザくて読めないという方がいたら、本当に申し訳ありません。。。 せっかく読んでもらうなら、より一層びっくりしてほしいじゃん。「ここでびっくりしてね!」って矢印入れたくなっちゃうんですよね・・・。すみません。 このシリーズで「呪いかかってるから読むな」って何度も書いたけど、呪いっていうか、ネタバレ注意ってやつですよ。 シラーの「歓喜の歌」が現代スピリチュアリズム全開だったなんてかなり衝撃だと思うんですけど。少なくとも私はかなりショックを受けた。 ・・・読む人を選ぶんですかね。無駄に長いし暑苦しいし、余計なお世話でウザいときたら普通の人は読まないです。ちゃんと読んでくれている人・・・お前ら、すげえな。 さて、「歓喜の歌」でなんか自由で、敷居のない世界観、みんなが一つなんだよ、地球なんだよ、自然で循環で、みんな一人一人がめっちゃ大事なんだよ! という世界観じゃないですか。 だって、鏡なんだもん!・・・と考えたら、
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シラーの歓喜の歌⑯×これからの世界

シラーの「歓喜の歌」シリーズを最初から読んでいない者はこのまま閉じよ。 バフォメットの名のもとに命ず。 反転・・・もちろん、別の可能性もある。 例えば、カードを手にしたまま、北を向いた場合、カードと南の星空が鏡合わせの状態になる。南の星空とカードの間に自分がいる、という構図。 この場合、詩の中で、言葉にもされず、そして存在さえも暗示されていない「北極星」が重要な星として浮かび上がってきます。 北極星信仰は太古の昔からありますので、その線であっても全然驚かないな。また、それ以外の可能性もある。 「星のテント」の向こう側からの視点です。 薄い紙に、星図を描いて、その裏から見れば反転する。 「星のテントの向こう、その上」からだったら反転する。                神(循環システム・星のテントの向こうの上)               ↓              ↓             ===========星のテント(黄道・星座)===================               ↑                   人間           地上・エデンの園 この場合、考えられるメッセージとしては ・神視点で見よ、星のテントの内側からでは反転している ・人間視点で見上げた時と、神視点での見え方は逆だ。 調和についても、人視点の「調和」と神視点の「調和」は左右逆、反転があるかもしれませんね。結局、循環するのだから右左が逆でも大差ないかもだけど、「すべて逆」という視点で見なおしたら喜び自然循環システムが思いもよらない姿に見えてくることもあるかもしれませ
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シラーの「歓喜の歌」⑤第四節~メルヘンチックな訳でお楽しみください~

今回からは、ベートーヴェンの第九の歌詞には採用されなかった部分なので、ちゃんと対訳で紹介しますね。  Freude heißt die starke Feder  In der ewigen Natur. 喜びというのはね。脈々と続く自然の中の強力なスプリング装置なんだ。  Freude, Freude treibt die Räder  In der großen Weltenuhr. 喜び、その喜びが大きな世界時計の歯車の原動力になっているんだよ。  Blumen lockt sie aus den Keimen,  Sonnen aus dem Firmament3, その喜びが、芽から花を咲かせ、天空から星々を生むんだ。  Sphären rollt sie in den Räumen, 喜びが宇宙で天球たちを回しているんだね。  Die des Sehers Rohr nicht kennt. 予言者の筒(望遠鏡みたいな?)は、この喜び(の作用のこと)を知らないんだ。 Chor Froh, wie seine Sonnen fliegen,  Durch des Himmels prächtgen Plan,  Laufet, Brüder, eure Bahn,  Freudig wie ein Held zum Siegen. コーラス 天の素晴らしい計画によって、天空の星々が飛んでいくよ、うれしいね。 兄弟たちよ、君らの軌道を進むんだ! 戦いに勝ちに行く英雄みたいにさ! seine Sonnenが謎。Sonneは太陽という意味ですが、複数形なので星々を意味しま
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シラーの「歓喜の歌」 参考動画 ウマヅラビデオ、考え方の学校

※この一連のブログには呪いがかけてあります(←当然だがウソ。だが、そのくらいの気合いで書いてます。それが分からぬ者には用がないし、必要もないので、今後とも読まなくてよし) 当ブログ「シラーの歓喜の歌」シリーズを最初からちゃんと読んでない人、この先まだまだ続く「シラーの歓喜の歌」シリーズを最後まで読む気ない人の閲覧を禁ずる。 また、紹介した動画は必ずちゃんと見ること、イイネすること、チャンネル登録することを命ず。これが守れぬ者は、今すぐここから立ち去れ。 第一回はこちらから↓ あらためまして、ケルビムについては、ウマヅラビデオさんの動画をご参照ください。この動画を発見した時、あまりの衝撃で、急いでこちらのブログで告知としてご紹介させていただきました。ウマヅラさんのこの動画を偶然に見なかったら、シラーの「歓喜の歌」、あのまま放置してたと思う。。。ウマヅラさんのおかげです♡どうもありがとう。 今回の救いの騎士はウマヅラさんでした♡ ウマヅラさん動画は↓「ケルビム」が黄道上の天体(12星座)で形成されているという有力な情報です。 ケルビムは、ウシ・トリ・ヒト・ライオンの四つの顔を持ち、それぞれ翼を持っている。 四方を見渡すことができる智天使、エデンの園で生命の木を守っているとよく解説されている。 んで、動画では、この四つの動物の存在は、星座を指しているのではないか、という話。 ・おうし座 ・さそり座(ワシに変更されている) ・みずがめ座(ヒトの顔) ・しし座 星座表を見ると分かりますが、おうしーさそり、みずがめーさそりは、向かい合わせになる関係性です。 ちょうど12星座の円の四隅を抑え
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シラーの「歓喜の歌」⑱×トートタロット

ベートーヴェンのことですっかり忘れてたけど、なぜ、ケルビムの顔の一つがサソリではなくワシになっているかについて。 仮説は思いつきます。 ・ギリシア神話の影響でワシに変更された。まぁ、黄道上ではないけど、わし座も近くにありますので。なぜなら、オリオン座のオリオンは、サソリによって殺されているからです。大事な導きの星、オリオンの命を奪ったサソリの顔をケルビムの顔として採用できなかった。 ・プロメテウスの象徴としてのワシということもあるかなぁ。プロメテウスは、人間に火を与えた罰として毎日ワシに内臓食われるの刑、絶賛継続中。だけど、星図を見ると、もしかして?これが正解?と思ったのは・・・ ちょうど、北極星の対局にオリオンとかシリウスが来るとき、これから太陽の昇る方向、東の位置にはさそり座がある。サソリは太陽に隠れているので、代わりにワシが入るのも不思議じゃない。太陽のシンボルとしてワシは一般的です。 太陽のシンボルとしてのワシだったら、すべてのシンボルが黄道上にあるので矛盾もないし。 もしかしたら、北極星の対局にオリオンやシリウスが来る年末年始、その時太陽が東に位置しているという状況がなんかの事情で重要だったのかもしれません。 エジプトや中東で何か新しい発見があったら、真相が分かるかもしれませんね!ワクワクしてきました。 だけど、もしサソリのまんまだったら、さすがにケルビムの正体が何なのか気づくよね。そして自動的にエデンの園の在り処も分かるようになっていた。 どう転んでも、どう頭の中をほじくり返しても・・・星座に結びつける発想は私には出てこないなぁ。すごいよ、ウマヅラさん!Yoshiさ
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シラーの「歓喜の歌」⑬×ベートーヴェン

私にとっての救世主、「考え方の学校 Yoshi Sun TV」の数々の動画。 ギリシア神話や聖書のエピソードが、星座で説明できるという解説をなさっており、非常に参考になります。 この星座、星の配置とつなげて考えるという発想、今までしたことがなかったのでショックでした。。。 宮沢賢治さんは、もしかしたら知っていたかもですね。星座や宇宙に関心のある人だったら、こういう発想も自然にできたかもしれません。 というか、↓の動画を見た時、確信しました。 宮沢賢治は確実にシラーと同じものを見ていた。 さぁ、あなたもチャンネル登録をした上、「イイネ」を押すのだ! このボリュームとクオリティの動画を無料で見られるなんて、夢のようです。どーでもいい本読んだり、その辺の有料セミナーとかオンラインサロンに参加するより、こっちの方がずっと有益。 シラーの「歓喜の歌」、この詩って八行詩と四行詩の部分があり、それが九節ある。 8行×9節=72 4行×9節=36 72+36=108 全部9の倍数である上に、この数字。黄金三角形というやつでは? 二等辺三角形の内角。72・72・36の黄金三角形。 そして、36・36・108の黄金三角形。 ウィキペディアの「黄金三角形」の解説ページを参照。 正五角形に対角線を引いてできる正五芒星に含まれる黄金三角形と黄金グノモン。 黄金三角形の五芒星。 フリーメーソンっぽくなってきましたね。 全体は八行詩とコーラスの構成、偉大な人間を讃える英雄詩の形式、ギリシア・ローマ的な多神教の世界観。 そして、フリーメーソン的な数字の枠組み。 内容についてもそうだけど、ここまでくるとシラ
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シラーの「歓喜の歌」⑪第九節~お別れの時間です~

Rettung von Tyrannenketten, 暴君の鎖からの解放。 原罪と最後の審判で人を縛る神からの解放という感じでどうでしょう。 もしくは、自分のやりたいことや、登りたい山に登ることを無意識に制限したり、邪魔したりする「常識」とか「社会的通念」とか「思い込み」。そして、国家や制度といった人に不安を与え、制限を加え、私たちの喜びのエネルギーを奪うもの、第一章で登場したModeです。 もちろん、身分制度という観点から、政治的な意味での王、圧政を強いる権力者という意味で捉えることもできますが、この詩は「魂」に訴えかける系の詩です。政治運動ではありません。 そもそも、「自分が自分自身の王」である一人の人間は、政治運動なんてしない。必要ないだけでなく、無意味だと分かっているのです。 政治とは、制度なんです。人を縛る制度そのもののあり方の話になるんです。一つの星を取り仕切る王がですよ?自分を縛る制度なんて必要ないじゃないですか。また、他人だってその星の王なんです。その別の星を取り仕切っている王を縛る法律が必要か?それはただの支配構造だ。 俺が法律!俺が裁判官!俺が俺の支配者だ!ってことです。俺ルールをちゃんと持ってて、他人の「俺ルール」も尊重する外交官でもある王が、政治運動なんてするか? 意味ないし、不必要なんです。 Großmut auch dem Bösewicht, 悪人にも寛大であれ Hoffnung auf den Sterbebetten, 死の床での希望であれ Gnade auf dem Hochgericht!  絞首台での慈悲であれ Auch die Tot
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シラーの「歓喜の歌」⑨第七節~空にまき散らせ~

 Freude sprudelt in Pokalen,  In der Traube goldnem Blut  喜びは、盃の中ではじける。 ブドウの実の、黄金の血ではじける。 Trinken Sanftmut Kannibalen,  Die Verzweiflung Heldenmut (その喜びが中に入っている杯でワインを飲めば)残忍な人たちは優しい気持ちになる。 絶望した人だって、立ち向かう気持ちになる。 Kannibalen・・・カニバリスト、食人鬼という意味としてもとれるので、そっち路線での意味が隠されている可能性もなくはないかも。その上にも「黄金の血」、「杯」といったワードもあるし。 ・・・そうだとするなら、この詩は二重暗号になっていることになる。 1、 「自由・平等・友愛」路線のアンチ・キリスト教路線。 2、 最近問題になっている系のガッツリ悪魔崇拝。 アンチ・キリスト教という言葉は、二つの意味、方向性に分かれる。 ・多神崇拝 ・唯一悪魔崇拝 とりあえず、今回は私は自由・平等・友愛で多神教路線で解釈進めているので、悪魔崇拝方面の深掘りはしませんが、その可能性もある、かもしれない。 もちろん、可能性としては高くはない。「カニバリスト」なんて堂々とした「まんま」のキーワードを挟み込むようなことするかなぁ・・・。 だが「絶対にない」と言い切れるほど私は賢くない、と自信を持って言える。 特にここの部分も定冠詞がないので、何が主語で何が目的語なのか解釈次第ということになる。 色々な見方があって当然です。原文がすでにもう・・・謎だらけの詩ですから。 Brüder, fl
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シラーの「歓喜の歌」⑧第六節コーラス~神を裁け~

Chor  Unser Schuldbuch sei vernichtet! Ausgesöhnt die ganze Welt!   Brüder – überm Sternenzelt  Richtet Gott, wie wir gerichtet.  私たちの罪ノート(エンマ帳?)は破棄される。 世界全体に身をゆだねよう。 (世界全体を和解させる・仲直りさせる、という意味ですが、世界・自然・喜びさんの循環する宇宙観、自然の流れに寄り添うというようなイメージを考えています) 兄弟たちよ、星のテントの向こうだ。 私たちが裁かれるように、神を裁け。 「神を裁け」、こんな訳しているの、他の訳文で見たことないです(笑) だけど、「神を裁け」・・・って読めちゃうんですよねぇ。 たいてい他の訳では、「我々が裁いたように神は裁く」です。 ここでの「神」はキリスト教的神の方です。 überm Sternenzeltですからね、星のテントの向こうにいる神様・創造主・お父さまです。 私たちが裁かれるように、神を裁け。 私たちが裁いたように、神は裁く。  Richtet Gott, wie wir gerichtet. この部分、定冠詞がないので、主語と目的語の区別がつかないんです。 もし、この文がRichtet der Gottならば、「神は裁く」と「神」を主語とする以外の選択肢はない。 だけど、ここには定冠詞がないので、Richtet den Gottと、「神」を目的語とする可能性も考えていいことになる。 それに、動詞のgerichtet。これは、過去分詞なんですけど、過去完了形ともとれる
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シラーの「歓喜の歌」④第三節のコーラス~神の正体、取り去られたD~

※悪いことは言わない。シラーの「歓喜の歌」シリーズは、最初の「シラーの歓喜の歌は暗号」、そしてシラーの「歓喜の歌」①と、順に読んでください。Chor  Ihr stürzt nieder, Millionen?  Ahndest du den Schöpfer, Welt? Such ihn überm Sternenzelt,  Über Sternen muß er wohnen. 人々よ、お前たちは堕落しているのか? 世界よ、創造主に復讐するか? 探せ、あいつは星のテントの向こうだ。 星々の向こうに奴は住んでいるはずだ。 この部分のコーラスには、またSchöpfer、創造主、「神」らしきものが登場。 人々よ、お前らは下に落ちているのか?→堕落している存在なのか? 「第九 歓喜の歌」の時には「畏れを持って頭を垂れているか、人々よ」というような感じで解釈していますが、この文脈からすると違ってきますね・・・ nieder・・・下に stürzen・・・落ちる、崩れる カチンと辞書通りに意味を取ろうとすると、「下に落ちる」。 「ひざまずく」という解釈の方が拡大解釈じゃないだろうか?という気がしてきました。 人々よ、お前たちは下に落ちてるのか?堕落した存在なのか?と。。。地上に落とされた罪の子なのか?違うだろ?そんな意味ではないだろうか。 お前たちは堕落するのか? 世界よ、お前は創造主に復讐するか? または、世界よ、お前は、創造主(の正体)を知っているか? ahndenという動詞には二つの意味があり、一つは「気づく」そしてもう一つが「復讐する」です。 通常、「世界よ、創造主に気付い
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シラーの「歓喜の歌」③第三節~死で試された友とは?~

過去の「第九歓喜の歌」ブログ連載では、この部分の解釈を「喜びが、私たちに生命の木、そして死で試された友=キリストを与えた」、と解釈しておりましたが、改めてシラーの詩の全体に目を通すと、キリストを名指しで限定的な存在として登場させるのは違和感になってきてしまいます。 ギリシア的な神々の世界観、ガイアや宇宙的な世界観からしたら、ここではキリストという存在はそぐわない気がしてきます。 Freude trinken alle Wesen  An den Brüsten der Natur,  Alle Guten, alle Bösen  Folgen ihrer Rosenspur. すべての存在は喜びを、自然の乳房からもらう。 善なるものも、悪なるものも。 自分のバラの道に従うのだ。 Küsse gab sie uns und Reben, Einen Freund, geprüft im Tod.  Wollust ward dem Wurm gegeben,  Und der Cherub2 steht vor Gott. 喜びが、私たちに祝福を与え、ブドウの木(生)を与えた。そして死で試された友を与えた。快楽は虫に与えられる。 そして、ケルビムが神の前に立つ。 Reben、ブドウの木。前回ベートーヴェン「第九 歓喜の歌」の時は、カバラにおける「生命の木」として解釈したが、Leben、つまり「生命」そのものと解釈した方が自然。 それに、全体的なギリシア・ローマの世界観からすると、ブドウと来たらディオニュソスという神がいる。豊穣の神、または酒飲みの神バッカスです。 前回、ここに気
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シラーの「歓喜の歌」②第二節~未知なる者って誰や?~

Wem der große Wurf gelungen,  Eines Freundes Freund zu sein; Wer ein holdes Weib errungen,  Mische seinen Jubel ein!  Ja – wer auch nur eine Seele  Sein nennt auf dem Erdenrund!  Und wers nie gekonnt, der stehle Weinend sich aus diesem Bund! 大きな賭けに勝つもの、それは友の友であるもの。貞淑な妻を得たもの勝者の輪に加われ。 そうだ、たった一つの魂を自分のものだと言えるものも勝者だ。 これらを勝ち得なかったものは、泣きながらこの輪から立ち去れ この部分は、「第九 歓喜の歌」で詳しくやっているので・・・ ここは魂を持っているかいないかが問題になっている、というところをおさえておいて欲しいです。 魂の数が2個以上ある=自分の魂を持ち、妻や友と信頼関係を作れている人。魂の数が1個=自分の魂はある。他人には理解されなくても、自分の信念を持ち、自分の足で立っている人。 魂の数が0=悪魔に魂を売り渡した嘘つき野郎で卑怯者。自分の信念も持たず、状況次第でコロコロ態度を変えるような奴。 Chor  Was den großen Ring bewohnet,  Huldige der Sympathie!   Zu den Sternen leitet sie,  Wo der Unbekannte thronet. だが、ここでのコーラスは、第一節のコーラス
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シラーの「歓喜の歌」①第一節~乞食は王の兄弟~

前半部分は、ベートーヴェンの「歓喜の歌」の時にやってるので、さらっとだけにします。 興味のある方は三年前の「第九 歓喜の歌」ブログ連載をご覧になってください。 「その一」から「その六」まであり、「追記」までよかったらご覧ください♡ ベートーヴェンの第九で不明だった点が、オリジナルのシラーの詩を見ると分かってくるというのが、はっきりとしてくるので面白いと思います。 シラーのオリジナル「歓喜の歌」、シラーは、この詩を書き直しており、もともとは「Was der Mode Schwert geteilt」(時代の剣が分断したもの)であったところを「was der Mode streng geteilt」(時代がすぱっと分断したもの)に変更しています。「第九」の歌詞もこっちです。ベートーヴェンの「第九」では、ちゃたららったーらったーらっ、の部分です。シラーがフランス革命の残虐さに吐き気をもよおし、血なまぐさいイメージを嫌ったから、「剣」という武器の名称をこの詩から排除したかった・・・という説があるようです。 そして、私は、前回「Mode」という言葉を、明確にしていなかった。普通に、「時代」とか「時流」という解釈になりますよね。 あと、もう一か所改変されている部分があります。 Alle Menschen werden Bruder」(人類みな兄弟)という部分は、改変される前は「 Bettler werden Fürstenbrüder」(乞食は王の兄弟)であったので、Modeの意味も、「身分制度」とか「社会システム」いう捉え方が分かりやすいかもしれません。  Freude, schöner
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第九「歓喜の歌」その六~自分の道を行く~。。。2025年8月追加情報

「歓喜の歌」、今回で最後までまとめてみて行きましょう。後はそんなにしんどい部分はないと思います。全部まとめて、おしまいまでやってしまいましょう。Froh, wie seine Sonnen fliegenDurch des Himmels prächt'gen Plan,Laufet, Brüder, eure Bahn,Freudig, wie ein Held zum Siegen.↓ウィキペディアの訳天の壮麗な配置の中を星々が駆け巡るように楽しげに兄弟よ、自らの道を進め英雄が勝利を目指すように喜ばしく尾崎さん訳あゝ、造物主、日の神の    遙けき御空を天駈けるごと、    行け、汝が道を、勝利の道を、    勇みて、兵の行くがごとく、    行け、我が友よ、いざ行け、友。bo訳天の見事な采配に従い、神の星たち(被造物)が、(生き生きと快活に)巡って行くことか。兄弟よ、お前たちの道を行くのだ。勝利へと向かう英雄のように堂々と!前回の「バラの道」、シュプールではなく、Bahn、つまりちゃんとした軌道のことです。鉄道とか、高速=アウトバーンとかの道です。本能や自分の性質に導かれ、その道をたどると「あなたの道」ができる。先に誰もいなくとも、迷っているみたいに不安になっても、その道でいいのです。ぐっと胸を張って、堂々と先へ進みましょう。Seid umschlungen, Millionen!Diesen Kuß der ganzen Welt!Brüder, über'm SternenzeltMuß ein lieber Vater wohnen.ウィキペディアの訳抱き合おう、諸
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第九「歓喜の歌」その四~今度は世界観がバラバラ事件~

軽い気持ちで始めた、原文で味わいたいシリーズ。まさか、こんなに複雑化するとは思わず・・・「歓喜の歌」、もしかしたら年内完結無理かもしれん。でも頑張る。「歓喜の歌」の日本語訳で頭にハテナマークを付ける人、多いのではないでしょうか。私もうーん。。。ピンとこないんですよね。やっぱりキリスト教的背景知識がないと無理なのかな・・・って。引き続き、ウィキペディアの訳を拝借してみていきましょう。Freude trinken alle WesenAn den Brüsten der Natur;Alle Guten, alle BösenFolgen ihrer Rosenspur.ウィキペディアの訳↓すべての存在は自然の乳房から歓喜を飲みすべての善人もすべての悪人も自然がつけた薔薇の路をたどる作家の尾崎さん訳萬の物皆、自然を生きて、並べての人皆、光に浴みす。ここはさすが作家!尾崎さん訳が素敵です。意味をがっちととらえて、日本的感覚でもしっくりくるよう、訳されておられますよねぇ。Rosenspur、バラの道というと、「イバラの道」を連想、なんかすごい過酷な道なのではないかと思ってしまいますが、よい香りのする道、心地よい道というイメージでよいみたいです。spurは、道というか、跡、足跡とかそんな感じです。スキーをする人ならピンとくるでしょう。シュプールのことです。喜びは自然からもらうんだよ、みんなそうでしょ、そんな感じの部分ですね。いい人も悪い人も、みんなそれぞれの自然の「バラの道」を行くのです。自然の、自分の性質が誘導する方へ行くのです。心地よいと感じる匂いのする方へ、自分にしか嗅ぎ分けられな
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シラーの「歓喜の歌」⑳×あなたが起こす革命

歴史が書きかわる。というか、今まで知られていなかったこと、神話や伝説、陰謀論やわらべ歌、メルヒェンの中で語られてきたことが、実は真実の一部で、繋がっている。 そして、それを仕組んで隠してきた人たちがいる。なんの目的か分からないけど、とにかく王族やそういう血統をくっつけたり、暗殺されたフリして逃がしたり、入れ替えたり、組み替えたり、情報を出したりひっこめたり・・・「神の計画」の名のもとに、国とか宗教とか関係なく、むしろそれを利用してコマのように動かし、世界・歴史の中で、何も知らない一般人を振り回してきた存在がいる・・・としたら。 そして、一般庶民は知れば殺されるような目にあったりしながら、巻き込まれて利用されて、大きな渦の中で抵抗もできず、一体何がどうなっているのか分からないまま、理不尽な目に遭わされてきた・・・としたら。 メルヒェンやわらべ歌、陰謀論みたいな不確かな噂程度で、真相に辿りつくのは至難の業。何らかの確たる証拠や、秘密のカギとなる情報がなければ、真相は分からないようになっている。 ごく少数の限られた一族や宗教の指導者、秘密結社だけがその情報を受け継いでいる。 分かる人にしか分からない、分かる人にはすぐに分かる。そんなやり方が水面下では蔓延っていて、表に影響を及ぼしてきた・・・というのが本当だったとしたら。 一般人には、土台無理なんです。勝負にならないじゃないですか。 カギとなる情報が隠されている上に、その基盤となるもの自体がもしかしたらすでに歪んでいて、そんな中ただの一般人がこの世のコトワリやルールにたどり着くわけがない。 たどり着いたとしても、勝ち目なんてはなっから
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シラーの「歓喜の歌」⑰×星空の伝言板~ベートーヴェンが見た花火~

※ごめん、今回特に長いし、動画も長いので・・・時間のある時にゆっくり見てね♡三年に及ぶ、「歓喜の歌」研究もそろそろおしまい。いや、三年放置していただけなんですけどね。放置していた甲斐があったなぁ。やっぱり、タイミングってあるのかもね。 今回、ウマヅラさんの動画がたまたま目に入らなかったら、その先はなかったかもなー。どうもありがとう♡ 勝手にアイデア拝借してしまってます。すみません。 この詩はキリスト教的な固定観念・先入観で読むと読み間違いをする。というか、内容が理解できない。キリスト教的な目で見ると、シリウスしか見えてこないもん。「星のテントの向こう、その上」が理解できない。 だから、星のテントとは何か、星のテントの向こうのお父さま・創造主、星のテントの向こう、その上の偉大なる神・未知なる者が何を意味するのか分からなくなる。 ケルビムが守っているのが何か、という発想がその視点からだと死角になってる。 ベートーヴェン、多分、神の居場所をご存じない・・・(ポロリ) 「な、ナヌ?」と昭和の漫画みたいに目が星になってる感じで・・・古典的にびっくりしててほしいなぁ!! ベートーヴェンが実はすべてを解読し、計算して仕組んでいた?という可能性はほぼない、と私は確信している。 だって、もし私と同じ方向で解読していたとしたら、ベートーヴェンは何も知らない一般的キリスト教徒にアンチキリスト教的メッセージを含んでいる詩の歌を歌わせていたということになる。 それは絶対にないだろう。 一応、確認のため、『第九 歓喜の歌』の初演の日付を見てみたが・・・。1824年5月7日ということなので。。。ゴメン・
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シラーの「歓喜の歌」⑮×タロットカード

※今回は特に初見の方は閲覧禁止です!なぜなら、強力な呪いがかけられているからです。このまま「閉じる」ボタンを押すことを強く推奨します。 前回よりももっと強力な呪いです。一度この呪いにかかると、解除方法は存在しません。 すでにこのシリーズの中で書いておりますが、シラーの「歓喜の歌」シリーズに関しましては、最初から、第一回から読んでない奴、さらっと一部だけ読み捨てする奴、嫌いです。 他人の本気をバカにするような奴、どうやって好きになれるのか教えてくれよ。 というわけで、さっさと出て行け。しっし! 容赦なく呪い発動しますので、一生を台無しにしたくなかったら今すぐお引き取り下さい。 あなたのためを思って警告しています。 長いけど、こちらから順番に読んでね↓ シラーの歓喜の歌シリーズを最初から順に読み、ちゃんと動画も見た人には祝福になります♡ケルビムについては、ウマヅラさん動画のおかげで分かった。あの時の衝撃は忘れられないよ。もう全身固まっちゃった!! 真面目にあの情報がなければ、私は今回のシラーの「歓喜の歌」全解読は無理でした。だって、ケルビムが何なのかがわからなかったら、「星のテント」が何を指すのか解読不能に陥っていたはずだもん。 もう、動画で全身固まるなんて今までしたことなかったよ。キューティクル全開になってた!! ウマヅラさん、しらっとすごい情報を出してきて、結構、どでかい爆弾投げてますよね。 すごい人気のある番組ですけど、もっと話題になってもいいのになぁ。やっぱり一定数「陰謀論」って決めつけて拒否反応しちゃう人がいるんでしょうかねぇ。もったいない。 望遠鏡をのぞき込んでも神はい
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シラーの「歓喜の歌」⑭×星図

※星図盤をご用意ください。 (重要!)今回、そして次回は特に強力な呪いがかかっています。シラーの「歓喜の歌」シリーズを最初からお読みになっていない方、ご紹介した動画を見ていない方は閲覧禁止です。 親切で警告しています。 第一回はこちらから↓ページ下から次ページに移動できます。また、一覧からお好きなboのブログをお読みいただけますので、この際保存しておいたらどうでしょう!!さすがにシラーの「歓喜の歌」シリーズは一気読みするのはきついと思います・・・。長いし。ご紹介したウマヅラビデオさん、考え方の学校 Yoshi Sun TVさん。。。動画の情報なしには、私はここへ至ることができなかった。何度お礼を述べても足りないです。片っ端から動画を見ては、「イイネ」しています。コメントもつけたよ! もちろん、チャンネル登録もしました! ウマヅラさんのほっこり陰謀論、それも日本だけでなく世界の闇に切り込んだ回もあります。毎日、あんなにネタを仕入れることができるなんてすごいです。 Yoshiさんのところでは、キリスト教・フリーメーソン関係だけでなく、日本神話・世界神話の考察などもキレッキレでなさっています、しかも無料。命の危険まで冒していらっしゃる!! みなさんも、興味なくても、絶対見て!そして「イイネ」をして応援してくださいね。 ウマヅラさんも、Yoshiさんも、書籍出版されていますので、ぜひぜひご購入下さい。私もさっそく購入しちゃった☆ シラーの「歓喜の歌」の解釈に星図、星座の知識が必要だなんて普通思わないじゃん!! この発想はスゴイです。 私、星図盤、昔ドイツで買ってほったらかしてたやつ取り
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シラーの「歓喜の歌」⑫×フリーメーソン

初見の方はコチラから順繰りに読んでね↓ というわけで、シラーの「歓喜の歌」第九節まで、今の段階の自分なりの解釈をしてきました。 本式・正統派の解釈とは違うので、腹立たしい思いをする方もいらっしゃるかと思いますが、もともとこのブログを読んでいる人は少数なので・・・だからいいってわけじゃないけど、、、ねぇ?(笑) 解釈は人それぞれですから、一つの可能性として、こういう解釈もできるのではないか、と提示しているだけです。気にしないでください。 正統ドイツ語やドイツ文学の専門家、本物の翻訳家、音楽関係、詩人・・・シラーとかドイツ思想、フリーメーソン関係の人とかだったら、きっともっとすっきりと上手に分かりやすく訳してくれるはずです! っていうか、むしろ謎言語をちゃんときちんと一つ一つ解説するとか、見解を示して欲しい・・・。 じゃないと、ただの意味の分からない文字の羅列になってしまう。 詩ですから、ある程度世界観の立体化ができるようになっているはずなんです。 謎言語について、翻訳する人がある程度はビジョンを提示してくれないと鑑賞なんてできません。外国語の作品なんですから。いくら「解釈による」と言ったって、限度があるでしょう。 このシラーの「歓喜の歌」に関しては、暗号になっている。その暗号は、違和感の元を探れば分かるようになっている。気づけばなんのことはない、非常に簡易なものである(私は気づくのに三年かかったが・・・) 分からないなら「分かんないにゃ、ごめんにゃ」って言っとけ。 じゃないと読んだ人が混乱するだけです。 (=だから、私の解釈が大幅に間違っていても文句言うな、この野郎。それより今ま
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シラーの「歓喜の歌」⑩第八節~男子たるもの~

Festen Mut in schwerem Leiden, 受難の時でも気を強く、 Hülfe, wo die Unschuld weint, 無実の者が泣いているなら助けると、 Ewigkeit geschwornen Eiden, 誓った言葉は絶対(守れ) Wahrheit gegen Freund und Feind, 味方と敵に対して誠意(をもて) Männerstolz vor Königsthronen – 王座の前で男のプライド(をもて) Brüder, gält es Gut und Blut, 兄弟たちよ、良きもの、そして血が大事なのだ。 Dem Verdienste seine Kronen, 彼の王冠がその報酬だ。 Kronen、王冠、王位、栄冠などなどの意味がある。頂点、最高のもの、という意味にもなるが、ここでは複数形。兄弟たち、星々がそれぞれ報酬としてもらうもの。 Seine「彼の」、王冠(複数)、「複数の王冠・・・彼の王冠、「彼」って誰のかって考えると、「未知なる者」・・・キリスト教的神じゃない・・・「星のテントの向こう、その上」にいる喜び循環システムの神、のことじゃないですかね。 その神から、王冠をもらえ。 目の前に玉座に座った王がいても、ひるむな。 お前だって「喜び」の良きもの、喜びのブドウの黄金の血を受けたじゃないか。何をへりくだる必要がある?お前だって、この世の王じゃないか。堂々としていればいい。 男子たるもの、かくあるべし。 そういう立派な男子は、一つの星を治めるにふさわしい。兄弟たちよ、一つの星の頂点に立て! 一つの星、つまり、「お前
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シラーの「歓喜の歌」⑥第五節~火鏡ってなんや?~

 Aus der Wahrheit Feuerspiegel Lächelt sie den Forscher an. 真実の火鏡から、 喜びは、学者を見て笑っている。 Feuerspiegel、火鏡とはなんぞや・・・という謎。 シラーの創作、造語らしい。「解釈による」ので、何を指すものなのかは、明確にされていないようです。んで、火で連想するのは、拝火教=ゾロアスター教。または太陽。 先日ご紹介した動画でも、キリスト教の成立にはゾロアスター教の要素が含まれている、とのことなので、この解釈も別におかしくはないかもしれない。 また、日本的解釈では、火=△、水(鏡)=▽、カとミでカミ=✡ 鏡は、日本でもご神体として考えられています。 だが、ギリシア神話の中で火とくれば、プロメテウス、人間を作り、人類に火をもたらした神がいます。多分、この神様のことじゃないでしょうか。 真実の火の鏡から=真実の原初の火を映す神から、プロメテウスの鏡から、 喜びさんは、学者を見て笑っている。 鏡から見て笑っている・・・プロメテウスが、「ほーほー、そこじゃないのになぁ」とクスクス笑っているのかな?という想像をしてしまいました。 神=鏡という想像もあながち間違いではない、ということを後日ご紹介します。 私がこれに気づいた時、軽いめまいを感じました・・・。 みなさんにも、そんな「軽いめまい」を感じていただけたら、すごく嬉しいです。 キーワードとして鏡をわざわざあえてヒントのように持ってきたんじゃないかなーという気がします。 第一節の「エリジウム」もそうなると、キーワードとして出してたんだろうなぁと。つまり「ギリ
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原文でも味わえないドイツ語~シラーの「歓喜の歌」は暗号~

2022年年末に、ベートーヴェンの第九「歓喜の歌」を解読してみようという暇つぶし企画を一人で実施。 謎が残ってしまったため、その後、オリジナルのシラーの詩「歓喜の歌」を深堀りしてみようと思っていたのですが・・・思っていた以上に難しいので放置していた。 というか、途中で「・・・あれ?これって私が間違ってるの?」という謎に遭遇。いや、だけど、文法的にはこの解釈でも間違いではない。けど、ぶっ飛びすぎてしまう・・・これを閲覧者がほとんどいないとはいえ、公開する自信がない・・・というわけで保留にしてしまったのです。 ドイツ語の文は、定冠詞というものがあり、よくいう、der、des、dem、denとかいうやつ。 これが、名詞の前につき、その名詞が主語なのか目的語なのかを教えてくれる。日本語で言う、~は、~へ、~に・・・という感じ。 こういうのがなく、動詞と名詞がずらっと並んでいても、その単語同士の関係性が分からない。 だから、読んでいる人の解釈次第、意味が通るように補って考えるしかないということになる。 シラーの「歓喜の歌」ドイツ語原文は、肝心なところでこの定冠詞がない。それで、単語同士の関係性が不明確。主語なのか目的語なのか明確じゃないから、最悪、反対の意味になることもありえる。 「私は神に祈った」という文があったとして、 「私 神 祈った」という情報だけなら、「私が」なのか「私に」なのか二通りの可能性が出てくる。 私に神が祈った、でも、文脈によっては可能になるからだ。 通常、神は私に祈らないでしょって思うので、「私は神に祈った」と訳すだろう。だけど、前後関係や全体の内容から、「神が私に
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第九「歓喜の歌」~追記~

6回に渡り、ブログでご紹介した新解釈?!「歓喜の歌」。世界観がカバラっぽいということで調べなおした結果、なんと、歓喜の歌のもとになったシラーの詩は、もともとフリーメーソンの支部のために作られたものだったということが判明。・・・それを早く言いたまえ!という気持ちになりました。シラー自身がフリーメーソンだったかどうかは不明。シラーのお友達の一人がメンバーで、シラーに詩を頼んだらしいです。シラーのお友達で有名なのが、ゲーテです。ゲーテはフリーメーソン、いや、むしろ、イルミナティのメンバーだったのではないかと言われています。ゲーテの作品「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」には、フリーメーソン丸出しです。背景などもこの小説の解説で詳しく知ることができます。普通の小説としても楽しく読める作品なので、興味のある方はぜひお手に取って読んでみてくださいね!青春小説、恋愛要素も入って、長い小説ですが、割とあっさり読めてしまいますよ。当時のヨーロッパ人がどんな閉塞感を感じていたのか、それでアメリカにどんなに期待を寄せていたのか、追体験することができます。フリーメーソン、イルミナティというと、陰謀論が頭に浮かんでしまいますが、もともとは啓蒙的な思想、人々を正しく導き、理想的な形態での人々の生活、人生、コミュティを目指していたのですね。おそらく、この秘密結社、団体はもともと、純粋な思想を持って、まじめに平等や友愛を目指していたのでしょう。今でもそうかもしれませんが、実際にその団体の活動内容とか、メンバーの人を知らないので・・・。日本の状況を見ても明らかですが、そのような団体があったとしても、純粋に成立
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第九「歓喜の歌」その三~同じ文なのに解釈がバラバラ事件~

引き続き「歓喜の歌」のお話。今回は、あら不思議?!原文から、まったく別解釈の訳文が生まれるというケースを目撃していただきたいと思います。ご興味のある方は、ウイキペディアの「歓喜の歌」のページを開いてみてください。Wem der große Wurf gelungen,Eines Freundes Freund zu sein,Wer ein holdes Weib errungen,Mische seinen Jubel ein!Ja, wer auch nur eine SeeleSein nennt auf dem Erdenrund!Und wer's nie gekonnt, der stehleWeinend sich aus diesem Bund!この部分です。ウィキペディアに二つの種類の訳文が載っています。一つはどなたが訳したのか分かりません。もう一つの訳は、尾崎喜八さんという作家さんが訳されたもの。ひとりの友の友となるという大きな成功を勝ち取った者心優しき妻を得た者は自身の歓喜の声を合わせよそうだ、地球上にただ一人だけでも心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよそしてそれがどうしてもできなかった者はこの輪から泣く泣く立ち去るがよい尾崎さん訳では心の友垣、操の妻をかち得し者等は集ひて歌へ。己を憑みて驕れる者に、此の世の眞の歡喜有らじ。訳の明確な違いにお気づきでしょうか。上の訳では、一緒に歓喜の歌を歌っていいのは・心通じあう友がいる人・気立ての良い妻がいる人・心を分かち合う魂があると言える人尾崎さんの訳では・心通じあう友がいる人・気立ての良い妻がいる人そして、「
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第九「歓喜の歌」その二~酒と泪と男と革命

最初に断って置きますが、私はあんまり背景知識持っていないので、それなりの解釈しかできません。ごめんにゃ。色々な方がこの詩の解釈をなさっており、キリスト教の背景知識やドイツの歴史、シラーについて詳しい方が解説したものなど、たくさんありますので、参考にしながらご自分なりの「歓喜の歌」を作りあげてくださいね!詩を味わうのは、そういうところからでいいんじゃないでしょうか?!まず、この「歓喜の歌」、シラーの詩、原題はAn die Freude、「喜びに寄せて」。anは前置詞。手紙を書く時の宛名にもanが使われます。分かりやすく、「喜びについて」と解釈してもいいかもですね。「喜びさんへ」と解釈してもよいでしょう。この詩ができたのは、フランス革命の前だということと、シラーがあの「シュトルムウントドランク」=Sturm und Drangの時代の詩人であるということを念頭に入れておきましょう。もっと感情的に!感情爆発!それが自然だ、文句あるかこの野郎!みたいな、「自然へ帰れ」というルソーの思想もかなり影響していたのではないでしょうか。人間が人間らしく生きるということについてみんな真剣に向き合い始めたこと、そしてお隣の国で人民による革命が起こったことで、シラーの内面も「おぉ!革命!革命!」と興奮していたことでしょう。ゲーテ、ベートーベンとかもこの時代の人です。激しいロマン、理想を持っている感じしますよね。フランス革命というのはヨーロッパにおける火山噴火みたいな・・・すごく象徴的大事件なんですよね。そりゃ、革命なんて歴史的大事件、大変革。だけど、あれほどの強大な権力、そしてまさか王殺しにまで発展す
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原文で味わいたいドイツ語③ 「歓喜の歌」その一

ヘッセの「郷愁」、カール・ブッセ「山のあなた」に続き、今回は年末気分で「歓喜の歌」を取り上げたいと思います。まずは↓の動画で、ご一緒にドイツ語で歌ってみましょう。すごく分かりやすい先生です。おすすめです。私も動画見ながら、一緒に歌ってみました。歌のレッスンを受けている気分になれますよ♡よろしければ、ご覧になって「いいね」を押してあげてください。もっとよろしければコメントつけてあげてください。こういう分かりやすい動画がたくさんあれば、人助けになると思うんです。そして、↓面白いのが、歓喜の歌の原文歌詞を漢字表記したというもの。1985年の5000人の第九というイベントの際に覚えやすいように考案されたそうです。風呂出で 詩へ寝る 月輝る 粉健とホテル 会う末 理事 生むビルベ と 0点 夫追い得る 取るん健貧無理死へ 台ん 入り人産む台寝 津会うベル ビン出ん 微出るバス出い 詣で 酒取れん 下駄いるとああ冷 麺支援 ベル出ん 鰤うでる暴大ん 残ふてる 風流げる 場いるとカタカナが続くと、読み間違いすることが多いです。漢字が入ることですっと頭に入るのでいいアイデアだと思います。とにかく、意味なんてどうでもいいから、第九を歌うんじゃい!第九でも大工でもどっちでもかまやしない!・・・という意気込みを感じますね。このアプローチの仕方、正しいと思います。多分それこそが正解なんじゃないかとすら思います。私も今回、この歓喜の歌の原文を当たってみたのですが、よくわかんないんですよね。これ、何を指しているの?どういう意味?どんな脈絡で?と、解釈が難しいです。さすがシラー、ドイツを代表する詩人。高尚で
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