先日、たまたま偶然見ていた動画に対して怒りが込み上げてきて、あまりの怒りに最後まで番組を見続けることができず、途中で切ってしまいました。
その後、怒りが収まってから、見返してやっぱり腹立って仕方なくなってしまいました。
私、ここに出ているコメンテーターとか、司会者とか全員キライ!!
道端で出くわしたら、見ないふりしてガン無視するくらいキライ!
(当然だが相手さん方、ノーダメージ)
動画の11分くらいのところです。
小鳥博士、という人がいてー。
シジュウカラが言語でコミュニケーションを取っていると証明した人物らしいんですけど、実際すごいことなんです!!いくつものブレイクスルー・インスピレーション・革命的ヒラメキを経験してきたはずです。
それを一人のコメンテーターが、しれっと言うのです。
「それって何かの役に立つんですか?」
・・・お前の存在よりはずっと役に立つぞと言い返さなかった小鳥博士、すごいです、その自制心。
役に立つ、役に立たないで物事を判断することの無意味さを知るべきだと思いましたねぇ。
金になる、金にならないで人の好奇心や、創造力・想像力・行動・衝動・可能性・限界・・・を区切るべきじゃないと思います。
この小鳥博士は、このコメンテーターのバカな発言に戸惑い、ヒロユキさんに丸投げするんですけど(笑)
ヒロユキさんは、動物と人が意志の疎通ができたら・・・という方向で何らかの役に立たせる方法をその場しのぎで発言します。
そーゆーこっちゃねぇ!!
役に立つか立たないか。そんなのどーでもいいことなんですよ。
そこじゃないんです。
面白いと感じるかどうかってところが重要なんです。
このコメンテーターにはその面白さが理解できない。それだけのことなんです。
実際、役に立つか、金になるかだけで研究をして、何かのブレイクスルー、イノベーションが起こせます?
面白い!これ、なんだろう?といった個々の好奇心の追求からイノベーションが意図せず起こってしまうんです。そういうものなのです。
そこに、「人の役に立つ」とか「儲けになる」といった邪念が紛れ込めば、革命的なアイデアは湧き上がってこない。
だから、日ごろから、役に立つか、金になるかだけじゃない、個人の好奇心に従い幅広い研究をしていくことが必要なんです。結局、それが豊かな社会形成につながるのです。国家予算はそういう風に使って欲しいですねぇ、私は。
この発言に対して、周りの司会者、コメンテーターの薄笑いを見てくださいよ。
あ~ぁ、言っちゃったーみたいな顔・・・。
こういう生き物、私、無理。
こういう生き物に、言語によるコミュニケーションなんて本当に必要なんでしょうか?
面白いか面白くないかでしか判断できない私にとって面白くない=無価値、むしろ不快。
面白くないおしゃべりより、鳥の言葉を私は聞きたい、と思ったわけです。
以前、ドイツのラジオで「豚が言語を理解したら」というようなテーマで話していたことがあるんですが、その時誰かが「豚とコミュニケーション取れるようになったら、もう豚肉は食えなくなる」と言ったんです。
人は、コミュニケーションが取れる対象、共感できる対象に残酷なことができなくなる。
逆にコミュニケーションが取れない、共感できない、理解できない、想像できないものに対してなら、何も感じないのです。
美味いか、グラムいくらになるか、という観点でしか捉えられないのです。
そういう想像力の欠如が、役に立つ・立たない、金になる・ならないといった視点でしか物事を理解することができない存在を生み出してしまう原因なのではないかという気がして、恐ろしくなりました。
世界は、お前ら中心に回っているのではないし、お前らを中心にして回すもんでもない。視野が狭くて、想像力もない生き物が、当たり前の顔して人のつもりで生きているという現実が私を怯えさせるのです。
動画でこんなにショックを受けたのは初めてです。びっくりしました。
すごく怖かった。
そして、こういう人たちが、普通の人の顔して存在しているだけではなく、これが外の世界ではスタンダードで、社会のメインにいるんだと見せつけられたような気がして、余計に恐ろしさを感じるのです。
・・・私はナイーブなので、こんな動画から発展して、ついにはディストピアについて考えてしまいましたね。
ご理解できない方も多いかと思いますが、非常に恐ろしいことなのです。
Big brother is watching youなのです。