元ドイツ語講師は、隣に座って絵を描いている女の子のスケッチブックをちらりと覗き見しました。
そして、ぎょっとしました。
女の子はそれに気づいて「どう?最後のシーンの挿絵なんだけど!」と自信満々な顔をして聞きました。
翻訳に夢中になっていた女の子も顔をあげて「見せて」とねだります。
挿絵の女の子は、ちょっとテレながら、「じゃーん!!」と描いた絵を見せました。
小さな教会のような空間に、火が入った暖炉があります。そして大きな窓があり、そこから月の光がさしていました。
名付け親のおじいさんにもたれかかり、眠るように息絶えるアウグストゥス。
金色の天使が鈴を持って打ち鳴らし、母親の姿をした天使がアウグストゥスの魂を天国に導いているようでした。
翻訳の女の子はじっと見て、「素敵」と言いました。元ホストも手を休めて「いいじゃん、雰囲気ある」と褒めています。
元ドイツ語講師だけが浮かない顔をしていました。
どう感想を言うべきか、分からなかったのです。
全体がキリスト教的なイメージそのものだったのでした。
女の子は「じゃ、これで進めていくね!ちゃんと色を付けて・・・」と満足気でした。
元ドイツ語講師は、ヘッセがインドやアジアの宗教にも関心が深く、キリスト教に関しても独自の視点を持っていたことを知っていました。
単純にキリスト教的発想で描いてほしくない、そう感じていたのです。
最後のシーンが思い浮かばなくて悩んでいた女の子が夢中になって描いた絵を、全否定することになってしまう。どう言うべきなのか・・・そもそもこのプロジェクトは女の子二人のもので、自分には関係がない。絵のアドバイスまで頼まれていないのに口を出していいのか分かりませんでした。
「気に入らない?」挿絵の女の子は、元ドイツ語講師の顔を心配そうにのぞき込みました。
申し訳なさそうな顔をして、元ドイツ語講師は、自分の気持ちを打ち明けます。
そして、ヘッセの宗教観についてや、ヘッセの生い立ちなどを詳しく説明し、それに関する自分の考察も交えて語るのでした。
(boは語れないのでしれっとスルー)
「そういうこと、考えてなかった」と挿絵の女の子は真剣に聞いていました。
女の子を傷つけてしまったかもと、元ドイツ語講師もあまりいい気分はしませんでした。
「でも、これは二人のプロジェクトだし、二人がいいと思うなら、それでいいと思う」と言いました。
女の子たちのプロジェクトをひどい言葉で貶めていた時には、こんな言葉は思いつかなかったでしょう。
「だけど、今はもう私たち二人だけの絵本じゃない。ちゃんと元ホスト君とか元ドイツ語講師さんも含めたみんなのプロジェクトだと思っているよ」
女の子二人は熱心にそう言いました。
翻訳作業は終わりましたが、やはり、最後に問題として残ったのが、最初に躓いた部分でした。
母親の願い。
„Ich wünsche dir, daß alle Menschen dich liebhaben müssen.“
私は、お前に願います。すべての人がお前を好きになりますように。
Alle Menschenだけでも、すべての人、みんな、誰でも・・・と多くの選択肢があります。
そしてliebhaben。好きになる、愛する、可愛がる、大事にする・・・・とたくさんの可能性があります。
日本語として自然に、「お前」を主語にして、受動態にするという可能性もあります。
お前が、すべての人から好かれますように、と。
どれを使うかが問題でした。
挿絵の女の子は「みんなから愛されるように」が自然だと言いました。
翻訳担当の女の子は「すべての人がお前を好きになるように」がいいと言いました。
元ホストは「誰からも好かれるように」がいいと言いました。
おじいちゃんは「みんなから可愛がられますように」が子どもへの願いとしては自然だと言いました。
それぞれが、自分がいいと思う文を言うと、自然とみんなは元ドイツ語講師がなんと言うかと注目しました。
「自分なら・・・高橋健二先生の訳に従うかな・・・」と言いにくそうに言いました。
元ホストはあきれたように「今さら、なんだよ、それ」と言いました。
つづく