元ドイツ語講師は、迷っていました。
元ホストが演奏で悩んでいると知ったからです。女の子二人に見せてあげたいという気持ちが理解できたし、そのために腱鞘炎になるほど頑張っていると分かった今、ヒントになりそうな「アウグストゥス」の部分を教えてあげた方がいいのかどうか、迷っていたのです。
Indessen sollst du sie nicht vergessen und sollst wissen, daß sie noch
immer singen und daß auch du sie vielleicht einmal wieder hören
kannst, wenn du einst mit einem einsamen und sehnsüchtigen Herzen nach
ihnen verlangst.
「お前は忘れないし、知っているはずです。光る天使たちが今でもなお歌っていること、お前は、もう一度またそれを聞けるだろうということを。お前が、いつか孤独な、憧れの心でそれを求めるのならば」
元ドイツ語講師はこの「孤独な、憧れの心」という言葉で迷っていたのです。
これは、元ホストがたった一人で向き合い、自力で手を伸ばし、それでも届かない、だから祈る気持ちで・・・という意味なのであり、こればかりは自分でなんとかするしかない、ここで、自分が下手に手を出しても意味はないのではないか・・・と迷っていたのでした。
これは、アウグストゥスの母親の埋葬の後、名付け親のビンスヴァンガーが別れの言葉として言ったのでした。どうか忘れないで欲しい、天使が今でもいつも歌っていて、もう一度本当に聞きたいと心から願えば、聞けるはずだからと・・・。
アウグストゥスは、それをまるっと忘れてしまうんですがね。
挿絵の女の子もなんとか自力で前に進もうと奮闘していました。
図書館に行って、ヨーロッパの写真集を見ました。
やはり、死ぬシーンですから、教会からイメージするのがいいと考えました。
何冊かの本を持って、おせんべい屋さんに行きました。
そこでは、女の子と元ドイツ語講師が翻訳の続きをしています。
その横で、元ホストがおせんべいを焼いていました。
おじいさんは、お客さん対応をしていました。
挿絵担当の子は、女の子とドイツ語講師の間に座り込み、さっそく挿絵の構図を描き始めました。
イタリアに数年間いたために、やはりイタリアの風景が彼女の心をとらえました。
小さい、田舎の、ゴテゴテと飾りのついていない、素朴さのある家、暖かい光が漏れる窓。
夢中で鉛筆で描き進めました。
店内がシーンと静まり返る瞬間がありました。まるで、時が止まったみたいでした。
おせんべいを焼いている元ホストはふと顔を上げました。
空間全体が西日に照らされていました。
そこに、光る天使が踊っているのを見た気がしました。
みんなが好きなことをして、魂のままに、夢中になっている空間に、もしかしたら光る天使が出現するのではないか?と元ホストは思ったのです。
何かに夢中になって、無警戒になっている時に、もしかしたら、魂は裸になって、それで金色の天使は出現し、踊るのではないだろうか。
アウグストゥスは、女の子にキスをねだられた。
「リンゴをあげるから」と言われ、「嫌だ」といった。「じゃ指輪をあげる」と言われた。
それで、指輪欲しさの為に、キスをしてやったのでした。
元ホストは、アウグストゥスが愛の切り売りをしたと最初は思っていました。
しかし、テキストを読み返していると、そうではないのではないか、という気がしてきました。
最初に「リンゴあげるからキスして」と物と引き換えに要求してきたのは、女の子の方だったからです。
断られると、「じゃ指輪をあげる」と交渉すらしてきたのは、女の子の方でした。
低俗な誘惑にかかっただけだったのではないだろうか。
モノに釣られて愛を切り売りしたのではなく、そう仕向けられてしまっただけじゃないのか。
周りの人間こそ愛を切り売りすることを彼に要求していたのではないか?
アウグストゥスには、低俗な、上っ面の、安っぽい愛しか提供されていなかったのではないだろうか・・・。
元ホストはそう考えるようになっていきました。
みんなから甘やかされるアウグストゥス、誰も彼を本気で叱らない。いつも彼のご機嫌をとるだけ。母親が亡くなった後は、名付け親とも会わなくなり、彼をちゃんと見ていてくれる人はいなくなってしまった。母親が危惧していた通りになってしまったわけでした。
「みんなから好かれるように」
母親は、願い事をした後すぐに「もしかしたらとんでもない間違いをしてしまったかも」と後悔しています。
wenn auch alle, alle Menschen dich liebhaben werden, so kann doch
niemand mehr dich so liebhaben wie deine Mutter.“
すべての人がお前を好きになるのだったら、母のようにお前を好きになる(大事に思う)人は誰もいなくなってしまう。
誰からも好かれるけど、誰からも本気で愛されない。
元ホストにはこれが究極の孤独だと理解できました。
人はいっぱいいるのに、そのうちの誰も自分にとっての「誰か」ではない。集団の中で感じる孤独を、元ホストは味わったばかりでした。
そして、愛に気が付かない自分のことも思い出しました。
アウグストゥスと同様、本当に自分を愛してくれていたのかもしれない人たちの愛を、他の人たちの安っぽい愛と同じように、軽く受け流していたのではなかったかと思い返すのでした。
心臓が押しつぶされるような痛みを感じ、そこから絞り出されたような涙が流れました。
つづく